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あるデバック作業

『ダンジョンクエスト』 始まりの町 ゲセン


 プレイヤーID sinobu saitou

 プレイヤー名 saisin

 同期率    75% 


 

 プレイヤーID Freesia

 プレイヤー名 elf-maid-princess

 同期率    50% 




 それは、ファンタジー風の町の裏通りの溝の中に小さく沸いていた。

 陰になって見にくくなっていたが、明らかに泥水と違う黒い霧のような黒い丸い物体に近づいて眺める剣士とメイドが一人。


「見事に湧いていますね。バグ」


「悪さされなかっただけましじゃないかな」


 VR技術によってネット世界は何が変わったかと言われて多くの関係者が答えたのが、『プログラムの可視化』だった。

 0と1とアルファベットの羅列が脳内にて処理される為に、バグやウイルスが実体化してしまうのだ。

 そのため、BC社はVR技術の一般化にともない、この手の処理要員を公開募集し賞金をかけて対処。

 脳内処理というある種ファジーな領域の為か、処理要員で才能を発揮したのが女性や子供達に多く、まだ学生でしかない俺が一人暮らしなんぞを満喫している理由でもあった。


「運営はなんと?」


「プレイヤーから報告のあったやつで間違いがないそうです。

 近くに穴もあるらしいから、それも処理してくれと」


 パートナーであるメイドのフリージアが虚空にウィンドウを出しながら、黒い霧のようなものをわざわざメガネをかけて目視している。

 このメガネはまったく意味がないのだが、


「気分です!」


 で押し切られてしまった。

 AIのくせに生意気である。最初からだったが。

 ファンタジー風剣士姿の俺のアバター越しに改めて黒い霧のようなバグを見る。

 端のCG処理が何か引っかかっているのか0と1の数字が零れているあたり、絶対に正規のキャラではない。

 

「バグの同期率は100%。

 処理するから、フリージアは穴を探してくれ」


「了解しました。

 ご主人様」


 ウイルスには2つの種類がある。

 紐つきと紐なしで、紐つきの方は間違いなく背後でハッカーやクラッカーが操っているので、対処が厄介だ。

 そのため、判別においては同期率という言葉が用いられる。

 VR技術の一般化を説明する時に一昔前のパソコンを用いるが、VR技術というのはOSに当たる。

 では、ハードはどうなるかというと、CPUは21世紀後半に現実運用が始まった超巨大量子コンピューターが全国規模で一元管理し、全世界を覆うようにネットワークが網羅されたクラウドネットワークがHDDに相当する。

 じゃあ、メモリは?という問いの答えがVR技術現実化のきっかけになったのである。

 われわれ人間の脳である。

 ヘッドセットをつける事によって脳波を拾いアクセスすることでVR技術は成立している。

 話がそれたので同期率の話に戻そう。

 クラウドネットワークによってネットワークそのものにプログラムが保存されているとはいえ、安全な管理運営を行う為に全世界各地にサーバーが展開しており、そのサーバーからプログラムを脳に移す事でVRを楽しむのだが、その際に内容の整合性が失われるのを防ぐ制御などのことを同期という。

 要するに、ゲームの結果をサーバーに保存しないと得た経験値やアイテムが無くなるという事。

 そしてそれは裏返すと、不正な手段で得た経験値やアイテムでもサーバー内に記録されてしまえば正式になってしまうという訳で。

 こうして、現状のプログラムとサーバー内保存プログラムの差を%で表したのを同期率といい、この数値が低くなればなるほど現在のゲームプログラム以外のプログラムが介在している事を意味している。

 なお、ゲーマー用語で言う『チート』というのはこのVRMMO時代においては、同期率25%――つまりキャラクターの3/4以上が正規プログラムではないという事――を下回る場合を意味すると定義づけられていたりする。

