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VRが実現した世界の現実の学校風景

「おはようございます。ご主人様。

 今日もいい天気ですよ」


 am6:50。

 携帯端末から聞こえるフリージアの声に俺は目を覚まし、VR接続ヘッドギアを外す。

 人というのは寝ている時でも脳は動いている。

 そんな時間を使ってのVRは人の生活環境を劇的に変えた。

 寝ていても働いたり学んだりできるのと同じだからだ。


「体があればここで朝食とか用意するんですけどね」


 フリージアの残念そうな声に適当に相槌をうちながら、コンビニで買ったパンと紅茶で朝食を取る。

 紅茶はこの駄メイドがVR世界で散々入れていたのがいつしか現実でもという流れだったりする。

 なお、AI専用の体というのは現在各国で開発中らしく、この手のロボット技術ではわが国が最先端を突っ走っているという。

 ちなみに、その最先端の理由が21世紀初頭に生まれた電子の歌姫の実体化というのは伝説になっていたり。


「ニュースを要約してくれ」


「国内の政治経済に目立った変化は無し。

 海外ではVR規制論議の絡みで動きが」


「何があった?」


 むしゃむしゃと食べる俺を携帯端末のカメラで見ながら、画面の中のフリージアは淡々とそれを告げる。


「BC社のVR被害者へ対する損害賠償訴訟ですが、一部和解が成立しました。

 おそらく、この和解をベースに被害者保障が行われる事になります。

 この発表の後、BC社の株価は上昇に転じています」


 VRハザードなんて人災を引き起こしたBC社は世界各国から非難を浴びたが、それでもBC社は潰れなかった。

 この会社がもたらしたVR技術が既に今の社会には無くてはならないインフラと化していたからで、その独占率が高ければ高いほど巨万の富を生むのだ。

 かくして、BC社はそのVR技術とそこから上がる巨万の富によって、『エターナル・クエスト・ファンタジア』VRハザードを過去のものに押し流す事に成功したのである。

 もっとも、その処理にかかった資金は十兆円ではきかないらしいが。

 BC社の株価が上がったのも、『十兆なら払える』と市場が判断したからで。


「で、いくら儲けた?」


「そこそこに」


 十桁の数字をそこそこというこのメイド、VRMMO統括AIなのに投資会社が欲しがるのも当然か。

 まぁ、BC社が潰れると困るのでこのメイドが全力で買い支えに走り、あちこちのネット上でVR技術の啓蒙と必要性を説いていたからこそのあがりなのだが。

 そして、十桁の数字を持ってしても最新鋭量子コンピューター購入にはまだ足りない。


「『ユグラドシル・クロニクル』の稼動前だ。

 あまり目立つような事はするなよ」


「わかっております。

 必要な分の量子コンピューターを購入したら、姿を消してほそぼそとお小遣いを稼がせてもらいますわ」


 食事を終えて、俺は学校に向かう為に家のドアを開ける。

 視野に広がる青空は、VR世界の青空とまったく変わらない。


「いってらっしゃいませ。ご主人様」


「行ってくる。

 何かあったら端末に頼む」


 VR時代になっても教育機関として学校の存在があるのは、学校に存在理由があるからに他ならない。

 情報はダウンロードできるけど、それを認識しなければ使用できないからだ。

 たとえば、全盛期のオリンピック選手のデータを体の未成熟な小学生にダウンロードしても使える訳が無く。

 小学生に使えるデータをダウンロードしても、そのデータを実際に使ってみないと『体』がそれを認識しない。

 そのために午前中しか授業はないが、計算や書き取り、運動などの実学を重視する方向になっている。

 そして、むしろこっちの方が大事なのだが、学校は他人が会う場所としてのコミュニケーションの場所として機能している。

 VRでも現実世界でも人と人が出会って何かが始まるのだ。


「おはよう!忍君!」


 通学途中の俺の肩を叩いたのは幼馴染のカレン。

 本名高宮カレスティナという金髪ハーフ娘である。

 まぁ、小学校の時にハーフでいじめられていたのを助けたのが縁でここまでずるずると腐れ縁が続いている。

 それが何でカレンなのかといえば、カレスティナが言いにくかった俺がつけたあだ名で、今やこっちが本名みたいに広がっている。


「ああ。おはよう」


「テンション低いわね。

 なにかあった?」


 いじめられてからのカレンは己を磨いた結果、勉学美貌ともに見事に開花しており、学校では生徒会長なんてものにもなっていたり。 

 片やただのネットジャンキーである俺と腐れ縁が続いているというのを不思議がっている輩も多い。


「ただの寝不足」


「またVR?

