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恋か変か。

 

 郁多天袈、短編三作目!

 

 斜めに引かれた直線が、形の悪い四角形を作る。

 恋愛とは不条理で意味不明だ。

 

 

 

「お前の事が好きだ! 俺と付き合ってくれっ!」

 

 昼の休み時間、高校の屋上で。二年三組のムードメーカーである森明光輔(もりあけこうすけ)が、男子に人気のある空野優美(そらのゆみ)に告白した。飾らずに真っ直ぐ想いを伝えたが、優美の方はとても困っている。

 

「ごめんね? もう少し落ち着いた人がいいっていうか……ほら、森明君って常に明るくしてるじゃない? それが貴方の良い所なのはわかるけど、もし付き合ったら毎日が充実し過ぎてちょっと疲れちゃうかなー、って……ごめんね?」

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

「あの、僕、空野さんの事が好きなんだ。良かったら、貴女の事を傍で支えさせてくれないかな? 飽きるまででいいんだ。僕と付き合ってほしい」

 

 その日の授業が全部終った、二年三組の教室で。学年トップクラスの成績を誇る直崎賢斗(なおさきけんと)が、先程も告白されていた空野優美に想いの丈を伝えた。丁寧に述べる彼の顔はほんのり赤らんでいるが、優美の方はというと昼と同じく困った顔。

 

「ごめんね? 気持ちは嬉しいんだけど、恥ずかしながらワタシは勉強も読書もあんまり好きじゃなくてさ……でもお笑い番組とか漫画とか、楽しいお喋りが好きなの。だから、ワタシと貴方は合わないと思うんだ……ごめんね?」

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 翌日から、わかりやすく変化が見られた。

 

 告白した二人の精神が交代したのかと思うくらいの変化がいきなり現れた訳だから、クラスの皆がおかしく思わない訳が無かった。ひそひそと話されているのを、二人は聞こえない振りをしている。

 

 一方、想われ人の優美はいつもと変わらない様子で授業を受けていた。常に凛としている彼女は、確かにかなり魅力的である。

 

 「なぁ! この漫画知ってるか!? かなり面白くてオススメなんだけどさ、ちょっと読んでみてくれよ、ほらっ!!」

 

 休み時間、いつもの面子で固まって話していた男子達が、大人しかったはずの直崎に絡まれている。皆が皆不思議そうに彼の話を聞いているのだが、いつもの彼らしくない言動は変化どころか悪化に捉えられてしまっているかもしれない。

 

 いつもなら誰よりもそういった話に食いつく森明も、今日に至っては男子のグループにすらいない。自分の席でつまらなそうに教科書のページをめくっていた。授業中にも全く無駄口を叩かなかった彼は、皆に心配されてしまっている事だろう。

 

 不可思議な一日が、幕を閉じた。

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 それから次の日、一週間、一ヶ月。いつの間にか不可思議が当たり前になるくらいの月日が経った。好奇心に我慢しきれなくなった何人かが、例の二人に質問を投げかける事も多々あった。しかし慌てる様子も無く、それぞれが「こっちが本当の俺なんだよ、もう疲れちまった」とか「勉強よりも大切な事を見つけただけだよ」等と誤魔化していた。


 しかし、空野優美と彼女の理想に近付く努力をする二人は、告白の日以来話していない。男との接点をあまり持たない彼女は、アドレス交換すらしていないためメール等も一切無い。

 

 いたずらに月日が過ぎていく――。

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 例の二人が振られてから、丁度三ヶ月が経った。

 

 その日は、二人共が朝から嬉しそうに過ごしていた。授業が一つ終わる度にご褒美を待っているかのようにそわそわし、時計を短い間隔で何度も見るようになった。それらの行動の理由は、彼等が朝読んでいた手紙に関係しているはずだ。

 

 三時二十五分になると直崎が勢いよく教室を飛び出した。だらだらと掃除していた森明も、三十分頃には明るい表情でいそいそと教室を出た。不愛想を極めていた森明のそんな顔は久し振りに見る。

 

 彼等にとっての嬉しい事が、ようやく起こるのだ。

 

 森明が到着したのは体育倉庫の裏。そこには直崎賢斗の姿があり、居辛そうにうろうろしてから森明は結局壁にもたれた。直崎の方もばつがわるそうに森明の方をちらりと見てから、立派に生えた木の幹にもたれてイカした腕時計をじっと凝視し続ける。

 

「おまたせ!」

 

 時刻は四時四十分。二人の視線が、ようやく堂々と現れた一人に集まった。

  

 

   *   *   *   *   *

 

 

「わざわざごめん二人共!」


 ()は堂々と姿を現して、挨拶代わりに謝った。

 

「なんだよ急に、連本(つれもと)

 

「僕は、空野さんを待ってるんだよ! 彼女に呼び出されたんだ!」

 

「うんうん、そうだよね。まぁ落ち着いて聞いてくれよ二人共」

 