 俺の同期率は75%で、25%は運営から借りている開発ツールを走らせているからだ。

 フリージアの場合、AIである事もあって思考や行動すら彼女のメインサーバーから走らせないと追いつかず、この同期率は更に下がっている。

 でだ。

 今の場合、このバグは同期率100%という事で、俺達のいる穴の件と合わせると、運営のデバック見逃しの可能性が高い訳で……

 久々の大型VRMMOと期待されていたが、こんな見逃しがある時点でその内情については言わなくても分かるというもの。

 プレイヤーの皆様、有料βテストご苦労様です。

 おかげで、俺達みたいなフリーランスがデバックして金を稼げる訳で。

 この具合だと、ここはきっといい優良顧客になってくれるだろう。

 既に、大量の情報処理を行うVRMMOゲームは一社がゲームを作るという事はできなくなっていた。

 それゆえ、運営が統括しつつ、物語、モンスターや武器、キャラクターや動作等の演算を外注していたのである。

 今回のバグなんかも推測するならば、マップ作成プログラムとキャラクター動作プログラムに不具合が出たという所だろうか。

 これらの外注プログラムも同期率低下の要因の一つになっており、正規プログラムに組み込まれるまではMODという扱いで処理されているはず。

 まぁ、つぎはぎだらけだけどVRMMOゲームが商業で公開できた事を喜ぶべきだ。

 『エターナル・クエスト・ファンタジア』のVRハザードによってどれだけのVRMMO会社とどれだけの才能が消えていった事か……

 考え事を打ち切って、俺はため息をつく。

 やめよう。

 今は仕事に集中しよう。

 俺は『ダンジョンクエスト』運営がくれたツールを起動させてバグの処理を行う。

 やる事は簡単。

 バグの消去なので、『ダンジョンクエスト』のキャラクター消去プログラムを使って同期化させた自分のアバターで攻撃するだけ。

 ゲームみたいと思うがまさにそのとおりで、最近ではこの手のデバックやハッキング・クラッキングが可視化によるキャラクター付けが行われて、ゲームよろしく退治する事が流行になっていたりする。

 なお、この仕事もそうだがちゃんと現金報酬が出るので、最近はその手の賞金稼ぎも現れていたり。

 もちろん、いい面ばかりでなく悪い面もちゃんとあって、ゲームよろしく気楽にハッキングやクラッキングをしちゃう馬鹿野郎の増大にVR監視機構も頭を痛めているとか。

 『ダンジョンクエスト』の初期装備である安っぽい木の棒にエンチャントされたバグ消去プログラムによって、ただの一振りで黒い霧のようなバグは虚空に解けて消える。


「……かいしんのいちげき。

 レベルアップものだな」


「何、木の棒でかっこつけているんですか?

 ご主人様?」


 メガネをはずしたフリージアのジト目がものすごく冷たい。

 同期率の関係でアバターの表情データを大幅削減する羽目になって思いっきり文句を言っていた一時間前を思い出しながら、それでも見事なジト目を見せてくれるフリージアを感心するべきか。

 それでもメイド服とカチューシャについては妥協したくなかったので、バグを見つける時間より長くひたすら演算を行っていた事に呆れるべきか。

 仮にももうすぐ公開する予定の『ユグラドシル・クロニクル』メイン管理AIが、その管理人である俺に対してそのジト目はどーよと注意するべきか。

 その三つとも放棄して、俺は考えを棚の上に置くことにした。

 どうせ言っても無駄だし。このメイドには俺は色々と頭があがらないのだから。


「俺のことはおいておいて、穴は見つかったのか?」


「舐めないでください。

 この程度の穴を塞ぐなんてデバッカーの仕事、私ができないなんて事ありえませんから!」


 同期率の関係で色々圧縮をかけて効率のよい演算を編み出し、まるで夏の果実のようなたわわな胸を揺らして自慢する駄メイドが俺の目の前に居た。

 なお、この胸の演算の犠牲は彼女のエルフ耳がぴこぴこ動く事だったというのは後から聞いた話。

 ついでに、フリージア会心の作であるメイド服とカチューシャ及び、胸の演算プログラムはMODとして『ダンジョンクエスト』運営に高く売れて、次のアップデートの目玉になったというのは後の話。