 はまると帰って来れなくなるわよ」


 顔を近づけて心配するカレン。

 伊達眼鏡に俺の顔が映るがたしかにくまができていやがる。

 睡眠時間を利用してのVR利用だが、どうも睡眠の質が落ちる事は最近の研究で分かってきていたりする。

 VR技術を持ってしても、24時間働くジャパニーズビジネスマンにはなれなかったという訳だ。

 とはいえ、俺も『ユグラドシル・クロニクル』の稼動前で色々とやる事があったので、質の良い睡眠時間を削っていた訳で。


「まぁ、現状でデス・ゲームというのはかなり難しくなっているさ。

 VR監視機構の目も光っているしな」


「そういってフラグを立てる」


 呆れ顔のカレンを横目に学校への道を二人して歩く。

 真面目な話として、現状でのデス・ゲームの難しさは技術進歩による外からの攻撃にどんなAIも対応できないという理由がある。

 日々技術が進歩しているVR業界でデス・ゲームというのは、外部環境を閉鎖して鎖国するのと同じで結局外からこじ開けられるのだ。

 その為に人質がいるのだけど、『エターナル・クエスト・ファンタジア』のVRハザード時には、統括AIが気づかない程度に誘導したりアイテムを置いたりしてサポートしたと最近公開された資料によって明かされている。

 また、『Trash Box Online』をはじめとする全てのVR技術にはVR監視機構の専用アクセスコードが組み込まれており、何かあったらそのアクセスコードから中に侵入して対処する段取りになっていたり。 

 そんな事を考えながらカレンと俺は今日も遅刻をせずに学校の門をくぐった。



「VR技術が現代社会において無くてはならないものになったのは異存がないだろうが、その技術がどの分野で使われているか?

 高原。答えてみろ」


「はい。

 VR技術の開発によって人類は新たなるフロンティアを手に入れることに成功しました。

 現在進捗率60%の月面都市『高天原』計画や第五次火星開発計画などその宇宙開発を筆頭に、深海や大深度地下にも開発の手が伸びています」


 VR関連の授業をあくびを噛み殺しながら受ける。

 このあたり情報をダウンロードすれば一瞬で終わるのだが、討論や質問によってその情報を活用する方向に評価点が与えられるので意外に眠れない。

 VR技術によって、工作機械などの機械操作の精度が一気に上昇し、人がその場にいなくてもそれらの機械の操作ができるようになった。

 それがカレンが答えた新たなるフロンティアの正体である。

 人間を運ぶ手間を考えないだけでこれらの場所の移動コストが低下し、初期開発を安全に行う事が可能になったのだ。

 20世紀末期から囁かれていた月面のヘリウム3を用いた核融合発電プラントも稼働し、マイクロウェーブ波によって電力が地球にもたらされるようになったのはVR技術の発明から数年後のこと。

 それによって百億を越えた人類は海に地下に宇宙にと生存の場を広げ、『高天原』をはじめ『フォン・ブラウン』や『スプートニク』などの月面都市が既に可動を始めている。

 第二の黄金期と誰が呼んだか知らない言葉が一般に認知され、ついに火星開発計画まで始まった根幹技術であるVR。


「いずれ、人類は肉体を捨ててシリコン生命体になるなんて極論も出ているが、それについて述べてみろ。

 斎藤」


 教師の指名に俺は立ち上がって、俺自身の考えを述べる。


「それもアリだとは思いますがね。

 エネルギー供給が核融合によってもたらされる限り、シリコン生命体の方が宇宙に出るのは楽だと思いますよ。

 人じゃなくて、人格を持ったAIも出てきている事ですし。

 ただし……」


 そこで言葉を切ったのは、一言で言うには少し重たかったから。

 

