receive of S.
郁多天袈、短編六作目!
サド(S)のレシーブ(受ける)という矛盾。
皆様は、どちらでしょうか(失礼)
那鳥弥衛は、幼い頃からぶつかり合いの勝負が何より好きだった。八歳の頃には、ボコボコに打ちのめされた相手の悔しがる顔を見るのが趣味になっていた。優越感や自己陶酔を追求する攻める側の変態が、今の那鳥弥衛だ。
そんな彼は最近、通っている高校にある運動部に仮入部しては、先輩達の鼻っ柱を折るだけ折って本入部しないという悪行に勤しんでいた。入学したての後輩に惨敗する先輩達の顔は、それはもう弥衛の心をくすぐった。
「後回しにしてた球技ももう終わりか……? テニス、良し。バスケも良し。サッカーと野球は一昨日やったな。って事は……?」
部活動一覧表と校内案内図を見て残った部活を確認する。見つかったその部活は、運動部という括りで数えてもラスト一つだった。
「んー、バレーかぁ……あんまり面白くなさそうだし、ちゃっちゃとスパイク決めて、気分良く帰宅するとするかなっ!!」
気の抜けた表情で、第二体育館へと向かった。
* * * * *
「なるほど……そのステップから、跳んで腕を振り抜く。了解っす~」
トスを上げてくれる先輩に手で合図し、斜め上に放られたボールをしっかり見据えながら、完全に自分の物にしたステップを軽やかに踏み、高く飛び上がって鋭く打ち抜く。部内の誰よりも強いスパイクを見せつけられた部員達は唖然とする。
「あっれ、もしかして完璧でした? 一球目だったし、六割くらいの力で打ったんすけどね……そりゃ不味ったな。予想よりレベル低いなぁ」
「おい。今何て言った、お前」
弥衛の余計な一言が、部長とエーススパイカーを務める大野昂真の逆鱗に触れた。憤怒や闘争心を剥き出しにした状態で、肩回しや屈伸を始めた。この後の流れを察した他の部員達が、それぞれいそいそと行動する。
展開を無視して帰ろうとしていた弥衛は、一人の部員に呼び止められた。そのまま、もう一つ覚えるべき体勢を教わる。相手の攻撃を拾う時に用いる、レシーブの構えだ。両腕を地面と平行にして、膝を曲げて低く構える、というのが基本だ。
「ほぉほぉ、これでレシーブしろって事か。一本とれたら帰りますからねー」
「無駄口叩いてんじゃあ、ねぇよっ!!」
破裂音に近い音と共に力強いボールが唸り、そのまま弥衛の両腕と衝突すると、ボールは明後日の方向へ飛んで行った。尋常じゃない痺れが彼の両腕を襲う。打った張本人の昂真は呆然としている弥衛をにやついて見ている。
「何でもすぐ出来るのがウリなんだろ? 他の部活の奴等にもそう自慢してるらしいじゃねぇか。それなのにどうしたよ、そのレシーブは」
「……うるせぇな、ほら、打って来いよ。まぐれ野郎っ」
弥衛は一球で赤くなってしまった両腕を再び組んで、睨みながら構える。昂真は無言でネットから離れると、ふわっと上がったトスを打ち抜く。それは弥衛の右前方の床を勢いよく跳ねて、彼は触る事も出来なかった。
――そんな、馬鹿な。
自分を構成していた自信が崩れていく。攻める事に特化した彼の精神面は、ホームランもシュートもスマッシュも背負い投げも右ストレートも上手くこなさせた。しかし、自分が一方的に攻撃を受ける側になってしまった途端、凄さの片鱗すら見られなかった。
ショックのあまり壁にもたれて凹んでいると、何事も無かったかのように練習が再開された。筋トレやサーブ練習、スパイク練習が淡々とこなされて、最後は試合をして終わるようだ。
「バレーの、試合……かぁ」
シューズと床が擦れる高く短い音、力強くボールが跳ねる音、一点決まる毎に発せられる歓喜の大声は、ルール等あまり知らない弥衛の心をも高鳴らせた。
「くっっ、そおおおぉぉぉ!!」
大野昂真が悔しさを叫んだ。目の前にブロックが無い状態でのスパイクを、相手チームの一人が飛びついて綺麗に上げたのだ。そこからトス、スパイクへと流れるように繋がって、逆にそのチームの一点へと結びついたのだ。
「その、顔……いつものやつじゃん……」
さっきまで凹んでいた弥衛の目には、部活破りに来た時と同様の光が再び宿った。レシーブを上手くしてやれば、あんなにも相手は悔しがるのだ。弥衛の腕に衝撃による赤みは、もう残っていなかった。
「おらぁ! 俺に上げろおぉ!!」
大野昂真が猛々しくトスを呼んだ。豪快なステップから伸びあがったかのようなジャンプ、ぐるりと回った右腕が、ボールの中心を捉えて地面に向かって打ち抜いた。誰もが反応しきれなかったそのボールに、二本の腕が飛びかかる。
ボールは綺麗に上がった。しかし皆が突然の出来事に圧倒されて動けなかったため、そのままコート内に落ちてしまった。その状況に驚いた弥衛が声を荒上げる。
「ちょっとぉ! トスはどーしたんすかっ!?」
「お前、そのレシーブ……も、もっかいとってみろ!」
自信に満ち溢れた弥衛と、困惑を隠せないでいる昂真。二人の間で再び行われた勝負の結果は、最早決まっていた。昂真渾身のスパイクは、軽々と弥衛に拾われた。トスの上げやすい位置にふんわりと返されてしまった。
「な、なっ……くっそおおぉ! 嘘だろ! くそっ、畜生っ!!」
「そう! それそれ! 俺はそれが見たかったんだよっ! それにしてもなかなか良い悔し顔するじゃないっすか! いやー、気分が良いなぁ……今ならその顔だけで飯が三杯食えちまうよ!!」
高らかに笑う弥衛を睨みつける昂真。しかし完敗なのは確かであるため、表情を変える事は難しかった。
「決めた! 俺はここでレシーブを極める! ドヤ顔スパイカー達の顔を全部悔し顔に変えてやる!! ってな訳でよろしくっす!」
無邪気に笑う少年が、新たなSに目覚めた。
* * * * *
「だから、もっと強く打ってくれって! 自信満々にさぁ! 強くっ!」
緩いボールであればある程とりにくく感じる弥衛は、度々強いスパイクを要求する。彼はMにも目覚めてしまったのかもしれない――。
ご読了感謝です!
郁多のバレー好き、リベロ愛が出てます。
SとMの中間が、レシーブ!!