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流れたヒカリ。

 

 郁多天袈、短編四作目!

 

 十年ぶりに流れた星は、願いを叶えた。

 

 

 

「ほら、名前書いて判子押したぞ。これで良いんだろ?」

 

 短髪で長身、整った顔立ちをした男、唯原流哉(ゆいはらりゅうや)が不機嫌を全身で表現しながら目の前の女性に言った。女は彼が書き終えた離婚届を机の上からかっさらうと、家を出て行くよう手だけで乱雑に命じた。

 

 流哉は重苦しく溜め息を吐くと、気怠(けだる)そうに家を後にした。そんな様子をぼおっと眺めていたのは彼等の一人娘。

 

 この日から彼と我島敦子(われしまあつこ)は他人へ戻った。娘の親権を得たのは敦子の方であり、流哉は少ない資産の九割を無条件で彼女に譲渡した。そんな現実的なやり取りを終え、それから流哉が二人の前に姿を現す事は無かった――。

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

「アンタ、今日も帰らないつもりなの?」

 

「うっさいな、彼氏ん家泊まんだよ」

 

 離婚から十年後。高校三年生になった娘の我島光希(われしまみつき)は、簡単に言うとグレてしまっていた。アクセサリーで着飾り、長い髪を金に染め、深夜でもお構いなく街を徘徊する。友人もチャラついた奴しかいなくなった。

 

「アイツ、喜ぶのかな……」

 

 そんな光希に残った数少ない普通の女の子らしさの一つは、パン作りだ。母親がいない時を見計らってこっそり作ったパンが入ったビニール袋を、さらに鞄に入れて持ち運ぶ。待ち合わせ場所の公園が見えてきて、高めのヒールを履いているが構わずに駆けた。

 

「あ、ゆうす――」

 

「ってぇなコラ! 気を付けろやブス!」

 

 ベンチに座っていた彼氏に気を取られ、横から出て来た体格のいいチンピラらしき男にぶつかった。他の二人にすぐ退路を断たれてしまい、鬱陶しく思いながら向こう側のベンチへ視線を送る。しかしそこには、彼の姿はもう無かった。

 

「逃げたとか……あり得ねえし、マジで」

 

 光希は開いた隙間を抜けて思いっきり来た方へダッシュする。男達も振り切って息も切れ、次第に踏み出す足が重くなるのを感じた。不意に肩から足元へ落ちた鞄に軽くつまずいて、その場で膝から転んでしまう。

 

「つぅ……もういい」

 

 痛みと羞恥を我慢して立ち上がり、駐車場の横に丁度あった四角い岩のブロックに腰かけて一息つく。それから無言で鞄からパンの入ったビニール袋を取り出した。形は綺麗に星をかたどったまま崩れていないが、出来上がった時の嬉しさはもうこみあげてこない。情けない彼氏の顔がちらついて、代わりにもならないイライラだけが腹の底から沸き上がってくる。

 

「……いらねっ!」

 

 振りかぶってびゅんと上空にほかって、駐車場を後にした。

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 光希はアパートの前まで帰って来ていた。まだ三年も住んでいないここですら、彼女にとってはあの家と同じくらい住みづらいのだった。やっぱり帰りたくなくてもう一度街の方へ足を進めると、横から影が現れて光希の手首を掴む。

 

「は!? 何してっ――」

 

 口も手で覆われて声も全然響かない。暗くて顔は見えないが、先程の男達かと思って激しく抵抗するも逃げられず、そのまま黒い軽自動車に押し込まれた。恐怖や虫唾が体中を駆け巡り、嫌な汗を背中にかく。

 

「馬鹿野郎っ、騒いだら母さんにバレるかもしれねぇだろ! よく見ろ、お前の親父だよ。って覚えてねぇかな、十年も前の話だし……どうだ、光希?」

 

「親父……。唯原、流哉……」

 

 光希の口から出た自分の名前に、流哉は狭い車内で歓喜の声をあげた。助手席でびくっとする光希に気付くと苦笑いを浮かべ、思い出したように袋を渡す。

 

「懐かしいなコレ。俺のパン屋で人気ナンバーワンだった『お星様パン』だろ? よく再現されてるしかなり美味かったよ……お前が作ったのか?」

 

 驚愕と疑問、最高潮の気恥ずかしさに光希は黙ったまま俯く。十秒の沈黙の後、ぎりぎり聞こえる大きさの声で「レシピあった」と言った。流哉も短く「そうか」とだけ言って体をひねり、金色の頭をそっと撫でてやる。

 

「さ、触んな! 今更、親父面すんなっ!!」

 

 その手を払い除けられた彼は寂しそうに前に向き直ると車を発進させる。光希は唐突な発進に驚きはしたものの、止めようとは思わなかった。シートの間に置かれた『お星様パン』を手に取ると、無言で頬張る。

 

「それよぉ、駐車場にいたら空から降ってきたんだ。月に照らされたパンがビニール袋に星を作っててな? まるで流れ星だったんだよ。だから俺もお礼に、星を見せてやろうと思ってな」

 

「…………あの丘、行くの?」

 

 まだ三人が家族の時に、最後に出かけた星が綺麗なあの丘。流哉は優しい笑顔で頷くと、アクセルを踏みしめ車の速度をあげた。

 

 それからは流哉が一方的に話し続け、光希はただ前を向いたまま聞く。家族の繋がりを再び紡ぐような時間が三十分は続いた――今はもう他人になった二人の、そんな時間が。

 

 友人が紹介してくれた会社でサラリーマンとして頑張り、安定した収入を得て、休みの日は近くのパン屋さんを楽しく手伝っていた事。その店の店主に二号店のチーフに抜擢されたため、会社を辞めて再び毎日パン作りに励んでいた事。経営も順調で、中でも『お星様パン』は大人気を誇っていたらしいが、敢えて取材は断っていた事。理由は、光希と敦子に自分が懲りもせずに再びパン屋を営んでいる事で軽蔑されたくなかったからだという。

 

 一番大切なのは、今年から二号店を一緒に働いていた皆に任せ、またこの辺で自分のパン屋を開く事が決まっている現状。

 

 

「ほらどーだ、綺麗な星が……見えねぇなぁ」

 

「マジで、時間の無駄だったじゃん」

 

 苦笑いして頬を掻く流哉は、曇った空を見上げる。一方、話を聞き疲れた光希はただ俯いていた。

 

「十年経っても、俺は何も変わってない。お前と敦子と家族になる前の状態に戻っただけだ。それでもな、俺はお前達を忘れた時なんて一度も無かったよ。戻って来てくれって、さっきの『お星様パン(ナガレボシ)』にも願ったくらいだぜ」

 

「……馬鹿じゃね? さむっ」

 

 はは、と流哉は力無く笑う。空から視線を外し、そのまま光希の方へ向けた。

 

「長い間迷惑かけて悪かった。だけどもっかい、俺の娘になってくれねぇか……なぁ、光希?」

 

 曇った夜空に光が……そう思った光希だったが、少し違った。雲の間から顔を出した月が、流哉の頬を伝う涙に光を当てたのだ。頬の上の流れ星を目にして、光希も思わず涙を流した。

 

 ――違う……流れ星に似てて、少し感動しただけだから。

 

  

 

「おせぇよ、マジで。……待ってた」

 

 

 

 ご読了感謝です!

 ひたすら一生懸命書きました。

 優しい気持ちになれたなら嬉しいです。

 

 

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