『ユグラドシル・クロニクル』 管理エリア エルフの郷 プライベートエリア
『ユグラドシル・クロニクル』 管理エリア エルフの郷
プレイヤーID carestia takamiya
プレイヤー名 karen
同機率 70%
プレイヤーID sinobu saitou
プレイヤー名 saisin
同期率 70%
プレイヤーID Freesia
プレイヤー名 elf-maid-princess
同期率 100%
プレイヤーID ishtar ver6.9
プレイヤー名 ishtar
同期率 100%
目に映えるのはどこまでも続く森、森、森。
それを見下ろす事ができる世界樹の頂上に俺とフリージアのプライベートエリアがある。
馬鹿と何とかは高い所が好きというが、それもなんとなく理解してしまうのは俺がVRにおけるその何とかの層に属しているからか。
「凄い綺麗‥‥‥」
世界樹の麓に管理エリアであるエルフの郷は作られている。
このゲームはプレイヤーが広大な森を抜けてこの世界樹に向かっているというゲーム設定となっている。
その為、プレイヤーの見る世界樹とこの管理エリアの世界樹は切り離されて管理されている。
「いらっしゃいませ。お嬢様。
お茶とお菓子はこちらにおいておきますね」
むちむちぷりんなメイド姿のイシュタルがお茶を出すとカレンの気分がみるみる悪く。
なお、イシュタルは保護した結果、現在フリージアの完全制御下にある。
多分本当の意味でメイドなのは彼女なのだろう。
「VRでハーレムですか。
いいご身分で」
なんだかひどい勘違いをしているようなが気がする。
まぁ、どうみてもコスプレにしか見えないし。イシュタル。
フリージアがコスプレ風俗に見えないのが、そのあたりのオンオフができているという訳か。
「何を考えています?ご主人様?」
「いや。
何でもない」
ある意味、何でも自由にできるVR世界が出現した結果、性風俗関連はこぞってその方向に進出した。
肉体的・社会的限界を取り払えるVRはエロによって進歩し技術確信が進められていたと言っても過言ではない。
高度な自律思考ができるAIが登場したのも拍車をかけ、VR世界において子供を作れる事もまたこの傾向に拍車をかけた。
表面的な姿かたちだけでなく、挙動や意思決定から癖にいたるまでコピーできるようになって『人間の体いらなくね?』なんて意見も出てくる始末。
現実世界で子供作れないという現状も、AIの処理に対応できるアンドロイド技術や、クローン技術による生物としてのAI実体化も今世紀中には実現できるだろうと言われている。
そのせいか、「人間は肉体を捨てるべきだ!」と主張する団体ができて社会的議論になっていたり。
その手の団体の名前が「スクラッチ」や「ウロボロス」と名乗っているあたり、わが国のアニメやゲームの影響は馬鹿にできない。本当に。
「ハーレムも望めるならば……か。
そんな世界に来たんだよなぁ」
俺の感慨深い呟きが想定していたのと違っていたらしくカレンが目をぱちくりと。
そこで終わればよかったのだが、
「叔父さんが『ハーレム作るんじゃ!』と熱く語っていたんだよ」
「……最低」
軽蔑するような目で見ないでください。カレンさん。
それ言ったの叔父さんなので。
「で、一体何人女囲っているの?」
「あいにく、これと駄メイドの二人だけだ。今は。
それに、ハーレム作るだけならば、あんな量子コンピュータなんて必要ないよ」
カレンの眉が片方だけ不審気にあがる。
それを見て、俺ができるだけ悪そうな笑みを浮かべて脅す。
「ここからが本題だ。
聞いたら後には引けないぞ」
カレンは俺をきっと睨みつけて威勢のいい啖呵を切る。
「上等」
「……つまり、叔父さんの自殺に不審を持ったから自分たちで調べると?
警察に任せちゃえば良かったんじゃないの?」
イシュタルをさがらせた後に全部聞いたカレンの第一声がこれである。
なお、その台詞は俺もフリージアに言った。
「たぶん、穏便に自殺という結果はそのまま変わらないと思いますよ」
かつての俺に言った事をフリージアは繰り返す。
その時、俺がフリージアの言葉を信じなければどうなっていたのだろうか?
