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アマデウス

『Trash Box Online』 ポータルエリア ルリタニア


 プレイヤーID sinobu saitou

 プレイヤー名 saisin

 同期率    53% 


 プレイヤーID Lion

 プレイヤー名 Master Lion

 同期率    38%

 

 プレイヤーID Freesia

 プレイヤー名 elf-maid-princess

 同期率    25.1% 


 プレイヤーID ishtar ver6.9

 プレイヤー名 ishtar

 同期率    25.1%


 プレイヤーID --(規制による閲覧不可)--

 プレイヤー名 Amadeus

 同期率    70% 




 かつて、叔父は子供の俺にこんな質問をなげかけた。


「ゲームとMMOの違いは何かわかるかい?」


 多人数同時参加とか、アップデートによる世界の変化とか、子供の割にはませていた俺だがそれでも叔父の答えには届かなかったのを覚えている。

 俺のそんな答えを微笑みながら聞いていた叔父は楽しそうにその答えを口にした。


「簡単な事さ。

 ゲームならば、プレイヤーは特別な存在だ。

 だが、MMOならばプレイヤーが特別な存在であってはならないんだよ」


 首をかしげる俺に、叔父は楽しそうに答えを説明する。

 記憶の美化かもしれないが、叔父は本当にVRという新しい世界で何をして遊ぼうか真剣に楽しんでいたんだなと後になって気づいても、それを伝える事はできない。


「ゲームならば、プレイヤーは主人公だ。勇者だ。

 クリアの為にステージをクリアしボスを倒す英雄だ。

 だが、MMOではそんな連中が万といる。

 英雄的行為が日常になってしまうんだよ」


 『一将功成りて万骨枯る』という諺を知ったのは叔父の自殺の後の話。

 あの時の叔父の言葉は今でも思い出せるだけに、叔父の求めた答えに届かなかった悔いは今でも心に残っている。

 

「MMOではどんなチートな能力を持っていても、それはその他大勢の一員でしかない。

 彼らは優れた才能を持ちながらも、世界においてはモブである事から外れる事はないんだよ」


 今にして思う。

 もしかして、叔父はあの惨劇を予測していたのではないのかと。

 その問いも尋ねる事などできはしないのだが。


「MMOに主人公を誕生させてはいけない。

 主人公が誕生するならば、そのMMOプレイヤー全部を生贄にするだけの物語が必要になるだろうからね。

 違いはそこさ。

 NPCという生贄を用意できるゲームとプレイヤーを生贄に捧げなければならないMMO。

 主人公という英雄召喚のコストの違いという差がね」


 だが、『エターナル・クエスト・ファンタジア』のVRハザードという数万の犠牲者の屍を生贄に英雄は召喚されてしまう。

 『エターナル・クエスト・ファンタジア』をクリアしVRハザードを終わらせた六人の英雄達。

 人は彼らを賞賛しその偉業を称え、自殺した開発主任を貶める事でVRハザードを過去のものにしようとしたのである。

 かくして、現代に起こった魔王と英雄の物語は英雄の勝利によってその幕を閉じた。

 そして、英雄は物語が終わった後でも英雄である事を強いられた。

 アマデウスはそんな英雄の一人である。


 彼女は恋人をVRハザードによって失い、その復讐によって英雄の一員になった。

 だが、彼女の復讐は満たされなかった。

 ゲームクリアをしても開発主任は自殺、デスゲームを統括していたプログラム666は見つからず。

 だからこそ、彼女は復讐を求めてプログラム666が潜んでいる可能性が高いこの『Trash Box Online』にやってきたのだ。

 VR監視機構も彼女を広告塔に仕立てる事で『Trash Box Online』内の影響力増大に寄与していた。

 元老院騎士団とは彼女の為に作られた組織なのだ。

 白銀の鎧に身を包んだ銀髪の女騎士。

 現代の英雄にして秩序の守護者たる彼女の顔からは感情のない美しさというもの意外何も感じられない。


[このタイミングで入ってきたって事は、俺たちの事を誰か売ったな。

 イシュタル。あんた泳がされていたらしい]


[そ、そんな!