「んじゃ、報告も頼む。

 帰るぞ。フリージア」


「はい。ご主人様」


 一瞬にて景色が変わる。

 ファンタジー風な街の裏通りから、一面の緑へ。

 光さす森のはるか先にそびえるのは、『ユグラドシル・クロニクル』の象徴である世界樹『ユグラドシル』。

 ファンタジー風剣士から本当の俺の顔とVRログイン前の服装だった学生服姿に戻ると、隣に居たフリージアも本来の姿に戻る。

 金髪の毛一本一本にまで書き込まれた演算が風に揺れる髪を表し、製作者の茶目っ気という管理AIの象徴であるティアラが頭に輝いている。

 ……のに関わらず、メイド服のままなんだが。


『エルフの金髪メイドプリンセス!

 いい響きだろう?』


 天国か地獄か知らないけど、あの世にいる叔父さんへ。

 あんた絶対趣味でフリージア作っただろう。


「『ユグラドシル・クロニクル』から振込み確認しました。

 あと『これからもよろしく』とのメッセージも……

 どうしました?ご主人様?

 そんなに怖い顔をして?」


 だからこそ、俺はずっと疑問に思っている事がある。


「すまない。

 フリージア。

 あの運営に今後も付き合わされると思うと腹が立っただけだ」


 『ダンジョンクエスト』ではとうてい表現できない柔らかく、それで心配するような微笑を見せながらフリージアも笑う。


「そうですね。

 ですが、あれぐらいで大規模VRMMOゲームを名乗れるならば、『ユグラドシル・クロニクル』のデータを流用するだけで、あっという間に億万長者ですよ!

 何か差しさわりの無いものを売ってサーバーの維持費に当てましょう。

 私達の『ユグラドシル・クロニクル』がオープンする『Trash Box Online』はロー・ヘイヴンのサーバーを借りるんですからお金は大事ですよ!!」


 こんなメイドを作って、こんな世界を人々に見せようとしていた叔父が自殺するなんてありえない。

 取ってつけたような遺書と目撃者なし、世界規模のVRMMO規制で会社が倒産寸前だった事を差し引いても、フリージアをはじめとした『ユグラドシル・クロニクル』の全データが俺の手の中にあるのがおかしいのだ。

 叔父の自殺後、死亡通知サービスによって届けられた一通のメールには暗号化されたデータにただ一言のみ、


『フリージア』


 なんて送ってくる叔父が自殺したなんて信じられなかったあの時の疑念が核心に変わったのは、その最低極まりない解除パス、


『エルフの金髪メイドプリンセス』


を打ち込んでフリージアのAIがうちのパソコンにやってきてからだった。

 あまりに大量の情報量だった為に現在でも90%以上の機能が凍結されたままになっている、超巨大量子コンピューターで使うことが前提になっているエルフの金髪メイドプリンセスから叔父の自転車のベルの中に貸金庫の鍵を告げられ、貸金庫の中に眠っていたのはクラウドネットワーク内に暗号化されて散逸していた開発途中の『ユグラドシル・クロニクル』の全データの解除パス。

 おまけに、『フューチャーフロンティア』社の倒産によって『ユグラドシル・クロニクル』のデータそのものが散逸してしまっている現在、俺が持っているのがオリジナルかつ唯一『ユグラドシル・クロニクル』のデータとなる。

 『エターナル・クエスト・ファンタジア』のVRハザードが無ければ、本邦初の大規模VRMMOとして当時の話題になっていた『ユグラドシル・クロニクル』。


「ご主人様?

 ご主人様ってば!

 聞いています?」


 耳をぴこぴこ動かしながら、フリージアがむくれる。

 それを宥めながらこの架空世界にそびえる世界樹に俺は語りかけた。




 叔父さん。

 いや、栗島栄治さんよ。

 あんた、何に巻き込まれたんだ?


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