「VR技術が現代生活に不可欠になっている現状で発生したVRハザードは深刻な社会不安を巻き起こしました。
それが多数の犠牲者を出したとはいえ、表向きには解決したとなっている事件を穿り返しても誰も得はしません。
当事者以外は」
「ちょっと待って!
フリージア!
あなた何を言っているのか分かっているの!!」
うろたえるカレンに淡々とした声で凄みの効いた笑みを浮かべるフリージア。
最初に見た俺も正直ちびりそうなぐらい怖かった。
「ええ。
私の開発者である栗島栄治氏は、自殺ではなく殺されたと言っているのです」
カレンの時が動くまで、俺がイシュタルから差し出されたお茶を飲み干す程度の時間が必要だった。
なお、俺が固まった時間よりは短いあたり、カレンは肝は据わっているらしい。
「証拠は?」
「それを抑える為に、私たちはここにいるんですよ」
さも当然という風にフリージアがお茶を進め、カレンもおちつける為かティーカップに手を伸ばす。
だが、双方目はまったく笑っていない。
「あると思うの?」
「多分。
『エターナル・クエスト・ファンタジア』と『ユグラドシル・クロニクル』の基幹プログラムは同一のものを使用しています。
栗島氏と『エターナル・クエスト・ファンタジア』とウィリアム・ペンフィールド開発主任は友人同士でもあり、栗島氏は『エターナル・クエスト・ファンタジア』の開発協力も行っていました。
プログラム666のソースコードが『ユグラドシル・クロニクル』が残されている可能性は十二分にあります」
『Trash Box Online』内では絶対に口にできない決定的な一言をフリージアはあっさりと言ってのけた。
今の一言でVR監視機構のお縄確定である。
「おかしいでしょ!?
『ユグラドシル・クロニクル』もVR監視機構によって徹底的に調べられたはずよ!
どうしてあるって確信的に言えるの?」
ここまで過去の俺をなぞってくれるのだから、カレンとの相性は本当にいいらしい。
『カレンさんこっちに引きずり込んじゃいましょう』って、この駄メイドが今回お膳だてしたのを知ったら爆発しかねないな。こりゃ。
俺の心の中にしまっておこう。永久に。
「開け方の問題です。
VR監視機構はVRハザードを恐れて、クラウドネットワークに分散していた『ユグラドシル・クロニクル』のデータを個別にチェックしたにすぎません。
冷蔵庫にある野菜やお肉を見て、食べられるかどうかを判断した訳ですよ。
調理してみないと、カレーになるのか、シチューになるのか、肉じゃがになるのか分からないと言うのに」
両目をつぶって肩をすくめてやれやれと言わんばかりに肩をすくめるフリージア。
いつも思うが、このポーズの時に腹バンしたくてたまらないのだが。
「そして、開発途上だった事もあって、調味料にあたる設定資料集や隠し味の栗島氏のクラウドデータはついに発見すらされませんでした。
無限に広がるクラウドネットワークに意図的に物を隠した場合、その当人以外に中を知るのはほぼ不可能です。
私だって、ご主人様が見つけてくださらなければ、あのまま永久に電子の海で眠っていたでしょうね」
「つまり、忍君が学校にあんな高価なサーバーを用意したのは……」
その一言は俺が言わないといけないんだろう。
たとえフリージアにそそのかされたとしても、それを決めたのは俺なのだから。
「ああ。
クラウドネットワークに散らばる『ユグラドシル・クロニクル』の全データをあそこで開ける為だ」
カレンがじっと俺の目を見る。
俺もカレンから視線を外さない。
VRの世界というのに、現実より現実感を感じるような錯覚を受けてしまう。
「もう一回VRハザードが起きる可能性は?」
「ないとは言い切れないな」
俺の言葉をフリージアが補足する。
数字を交えて、確率で話すあたりはAIだなとなんとなく思う。
「技術進歩もありますから、ハザードにまで行く可能性は少ないと思います。
VR監視機構の救済ツール前提でVRハザードまで行くのは0.8%。
ただし、救済ツールなしだと、この確率はぐっと上がって2.4%にまで上昇します。
一番最悪なケースは逃亡しているプログラム666が関与するケースで、これだと7.2%まで跳ね上がります。