 なんとかしておくれよ!

 まだ消えたくないんだ!!]


 ウィスパーチャットでリオン先輩のため息とイシュタルの狼狽が聞こえるが相手にしている暇はない。

 それは、相手の狙いが俺達である事を俺もフリージアもわかっていたからだ。


[ご主人様]


[わかってる。

 さっそく餌に食いついてきたと言った所か]


 イシュタルの一件は俺達には無関係なのだが、俺達には『ユグラドシル・クロニクル』というとてつもない餌がある。

 プログラム666の逃亡先候補に挙がっていたこれをVR監視機構が見逃すはずがないのだ。

 という事は、


[挨拶がわりの突発イベントか。

 かりにも公的機関がヤクザまがいの因縁付けとは嘆かわしい]


[『朱に交われば何とやら』ご主人様。

 私どもも同じ狢である事はお忘れなきように]


 短期間でウィスパーチャットを閉じ、アイコンタクトで確認を取った俺達は入ってきた女騎士に対して挨拶となる口上を述べる。

 喧嘩は、先に視線を逸らした方が負けである。

 ましてや売られた喧嘩である以上、百倍返しが礼儀というもの。 


「ここには、放浪AIはいないぜ」


 カウンターの椅子に座りなおして、空になったグラスを掲げる。

 あくまでこの店に酒を楽しみに来たという常連その一という位置づけでの会話のボールだ。


「おかしいですね。

 この酒場の常連より放浪AIの通報があったのですが、ルリタニア管理AIからの許諾も頂いています。

 『Trash Box Online』盟約に基づくIDチェックを発動しますがよろしいですか?」


 事務的に手続きを進めるアマデウスに今度はフリージアが口を挟む。

 俺がオフェンスなら彼女がバックアップというのが俺達の戦い方だ。


「お待ちを。

 私とご主人様、それに従者であるイシュタルは『円卓』参加者です。

 盟約に基づくIDチェックの除外を要求します」


 ロー・ヘイブンなんて後ろ暗い所に身をおいている連中である。

 あたりまえのようにその特権階級には己の身を守るだけの特権が付与されている。

 このIDチェック除外などその最たるもので、この特権があるからこそ『Trash Box Online』はアンダーグラウンドで命を繋ぐことができ、この特権の撤廃をのぞむが故に元老院騎士団は円卓内で主流にはなりえない。

 その壮絶な美貌から感情を窺い知る事はできないが、ただのキャラクター造形美だけでない凄みを彼女から感じるのは、彼女という背景を知っている為か、それともそういうプログラムでも組まれているのか。


