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開いた口が塞がらねぇ。

 

 郁多天袈、短編五作目!

 

 最終的には塞がるかもしれない。

 あきれ返るか、屈するか。

 

 

 

「おいおい……なんだこれは」

 

 目を覚ました俺は堅い椅子に荒縄で縛られていた。手も足も動かせず、自由なのは首から上だけなのだと認識する。周りには、こちらに背を向けて寝転がっている者が何人かいるが、その体はぴくりとも動かなかった。

 

 天井には照明があるにも関わらず、ただの一つも光っていない。右斜め後ろの方にある窓から差し込む外の光が俺の視界をある程度の物にしているのだ。どうやら夜ではないらしい。

 

 それにしても記憶が無い。なぜここにいるのかも、この場所がどこなのかもわからない。倒れている者達の中にもおそらく知人はいない――と言っても、後姿のからわかる体格や服装、髪型で推測しているだけなのだが。

 

「おーーーーい、誰か起きていないか!」

 

 この台詞を、徐々にボリュームを上げていきながら五回言った。六度目の前に一人の男が、(うめ)きながら俺の方へ体を向けた。サラリーマンだろうか、と思わせる服装。そんな事よりも重要なのは、彼の口の中で並ぶ数本の棒か何かだ。

 

 薄暗いのと遠いのが影響して正体をはっきりとは捉えられないが、おそらく歯でも矯正器具でも無いだろう。得体の知れない何かが、彼の口に入れられている。聞き取れない声を発しながら、体を引きずって近付いてくる。

 

 あと五メートル。その時だった。

 

「無駄な悪足掻きは、くまさん困っちゃうなあ~」

 

 強引に明るくしたような声と共に、扉が勢いよく開かれた。現れた何者かが床を這う男に走り寄ると、その勢いを利用して蹴り飛ばした。右足の甲が男の首に命中し、濁った叫び声を上げてもがく。無残な事この上無かった。

 

「そして、目覚めたようだね! おはよう! なになに……」

 

 残酷な何者かは小型の懐中電灯を取り出して発光させた。なにやら紙に目を通しているが、読めているのだろうか――顔に可愛らしいクマの仮面をつけているというのに。目の前の怪しい人物は、紙に書かれた内容を小声で読み上げていた。

 

「十四番くん……本名は進藤正義(しんどうまさよし)。刑事になって四年目。結婚ははまだしてないけれど、花屋で働く女性と同居中。……いいねぇ、リア充というやつだね。くまさんは君が羨ましいよ全く~!」

 

「おい、お前がここの人達に何かをしたのか! さっき蹴り飛ばされた人ももう動かない……罪を償うんだっ!!」

 

「うーん、テニスボール……かなぁ?」

 

「おい、お前は――むがあぁッ!?」

 

 感情のままに叫んだところで、ボールを口に詰められた。ねじ込まれたそれは、手が使えない状態にいる俺にはどうする事も出来ない。口は当然閉じず、みっちりはまっているせいで口での呼吸すらもままならない。

 

「うん、よく似合ってるよ! ちょっと待っててね……」

 

「ううぐぅっ!!」

 

 もう三十路手前の俺の頭を撫でやがった手を、首だけで暴れて振り払う。高笑いしたいかれてる野郎は、扉の向こうに戻っていった。ほんのわずかの安心を得たが、俺にはもう他人を気遣っている余裕が無く、現状に苦しむ事しか出来やしない。

 

 口を閉じれない、というのがこんなにも苦しいとは思ってもみなかった。余力をじりじりと削られていくこの状態に、みるみる衰弱していく。強引に詰め込まれたテニスボールは顎の骨を軋ませ、上手く吐き出せない唾液で溺れ死にそうになってはむせ返った。

 

 ――つらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらい―――――。

 

「十五分もかかるとは……ごめんごめん、待たせちゃったねぇ十四番くん」

 

 まだたったの十五分、だと?

 

「ほいほい、お疲れさあんっ。喋れる? 今どんな感じ――まぁクマさんを憎んでるんだろうねぇ……アキちゃんに伝言でも頼まれようか? あははははっ!」

 

 何を思ったのか俺の口からテニスボールをひきずり出した。ようやく苦しみから解放された事で精神面がぐっと楽になる。だが、「ふざけやがって」と上手く発音する事がまだ出来なかったのは、顎の関節や口周りの筋肉が馬鹿になってしまったからだろう。

 

 そして、アキちゃんとほざきやがった。俺の彼女の名前だが、さっき読み上げた情報では名前は出ていなかった――まさか、コイツは俺の知り合いの誰かだっていうのかよ!?

 

「はい、どーぞどーぞっ」

 

 すぐに代わりの何かを入れられた。抵抗する間も無かった。ひんやりとしたそれのせいか、口内に鋭い痛みが何度か走った。突然、頭と顎をくっつけるような勢いで上下から圧迫される。

 

「ぐうううううううううううううううぅぅぅぅぅっっ!!!?」

 

 ぶすり、ぶすり、と口内に尖ったものが突き刺さった。

 

「あはははっ! どう? どう? くまさん特性の『口内柵(こうないさく)』は! 小さめの鉄片を熱で溶かして両端を尖らせた状態で固める。完全に固まる前に別パーツの鋭い返しをつけるんだ! 後は針金で柵の形に組み立てるだけ! いやぁ、なかなか君に合う長さの鉄片が無くて手間取ったんだけどさぁ、気に入ってくれたよね! ねっ!!」

 

 狂気を存分に含んだ笑いが空間に響き渡る。コイツに蹴り飛ばされてしまった男の口の中に見えていた物はこれだったのだ。完璧に閉ざされてしまった口を少しでも開けようとするだけで、返し等によるとんでもない痛みが全身にすら及ぶ。

 

 ――痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いもう駄目だもう駄目だもう駄目だもう駄目だもう駄目だ――――。

 

 強制的に溢れさせられているような涙と、出血はもう止まらないだろう。仕方なく、出来る限り前に傾く。そのまま宙返りをする勢いで後ろへ勢いよく体重移動した。鈍い音と痛みを最期に――俺の意識はもう戻らない。

 

「あれ、もうリタイア? 気絶ってか、死亡? はぁ、無いわー……。刑事なのにその根性の無さ、まさに開いた口が塞がらねぇよ。あぁ、お前はもう塞がってるか」

 

 退屈を帯びた笑い声が、十四個目の口を、心を壊した。

 

 

 

 ご読了感謝です!

 こんな話を最後まで読んでくださるとは……。

 終始楽しんでくださっていたのなら、

 郁多の開いた口も、別の意味で塞がりません。

 

 

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