慎重な人ならば渡らない橋ではありますね」
たしかに微妙なラインだからこそ俺も乗った覚えが。
1/10で自分がその一人になれるとは普通は考えない。
「何もなかった場合は?」
カレンの言葉にフリージアが実に憎憎しげな顔で嘲笑してみせる。
それがカレンではなく、別の第三者に向けられているのを俺もカレンも分かってしまう。
「何もないはずはないですよ。
私もプログラム666もVR世界では無敵です。
ですが、栗島氏は現実世界で殺された。
それの意味を考えれば、きっと、今も私たちの出方を見守っているはすですよ」
現実ではないのに、ぞくりと背筋が寒くなる。
フリージアは何気ない日常時に俺が襲われる可能性があると言っているのだ。
もちろん、カレンが激昂してフリージアにつかみ掛る前に、セーフティーネットをさらしてみせる。
「ご主人様の持っている端末にGPS追尾機能をつけ、事前外の生活空間外の移動と端末反応が無くなった時点で警備会社が駆けつけるように準備が整っています。
あ、ただの警備会社ではなく、元PMC系ですのでご安心を。
それに、ご主人様および離れて暮らすご家族、実はカレン様にも既に隠れて警備をつけてあります。
あと、街の監視カメラの八割にアクセスパスを作っていますので、状況は随時把握できるかと」
「それ、立派なストーカーじゃない!」
「……否定できないな」
実は、サーバー維持費用外の出費の大半はこれである。
おまけに、警備会社を三つも雇って買収されないように相互監視をさせるあたり、金に糸目をまったくつけてない。
だが、これはこちらが張った蜘蛛の糸でもある。
『Trash Box Online』で公開が公表された『ユグラドシル・クロニクル』で何かあった場合、少しこの世界を知っている連中ならば『エターナル・クエスト・ファンタジア』のVRハザードとの関連を調べるだろう。
そういう意味では、実は『ユグラドシル・クロニクル』公開前が一番危なかったというのを後でフリージアから聞いて背筋が寒くなった覚えが。
「まあ、そんな訳でして。
ご主人様と親しいカレン様は、下手に動かれるとかえってご主人様の身が危なくなると思い、こちらにお誘いした次第で」
フリージアがにっこりと笑うと、何もかもをあきらめたような顔でカレンがため息をつく。
「ここまで聞いて引き返すなんて言うつもりはないわよ。
ただ、ひとつ聞きたいのだけどいいしら?」
あ、このカレンの笑みはまずい。
フリージアと同じぐらい長くつきあっているからこそわかるカレンの悪魔の笑みはこうフリージアに問いかけたのだった。
「私そっくりなその体系は忍君が求めたのかしら?
それともあなたが忍君を篭絡する為に求めたのかしら?」
その後の醜態は俺と駄メイドの記録にはない。
そういうことにしてくれ。おねがいします。
カレンのログアウト後に、俺はフリージアにある事実を指摘した。
「フリージア。
お前、俺の性欲弄った?」
「よく分かりましたね。
やっぱりさっきので?」
要するに、思考は脳で行われVRは人の脳に直接つながる為に、『性欲を処理した』データだけ送れば、脳はそれを勘違いしてしまう。
VRでハーレムとか爛れた生活とか以前に、アクセスした段階でその結果を与え続ければ性欲も抱かなくなる訳で。
「だって、青少年にVRポルノってサルのあれと同じ末路になるじゃないですか。
ちゃんと経済力があって責任が取れるようにならないと危険ですよ」
納得。
間違いなく溺れる。爛れる。一部では麻薬以上に警戒される。
そんなことを考えていた俺にフリージアはいたずらっぽく笑う。
「安心してください。
もうご主人様はちゃんと責任が取れる大人であると私が認めますわ。
カレンさんも巻き込めたので、性欲関連を弄る事はもういたしません。
私やカレンさんやイシュタルを使って存分に爛れた性活を」
駄目だ。
この駄メイド。
尊敬したと思ったらこれだよ。
「今、思ったんだが、エロゲー的な『ご主人様の筆卸しは私が』とか考えてるんじゃないだろうな。
イシュタルからもらった性関連プログラムひたすら演算して最適化していたが……」
「……」
「……」
おい。
駄メイド。こっちみろや。こら。