「わかりました。

 確認の為に盟約登録を仰ってください」


 アマデウスとフリージアが言葉という剣戟を交わす。

 彼女が引き出したかった言葉は、こちらにとっても切り札になる。

 盟約の言葉を出した場合、盟約参加者としてその発言に責任が出るからだ。

 だからこそ、見栄を張って、尊台に、そして威風堂々とその言葉を告げたのである。

 メイドなのに。


「『ユグラドシル・クロニクル』管理AIフリージア。

 これでよろしいですか?」


 一瞬の静寂の後、ざわめきが波紋のように広がり、その囁きが波のように俺の耳に帰ってくる。

 こんな酒場にいた常連連中だからこそ、この名前を知らないはすがない。

 というか、その台詞俺が言うはずなんだが、とりやがった。この駄メイド。

 しれっと、ウィスパーチャットで「てへぺろ」なんて出しやがって。



「おい。

 『ユグラドシル・クロニクル』ってあれかよ」

「あのデータがついにこっちにやってくるのか」

「フリージアって円卓の黒幕で名が通っているAIじゃないか。

 ついに表にでてきやがった」



 アマデウスという二枚目を引き連れて衆人環視で大見得を切ったのだ。

 これで明日からしばらくはゲーム内の噂はこれでもちきりだろう。

 俺がそんな事を考えているとは知らずに、アマデウスは淡々とこの三文芝居の台詞の続きを口にする。


「確認しました。

 盟約上、公開前の事前審査は盟約加盟者全員にその権利が与えられています。

 『ユグラドシル・クロニクル』の公開前事前審査を元老院騎士団も行ってよろしいか?」


「もちろん。

 痛くない腹を探られるのは業腹ですが、これも盟約に記載されている事です。

 我が『ユグラドシル・クロニクル』は誰でも客としてもてなす用意があります」


 そう言って互いにガンを飛ばすアマデウスとフリージア。

 かっこいい事を言っているのだが、アマデウスはともかくフリージアはメイドである。

 我に返ると、そのシュールさに噴き出しそうになったのは内緒。


「わかりました。

 総員、撤収。

 ここには放浪AIはいなかった」


 そこでアマデウスは俺の方に視線を向ける。

 向けなくていいのに。


「『ユグラドシル・クロニクル』管理者の方、お名前を伺ってもよろしいか?」


「サイシンです。

 あんたと違って、あまり覚えられるような名前じゃないが」


 見栄をきったのがフリージアである以上、脇役に回るのがコンビというもの。

 なんか俺が一方的に損している気もしないではないがいつもの事なので放置。

 こちらのジョークをスルーしてアマデウスは連れてきた騎士を引き連れて去ってゆく。

 後に残ったのは俺達と、それを遠巻きにして見る酒場の常連達のみ。


「さぁ、今日はこんな事があったから店じまいだ!

 とっとと帰った。帰った」


 リオン先輩が声をあげて閉店を告げると、常連客もこそこそとそそくさと店を去ってゆく。


「元老院騎士団が踏み込んでくるようじゃ、ここも畳むしかないな。

 それなりに愛着がある場所だったんだがなぁ」


 情報屋としてもそこそこやっていただけに、元老院騎士団の踏み込みなんてものがどれほどダメージを受けるかわかろうというもの。

 同時に、それを認めたルリタニアのサーバーが元老院騎士団に取り込まれた事を意味していたのだから。

 なお、後の話だがルリタニアが『ダンジョンクエスト』アップデートエリアの一つとして公表されて、『Trash Box Online』から姿を消す事になる。


「『ユグラドシル・クロニクル』の中に場所を提供しますよ。

 イシュタルはそこの雇われママという役まわりでどうだい?」


「え?

 あたし、本当に行っていいの?」


 元老院騎士団のガサ入れという突発イベントで話が流れたと思っていたイシュタルが驚きの声をあげるが、俺は気にせずに話を続ける。

 なお、今の内心を言葉にするならば『毒食わば皿まで』


「言った事は守るさ。

 なんならば、サーバー管理者として盟約に誓おうか?」


 俺のなげやりな言葉にイシュタルが泣き出す。

 目から涙が止まらず、フリージアが差し出したハンカチで涙を拭うが、イシュタルの嬉し泣きの声が俺達しかいない店内に響く。

 彼女は、こうしてやっと帰る場所を得たのだった。


「で、善行を行った感想はどうだい?

 サーバー管理者殿」


「悪くないですね」


「それがお前の持つ力だ。

 そして、いつかはその力で誰かを切り捨てるだろうよ。

 おぼえとけ。

 人も、人を擬して作られたAIも善人でも悪人でもない。

 それを決めるのが、お前とそこの駄メイドなんだって事を」


 いい事を言っているリオン先輩なんだが、この時の俺とフリージアの心はウィスパーチャットを使わなくても一つになった。

 この心優しい先輩に向かって言うのははばかられたので、互いのアイコンタクトのみでその言葉を重ねる。


[[先輩、ほおっておいてもGMしてくれますね……]]   


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