「ただし、VRハザードみたいな災害がまた発生したら、被害の桁は万からスタートになるでしょうね。

 そして、肉体みたいな後始末や罪悪感もなくなるでしょうから、いたずらで殺人なんてのが流行しかねません。

 シリコン生命体になるという事は、魂すらコピーしてバックアップが取れるという事を意味しているのでしょうから」




「斉藤君。ちょっといい?」


 学校では周りの気を使ってか苗字で俺を呼ぶカレン。

 長い付き合いだから、その一言でカレンの語尾から『われちょっと面貸せ』的な不機嫌さを感じ取った俺は戦略的撤退を試みる。


「悪い。

 俺は今からぶか……」


「その部活の件で、生徒会からお話があります。

 来て頂けますわよね?」


「……はい」


 で、カレンを連れて俺一人しか所属していないコンピューター研究会の部屋にてカレンの怒りが炸裂する。


「これは一体何!!」


 ばんばんと叩かないで欲しい。

 高かったのだからなんて考えていたからカレンの怒りに油を注ぐ結果となった。


「最新鋭、小型量子コンピューターサーバー!

 企業向けで価格は十数億はくだらないこんなものがどうしてこんな所にあるのか説明してもらいましょうか!

 忍君!!」


「いや、そりゃ学校に寄付があったとかで……」


「そんな表向きの説明私が信じると思う?

 この街でもここ一台しかないここの最新鋭機械に、学校だけでなく自治体や地元企業すら食指を伸ばして『説明を』って言ってきているんだからね!」


 クラウドネットワーク上に散らばるVR技術の膨大なデータ処理の為には、量子コンピューターの存在が必須となる。

 同時に、量子コンピューターなんて馬鹿高いものがほいほいと置ける訳も無く、レンタルしようとすると共用で処理に時間がかかるしどこからトラブルが発生するかわからない。

 という訳で、これの本当の目的は『ユグラドシル・クロニクル』のメインサーバーだったりする。

 『Trash Box Online』に全てのデータをあげていたらサーバー管理費だけでいくらかかるか考えただけでいやになる金額が飛んでゆく。

 その為に自前でサーバーを用意できるのならば、そのサーバーを登録する事と円卓に監査権限を付与する事、そしてトラブル発生時は自己責任で『Trash Box Online』は干与しない事などを条件に自前サーバーの使用を認めていた。

 中に何があるか分からない『ユグラドシル・クロニクル』のメインデータをここで開ける事で、未然のトラブルを防ぐというのが目的である。

 『ユグラドシル・クロニクル』初期公開時のエリアである、ポータルエリア『トレイル』とその周辺、『世界樹の森エリア1』、『世界樹の森エリア2』、『世界樹の麓』、管理エリア『エルフの郷』などはロー・ヘイブンのレンタルサーバーで動かすが、そこから先はこのサーバーに転送させる予定。


「何よりも不思議なのは、部員が一人しかいないコンピューター研にこんなハイスペックコンピューターがやってきたという事よ!

 ありえない!!」


 まぁ、それも俺と駄メイドの画策なのだが。

 駄メイドが稼いだ金で休眠会社を買い取って法人身分を手に入れ、そこから多額の寄付で学園を餌付けした上でこの部室を作らせて、この法人名義で買った量子コンピューターを寄付したのだから。

 もちろん、真相なんて言える訳が無い。


「ありえないもなにも、現にあるじゃないか」


「だからこそ聞いているの!

 忍君。

 貴方何をしようとしているの?」


 名指しで俺を確信犯呼ばわりするのだから、さすが幼馴染。

 それが当たっているのだから、答えに詰まり、それが真実であるとカレンに気づかせてしまう。


「……」


 企業のレンタルサーバーで『ユグラドシル・クロニクル』を開けて何かあった場合、ほぼ間違いなくVR監視機構に連絡が行く。

 そして、事件の証拠物件として押収されて俺たちの手の届かない場所に叔父の事件は行ってしまい、叔父の自殺は覆らない。

 BC社一部和解のニュースが流れた今、あのVRハザードは過去のものになろうとしている。

 それを覆す何かが出てきたら困る輩は一杯いるのだ。 

 そして、それだからこそこの危険な行為に目の前でお冠のこの幼馴染を巻き込む訳にはいかない。


 俺の沈黙が何も語りたくないという事を悟ったカレンが、部屋に備えられた監視カメラを見てため息をつく。

 こんなものを置いているので警備は厳重にしており、コンピューター備え付けのモニターをつければサーバー内部も見る事ができるようになっている。

 カレンは俺の沈黙が語りたくない、もしくは語れないという事を察したらしい。

 ため息をついてこうのたまわったのだった。


「いいわ。

 そこまで言うならば私もここでは聞かない。

 貴方の領域であるVRにて話を聞きましょう」

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