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携帯電話の忘れ物  作者: こまこ
1/3

携帯電話の忘れ物 前


「・・・あれ・・・?」


がさがさ、ごそごそと鞄の中をあさる。

・・・ない。ない、ない、ない。


「え・・・えぇ・・・ちょっとぉ・・・」


脇のポケット、中のポケット、ポケットというポケットに手を突っ込んで、ノートに挟まってるかもなんてすがるように思いながら思い切り振ってみるけど、出てこない。

うわ、泣きそう。

鞄を等々ひっくり返して中身をベッドの上に全部ぶちまけても、それでも出てこない。

出てこない、私の・・・。


「け、携帯―・・・!」


おっ、おおお落ち着いてさかのぼってみよう、うん。

ええと、朝はあった。確かにあった。せいらと電話したし。

それで、今日はせいらと佐奈と隣の県まで行って買い物してきたんだよね。

お昼に親にメールしたでしょ、三時くらいにケーキ屋に入ったときには親からのメールを読んだし。

その後は・・・ええと、・・・・・・。

あれ?


「私・・・それ以降使ってないんだわ」


じゃ、じゃあもしかしてあのケーキ屋!?

で、電話!

って携帯を探す私。その携帯を探してるんじゃない。もう、馬鹿!

急いで階段を降りて、家電の電話機をとるけど。


「で、電話番号分からない・・・」


携帯があればすぐに調べられるのに!・・・だからその携帯を探してるんだってば!

あーあ。泣きそう。泣きたい。ぐす。

まあ、明日は学校だから友達にも会えるし。ただ、両親が一週間出張でいないから、夜は何もつながりがないみたいでちょっと怖い。

仕方ない。明日学校で事情話して、誰かに電話番号調べてもらおう。


そうして、さっきから手に持ったままの電話機を置こうとして。


「・・・・・・」


ふと、自分の携帯電話に電話してみた。


トゥルルル・・・トゥルルル・・・トゥルルル・・・


「・・・・・・」


トゥルルル・・・トゥルルル・・・トゥルルル・・・


「・・・で、出るわけな・・・」

『・・・もしもし』


で、でででっ、出た!

え、どうしよう。どうするの、これ。


『もしもし』

「・・・・・・」

『・・・もしもし?』

「・・・・・・」


時計を見る。時間、12時。0時ともいう。

こんな時間にケーキ屋やってるわけないし。ケーキ屋って、だいたい遅くても8時くらいまでだと思うのよね。

じゃあ、相手はどこにいるの?

え、何。お化け?・・・・・・や、やめて!私ホラーと雷だけはだめなんだってば!!

しかも外の雨の音がひどい。大雨だ。いつ私の大っ嫌いな雷鳴ってもおかしくなさそうだし。何もこんな日に悪天候じゃなくったっていいのに!

外は真っ暗で、雨ざあざあ大振りで、真夜中で、雷が鳴りそうで、家に誰もいなくて。

私、雷とホラーは本当に苦手なのよね。もう、どうしよう、怖い、怖い、怖い!!


『・・・の』

「え、あ、ご、ごめんなさい!呪わないで!」

『・・・は?』

「お、お化け!?人間!?」

『人間です』

「そ」


相手がとても冷静に返してくれたので、私もつられて冷静になる。

そうですよね。うん。

うああ、やっちまった。超笑えない。冷静に考えてみれば、人間に決まってるじゃんね。

相手の人、冷静を装ってるけど、きっと今どん引きしてる真っ最中に違いないわ。

でも、考え始めるとどんどん怖くなっちゃうんだもん。笑って許してください。


『あの』

「・・・は、はい」

『俺、木下といいます。君、この携帯の、何?』

「・・・木下、さん。な、何って・・・あの、持ち主、ですけど」

『ああ、そうなんだ』

「あ・・・あの・・・携帯は・・・」

『携帯、店、というか店の店員の俺が預かってるんです。連絡が来るかもしれないからって。数日中に取りに来られますか?』

「店?」

『クララっていう喫茶店に今日の午後来られましたよね?』


くららっていう喫茶店。くらら?くらら、くらら・・・。

・・・ああ!


