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小さな反抗。

 

 郁多天袈、短編一作目!

 

 哀れな少年のせつなく儚い武勇伝。

 

 

 

 いつも格好良かった父さんは、砲撃による爆破に巻き込まれて、死んだ。

 

 いつも優しかった母さんは、体を何箇所も銃弾で撃ち抜かれて、死んだ。

 

 いつも頼りになった兄ちゃんは、崩れてきた大きな瓦礫に潰されて、死んだ。

 

 ずっと好きだったあの子は、両腕を乱雑に斬り落とされて、車で連れ去られた。

 

 あっという間に、僕だけになった――。

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 冷酷な敵軍に攻めこまれ、大好きな町が容赦無く破壊された。ほとんどの物、ほとんどの者を失った無惨な土地を、僕は裸足で歩いている。以前は市場で賑わっていたはずのこの辺りが、殺風景を極めている。

 

 奴等は僕達、力無き平民を殺しに来たのだろう。

 

 でも僕は生き残った。ざまあみろ。

 

 聞かれないよう声を殺して笑う僕は、体を震わせて涙を流していた。

 

 

 

『おい、これで全員殺ったか?』

 

『わからねぇが……誰も見ねぇな』

 

 自国語しか話せない僕には、奴等が何を言っているのかわからない。素振りからすると、どうやら生き残りを探しているようだ。

 

 建物だったはずの瓦礫の山に慌てて身を隠した。そばに転がっている肉塊が、僕の知り合いじゃないと嬉しいと心底思う。

 

『向こうを探してみるか……』

 

 この辺りを諦めたのか、二人の兵士は銃を構えたままその場を離れていく。僕は胸を撫で下ろすと、瓦礫の陰から出て奴等とは違う方へ歩く。

 

 ――痛っ。

 

 足の裏に何かが刺さった。傷口から血が出ているのも容易に感じ取れた。しかし、どうする事もできない僕は歩き続けた。

 

 僕はまた、泣いてしまった。

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 結構な時間歩いている。途中で何度か敵兵を目撃したが、奴等が派手に建物を破壊し尽くした事で、身を潜められる場所もそれなりに出来ていた。全てが瓦礫へと退化した事は悲しいが。

 

 進んでは隠れてを繰り返し、あてもなく町を徘徊していた。というか、出来る事がそれしかなかった。

 

 

 

『いねぇじゃねぇか屑共……手間取らせやがって、面倒だなぁ』

 

 右の方から恰幅の良い兵士が苛ついた表情で現れた。毎度の如く、近くの半壊した建物の陰に身を隠す。

 

 ――うじゃうじゃ沸くなよクソッ。

 

 そう言いに向かいたかったが、ただで殺されるわけにはいかない。拳をきつく握り締め、歯ぎしりで気持ちを誤魔化した。

 

 ――どうにか一矢報いたいけど……。

 

 近くを見回すと、手頃な石がいくつか転がっていた。これをこの陰から、兵士目がけて投げつけてやるのはどうだろうか。 

 

 真っ向から向かっても、あの無慈悲な武器によって殺されるだけだ。皆のためにも、無駄死にだけはしたくない。どうする……。

 

 

 

「皆を……返してっ!!」

 

 ――い、今のは……自国語だ!

 

 視線を再度兵士の方へ向けると、いつの間にか誰かと対峙している。高笑いする兵士に銃を向けられているのは、両腕を失った女の子だった。悲痛な顔をしていて、体中は傷だらけ、それでも光り輝いて見える女の子。

 

 つまり眼前では、僕の愛するあの子が悪に立ち向かっているのだった。

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 雄叫びを上げて突っ込んでいく彼女は、容赦なく頭を撃ち抜かれてその場に崩れ落ちてしまった。

 

 僕の心臓までもが撃ち抜かれたように感じた。

 

 遠くにある夕日にあの子の体が照らされて、流れる血液もぎらぎらしている。綺麗だけど、受け入れたくない光景が目の前に広がった。

 

 さらに、満足げな兵士が鼻息を荒くしながら銃を置いて、倒れた彼女に近寄り手を伸ばした。自分が撃ち抜いた頭など気にかけず、薄汚れてしまっている服をめくり上げたのだ。

 

 気が付いたら、僕は走っていた。

 

 欲を満たす事しか考えていない兵士を殴りつける。右手が痛んだが、すぐさまそばに置かれていた銃を手にする。装備を自ら外すような奴に、と思うとなおさら腹が立ってきた。

 

『やめろぉ! やめてくれっ!』

 

 ――だから、わかんないって。

 

 目の前で何度も見てきた手順を踏んで、銃の引き金を引いた。肩が外れそうな程の衝撃に思わず目を瞑り堪える。そしてゆっくり目を開けると、兵士が死体へと変化を遂げていた。

 

 喜びも満足感もない――ただ後味が悪いだけだった。

 

 銃を脇に挟み、両手を服で拭ってから、あの子の顔にそっと触れる。どれだけ触っても、目を覚まさなければ表情も変わらない。酷く辛そうな顔で、この世を去ってしまった。

 

 一人の命を狩り、一人を見殺しにした。

 

 

 

 悲哀、後悔、自己嫌悪。負の感情に締め付けられる中で、こっちに近づく足音に耳が反応した。多分、一人二人なんてものじゃなく、銃声を聞きつけた何人もが向かって来ているんだと思う。

 

 標的となるのは、僕しかいない。

 

 奴等と戦おうか、それともここから逃げようか。選択肢は少ない。

 

『いたぞ! ガキのくせに手間どらせやがって屑がぁ!!』

 

 僕を殺す事を心から望むいくつもの悪が、銃を構え始めながら駆けて来た。まるで、僕の最期(おわり)が悪の大群に押し付けられているみたいだ。

 

 ――そうか……じゃあこうしよう。

 

 銃口を額に押し当てて、再び引き金を引いた――。

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 家族に、あの子に、また会える。今そっちへ行くから、待っててね。

 

 僕がやり遂げた、独りぼっちの小さな反抗。お前達なんかに殺されやしない。

 

 ――ざまあみろ。

 

 僕は今、笑っている。

 

 

 

 ご読了感謝です!

 おそらく、郁多が一番得意なジャンルです。

 少年は幸せになれたでしょうか。

 

 

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