 全く俺の登場を待ち望んでいなかった彼等は予想以上に苛立っていて、睨み殺す勢いでこっちを見てくる。しばらくして森明の視線は外れた。優美の姿を探しているのだろうか、先程見た明るい表情等見れるはずもない。

 

 ――残念だなぁ。俺は君達が優美に告白していた場面も、変わる努力をし続ける毎日を見て来たというのに。まぁ学校にいる時の、さらに限られた時間だけだが。

 


 ――俺は君達の話を(・・・・・)ずっとしていた(・・・・・・・)というのに。

 

 

「森明と直崎さ、丁度三ヶ月前かな。空野優美に告白してたろ? それぞれの駄目な所を教えられて、次の日からそこを改善したいった。周りからどう言われようと、どう思われようと気にしない振りをして、彼女の理想(タイプ)を目指した。違うか?」

 

「……なんで知ってんだよ、空野から聞いたのか?」

 

「いいや、見てたんだよ。この目でしっかりと、二人がそれぞれ告白しているところをね。もちろん俺は一日中監視出来る訳じゃないし、君達の行動について知ってるのは一部だけどね? 特に君達が家で何をしていたのかなんてのはさっぱりだ」

 

 返答を受けた森明は悔しそうに、苦しそうに俯く。黙ってしまった森明を睨んだ直崎が、代わってつっかかってきた。告白する前の落ち着きも、変わってからの明るさも無く、怒りに身を任せて吐き捨てるように僕を責める。

 

「お前は……僕達を嘲笑うためにここに呼んだのか! 上手くいかない恋愛に頑張る僕達を侮辱するためにっ! わざわざ空野さんの名前を使って机に手紙まで忍ばせやがって……いちいちせこいんだよお前っ!!」

 

「いやいや、それやったのは優美本人だよ。入れてる所は偶然見たけどさ。あぁ、君達が嬉しそうにそれを読むところも見たっけな」


「うるさぁぁいっ! ミスター平均点の分際でっ‼」


「あははっ、それが(みのる)の長所なんだよー♪」

 

 唐突に言われた『ミスター平均点』という悪口に俺がほんの少しへこんでいると、後ろから聞き慣れた声がした。細くて綺麗な腕がふんわりと首周りを包む。唖然とする直崎と森明が、今回は空野優美の姿を目にした。俺を後ろから抱き締める彼女の姿を凝視した。

 

「お前は、何なんだよ……連本よぉ」

 

 しばらく黙っていた森明が切ない表情で尋ねてきた。答えを求めている訳では無く、つい口からこぼれてしまった心の声のようだ。しばらく答えないでいると、耳を優美の笑い声がくすぐった。


(みのる)はワタシの彼氏だよ? 茶化されるのが嫌で皆には言ってないんだけどね? 皆が知らないだけで、実には良い所が沢山あるの! こんな平和で幸せな毎日を壊されたくないから、今まで秘密にしてたんだぁ……だから森明君も直崎君も内緒だよっ?」

 

 照れながら人差し指を唇の前に持ってくる優美の事を、形容しがたい表情で二人が睨む。俺の彼女をそんな目で見……あれ、いつのまにか俺の方見てる。まぁこうなったのは俺の責任でもあるし、止めろとは言えないんだけど。

 

「あー、何ていうか、ごめんな二人共? 愛に一途になったり、自分を高めるのは良い事だと思って敢えて止めなかったんだよ。ほら俺、ミスター平均点だし失敗もそれなりにあってもおかしくはないだろ? あ、嫌味じゃなくて」

 

「二人とも……ごめんね?」

 

 言うつもりは無かった皮肉を言う俺と、悪意も罪の意識も無いがとりあえず謝っている優美。運悪く被害者となった二人はもう何も言わなかった。二人には気の毒だが、俺に出来る事はもう何も無い。残念ながら金も無いし、無論彼女を譲ろうとも思わない。

 

 こんな俺でも自分の事を一途に愛してくれる彼女の事は、しっかりと愛しているのだ。二人の日々を壊されたくないと言ってくれた彼女と俺が同じ気持ちだったのも、今回の悲劇を生んだ原因なのかもしれないが。

 

 二人共、お疲れさん。今回の件は、最悪な恋愛の失敗パターンの中の一つだと思う。次にまたこんな悲劇を起こさないための経験として、頭の片隅に残してくれると嬉しい。

 

「ワタシのために怒られてくれて、ありがとねっ?」

 

 帰り道、不意に優美に口づけされた。二人には申し訳無いが、さっきまでがどうでもよくなるくらいに幸せを感じられる。その後は結局、優美を自分の部屋に招いて甘い時間を過ごした。

 

 ――果たして、俺は何人に嫌われたんだろうか。

 

 

 ご読了感謝です!

 短編なのに二話で一つ、すみません。

 恋愛は、二人で一つなのが当たり前ですけれど。

 

 

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