「えっと、パンの種類とかパインとかのトッピングを自由に選べるハンバーガーのお店?」


そうだ。ケーキ屋さんに行った後、また小腹が空いたからハンバーガーショップに入ったんだった。夜はバーにもなるみたいで、ソファとか内装とか、とてもオシャレだった。


『そうです。ソファに置いてありました。お忘れになったんですね。近いうちに店に取りに来られますか?』

「・・・え・・・っと・・・」


携帯、ないのは困る。困る、けど。

隣の県まで行くのに今日いくらかかったか考えてみる。

うん、女子高生にはかなりきつい金額だったわ。今月まだあと半分ぐらい残ってるけど、最低限の昼食代を残して、かなり服につぎ込んじゃったからなあ。


「・・・す、すぐには・・・無理、かもです」

『そうですか』

「私、あの、隣の県に住んでて、すぐに行ける距離にいなくて」

『こちらに来るのが難しければ、着払いの郵送も行いますが』

「・・・・・・えっと」


着払いはいくらくらいお金かかるんだろう。ちょっと分からない。だってまだ通販とかしたことないし。だってまだ高校一年生だし。


「あの、すぐには無理ですけど、必ずお店に取りに伺います」


うう、せめて両親がいたらお金借りられたのに!

一週間の我慢だ、我慢。


『それでは、来られるまで店でお預かりしてよろしいですか?』

「・・・お、お願いします・・・」

『では、名前と電話番号・・・電話番号も、一応お願いします』

「あ、ええと、笹波といいます。電話は、080-****-****です」

『分かりました。来られる前に連絡を入れていただけると、すぐにお渡しできるように準備できるかと思います』

「は、はい。よろしくお願いします」

『携帯電話は電源を切っておいた方が良いですか?』

「あ、え、ええと、じゃあお願いします」

『分かりました。それでは、ご来店をお待ちしています』

「あ、よ、真夜中にすみませんでした。じゃあ、あの」


事務的に用件をどんどん済ませて。さあ、切ろうとしたときだった。


「し、失礼しま」


ゴロゴロゴロゴロ!


「ひっ、き、切らないで!」

『・・・え?』

「あああ、あの、あのですね、こ、これも何かの縁だし、あの・・・っきゃああ!」

『は、もしもし!?』

「・・・あの、あの、もう少しお話しませんか・・・!か、雷が」


怖くて。

言ってしまった後でちょっと後悔。

いや、怖いのは本当だけど、でも相手は見ず知らずの人。

相手の人、迷惑に決まってる。しかもこんな真夜中なんだし。

でも・・・。


「あの・・・む、昔、雷がすぐ近くの木に落ちたことが、あって、それから雷が、怖くて」


ああ、電話機を持つ手が震えてる。

これは雷が怖いから?見ず知らずの人に話をするので緊張してるから?

外では、変わらず雷が鳴り続けている。

光ってから音が鳴るまでの間隔が短くなってきてる。雷、近づいてきてるんだ。

どうしよう、ここに直撃・・・なんて、まさかないよね。


「それで、その」

『じゃあ、少しお話しましょうか』

「・・・えっ?」


自然とうつむいていた顔を反射的に上げる。上げてもそこには壁しかないけれど。


「い、いいんですか?」

『いいですよ。俺でよければ』

「あ、ありがとうございます!雷が行ったらすぐに切りますから!」


なんて親切な人がいるんだろう!正直、携帯がなくて、どこにもつながりのないまま、この雷の中一人で過ごすのは本当に辛かったんだ。ああ、・・・助かった。







とは言っても、何の面識もない人と電話で話すなんて初めてで。

こういうとき、何を話せば良いんだろう。


「・・・・・・」

『・・・・・・』


困った。話題がない。

こういうときは天気の話題っていうけど、言うまでもなく雷だし。

ええい!


「き、木下さんは・・・」

『はい』

「が、学生さんですか」


うわ、ありきたりだ。でも仕方ないじゃん、こんなのでも話題は話題だ!黙ってるよりは良いよね!


『ええ、学生です』

「そ、そうですか。・・・ええと、クララ、で働いているんですよね、アルバイトですか?」

『・・・、何というか・・・』

「あ、あの、無理に聞き出したいとかそんなんじゃないので、・・・」

『いや、俺、家がクララ、なんですよ。両親が店をやってて。だから、手伝い、というか』

「あ、そうなんですね。・・・内装とか、素敵ですよね、お店。ソファとかクッションとか、全部違うもので、色も赤とか青とかで、すごく可愛いかった」

『ああ、ありがとうございます。親に伝えたら喜びますよ』

「ケーキもあって、洋なしのタルトがすごく食べたかったんだけど、クララに行く前にケーキ屋さんで一つケーキを食べたから、遠慮しちゃいました。食べたかったなあ」

『じゃあ、携帯電話を取りに来られたときにでも、よければ食べていってください』

「そうですね、そうだ、今度またお店に行くんですもんね、私。じゃあその時に。ケーキもお店で作ってるんですよね?」

『はい。父が作りますね』

「木下さんも作るお手伝いしてるんですか?」

『いや・・・俺は、掃除とか、食材の補充とか、ホールとかだけで。作るのは全然』

「じゃあ、今度行ったときに、ホールをやっていたら会えるかもですね」

『そうですね。学校が休みであれば、大体手伝いしてるので』

「学校・・・って、大学、ですか?」

『いや、まだ高校で』

「え、高校生?話し方、落ち着いてるから大学生かと思った」

『ありがとうございます』

「あの、つ、突っ込んで聞いて良いのか分からないので、嫌なら答えなくて良いんですけど・・・何年生ですか?」

『別にいいですよ。一年生です。まだ若造でしょう』

「ええ!わ、私も、私も高校一年生!・・・です!」

『ああ、じゃあ同じですね。奇遇だ』

「奇遇ですね!私も、若造、だ」

『あ、いや、それは・・・』

「じゃあ、そろそろ期末試験の時期ですねえ。勉強してますか?」

『家に帰れば手伝いしなきゃいけないから、授業で全部覚える感じですね』

「ええ!それは・・・頭いい人しかできない技ですよ、木下さん」

『・・・そんなことは、・・・』


ふっと会話が途切れる。

あれ、私ったらもしかして失礼なこと言っちゃった?不安になって受話器に耳を押しつけると、受話器の向こうでかみ殺したかすかな笑い声が。

あ、笑ってる。

ずっと静かな、低めの声だったのが、少しだけ高い。

こうやって笑うんだ、この人。


「木下さーん」

『・・・ああ、すみません。面白いこと言うんですね、笹波さん』


あ、初めて名前呼んでくれた。

ちょっと嬉しいかも。


「・・・あの」

『ところで、天気はどうですか?』

「え?」


言われて、はっと外を見やる。

さっきまであれだけゴウゴウと音をたてていた雨が、ほとんど聞こえない。

雷に至っては・・・。


「・・・雷、いなくなったみたいです」


光も、音も、待てど暮らせど見あたらないし聞こえない。

あんなに、いつもいつも、この歳になっても親の近くに駆け込んだりクローゼットに入り込んだり大騒ぎして逃げ回っていた雷が、電話している最中は気にならなかった。

きっと、初めての人で緊張していたのもあるんだろうけれど。


『もう大丈夫ですか?』


ああ、これは会話を終える合図の言葉だ。


「はい、大丈夫です」


雷がいなくなって嬉しいはずなのに、なぜか気持ちはどんどん沈んでいく。

それでも、気持ちと関係なく、言葉がすらすらと口から出ていった。


「・・・ありがとうございました。本当に、こんな真夜中に、くだらない話につきあってもらっちゃって。明日、きっと学校ですよね?」

『気にしないでください。そうですね、明日は月曜だし、学校です』


ああどうしよう。切らなきゃいけないけど。


「あの・・・きっと、木下さんにはご迷惑だったとは思うけど、私、楽しかったです」


そう、楽しかったんです、私。怖いのが吹っ飛ぶくらいに。


『俺も楽しかったです』


気がついたら、言葉がこぼれていた。


「明日も、電話しちゃだめですか?」


い、言っちゃった!私ったら!・・・でも、一度出た言葉はもう戻せない。だったら。


「あの、両親が今出張でいなくて、夜一人で。それで、木下さんとのお話がすごく楽しくて、あの、でも木下さんが迷惑だったらもちろん断ってもらっていいんですけど、あの、でも迷惑ですよね、こんな」

『笹波さん』

「だってあの、」

『笹波さん』

「き、期末試験だってあるし、お手伝いだって」

『笹波さん!』

「はいい!」


びっくりした。驚いて背筋がぴんと伸びて思わず気を付けをしてしまう。


『俺も楽しかったです。後片付けの手伝いもあるので、これくらい夜遅くて良いのなら、大丈夫ですよ』

「・・・え」

『ああでも、笹波さんの携帯電話をたくさん使ってしまうと』

「いえ!いいんです!使ってください!だって私の、わがままだし!夜遅くても全然気にしません!私、夜行性だし!」

『夜行性・・・』

「あの、ありがとうございます!」


その場で頭を勢いよく下げる。


「じゃあ、あの、明日12時に電話しても良いですか?あ、11時のほうが?」

『笹波さんがよければ、12時のほうが有り難いんですが』

「大丈夫です!夜行性なので!」


あ、また電話機の奥で笑ってる。


「じゃあ、本当にありがとうございます!今日も、本当に本当にありがとうございました!そ、それじゃあ、」

『それじゃあ、また明日』

「ま、また明日」

『おやすみなさい』

「おやすみなさい」


ツー、ツー、ツー。

途切れた電話機を見つめる。目も、手も、離せない。


ああ私。今きっと、顔が真っ赤だ。

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