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鳥籠の中に魔法使い

苦手要素のある方はご注意下さい。


「……きて……起きて、私の可愛い人」

 ん、誰だ、この気色悪い台詞を吐くやつは……。アーシュはこんなに甘ったるい声じゃないし……。なんか、花の蜜みたいな香りもする……。魔力の波動も尋常じゃない……。

「っつーか、髪を愛撫するのを止めろっ」

 俺は目をカッと見開いて、上半身をグワッと勢いよく起こした。あわよくば、誰とも知れない変質者に頭突きをお見舞いするつもりで。

 しかし残念なことに、俺の意外に丈夫な頭は思いっきり空振った。どうやら俺の顔を覗き込んでいた奴は咄嗟に避けたらしい。ちっ、変質者のくせして、小憎らしい奴だ。

「ふふっ、威勢がいいことだな。思った通り、一筋縄ではいかなさそうな性格、そそられるよ」

 俺はその妖艶な声音をはっきり聞いて、やっと思い出した。俺はこの得体の知れないサラスに誘拐されたんだった。

 ベッドに寝かされていた俺の横に椅子を持ってきて座っているサラスは、白い法衣のような衣装を着ていて、面白い遊びを見つけた子供のような、嫌な笑みを浮かべてこっちを見ていた。魔術用品店で感じた恐怖を、俺は追体験する。瞳の奥に潜んでいる悪意に限りなく近い好意を感じとってしまい、体は勝手にサラスから逃げようとした。

 でも、ベッドは紫の布を張り巡らしてある壁に横付けされている為、後退することができない。冷や汗が背中を伝い落ちて行く。恐怖で息が詰まり、でこぼこした壁にぴったり背を押し付けて、俺は膝を抱えて縮こまった。

「怖がらないで、傷付けたりしないと言っただろう?」

 サラスは微笑むと、俺の方へ手を伸ばしてきた。白く繊細な指先は何の力も持たないように見えるのに、俺は猛禽類の鋭い鉤爪を前にした小動物みたいな気持だった。いつ引っ掛けられてしまうのかと、びくびく怯えるしかない。

「さ、触るなっ」

 悲鳴みたいな声を上げてしまった。圧倒的な魔力の波を全身に受け、今にも泣きそうだ。怖い、殺されるかもしれない。俺はこいつに絶対敵わない。

 伸ばした手を下したサラスは、余裕の笑みを口元に浮かべ、愉快そうにくすくす笑った。

「鳥籠に入れられた小鳥のようだね。せっかく捕まえたのに、触ることができない」

 こいつ、脳内どうなってるんだ? アーシュの比じゃないぞ。

 より一層手足を引っ込め、脱出できないかどうか、俺は周りに初めて視線を廻らせた。

 部屋全体を悪趣味な紫の布が隙間なく覆っていて、家具と呼べる物は、びくついている俺を乗せた大きめの寝台と、サラスが座っている椅子、一つしかない出口の横に置いてある黒い鍵付きの四角い箱だけだ。あと、煙がたっている香炉が四隅に一つずつ置いてあった。照明は一定間隔で壁に突き刺さっている燭台に灯された、心もとない光のみ。窓がないから、昼夜の区別がつかない。さっきまでいた魔術用品店とまるで同じ雰囲気だ。違うのは埃っぽい薬草の匂いでなく、香の芳香であること。魔力が心地よくなくて、脅威としか感じられないことだった。

 そして、背中の壁の感触からすると、ここは普通の建物ではないと思われる。天井も、目測ですらはっきりと直線ではないことが分かるくらい傾斜していた。空気は冷たく湿っているし、風のうねりと反響する音が微かに聞こえる。

 委縮した胃のせいで吐き気を覚えつつ、心底嬉しそうに俺を観察しているサラスに聞いた。

「ここは、地下か?」

 サラスは頷いた。

「そう、君は勘がいいね。この状況で冷静な判断を下すなんて、益々惚れてしまったよ。まぁ、随分と動揺はしているみたいだけど」

「貴様、何者だ? ここは何処の地下だ? あの、属性無視の魔法は、何だ?」

「ふふっ、そう焦らなくても私は居なくならないよ」

 いちいち腹の立つ物言いだが、何か皮肉る元気がない俺は黙ったままでいた。

「私は君の同業者。と言っても、君とは違って合法的ではないけれど。ここは洞窟の地下、私の部屋だよ」

 一度言葉を切ると、サラスは立ちあがった。

「少し待っていて」

 そう言い残して、部屋を出て行く。鉄製と思しきドアに、鍵もかけなかった。

 俺の手足を自由にしていることも併せて考えるに、どうやらここから脱出するのは容易ではないようだ。

「氷よ、我が意思に従い、刃となれ。氷剣」

 印を結んでドアの方へ手を振った。

 が、何も反応なし。この部屋もしくは場所全体に魔封じの効果が働いているせいで、俺は魔法が使えないらしい。

 さらに、俺の愛杖まで没収されている。ローブの下に忍ばせていた緊急時用の短剣も、役目を果たすことなく、のこのこ見つかりやがっていた。

「ちっ、使えない武器め。持ってるだけ損したじゃないか。重いんだよ、これ。アーシュの馬鹿野郎」

 くれたのはアーシュだが、勝手に持ち歩いているのは自分なのに、恐慌状態の俺は無意味に奴を非難してみる。不安なせいで独り言が止まらない。

 ベッドから降りて、ぐるぐるぐるぐる歩き回る。ドアには極力近寄らないように注意した。鍵をかけないのだから、それなりに危険な反撃魔法が施してあるだろうからだ。怪我でもしたら逃げるどころではない。

「あっ」

 俺は四隅の香炉を目にし、急に非常に重要なことを思い出した。一番手近にあった香炉に、壁布を引き裂いて慌てて被せる。残りの三つも同じように覆い、ひとまず息を吐いた。香りからすると危険性は低いと推測できたが、また神経系の香に翻弄されたくはない。毒性乃至(ないし)神経異常の香は濃厚な甘ったるいものが多く、そうでないものは甘くはあっても喉に絡みつくくらい重くはない。だが、徒労であっても念には念をいれなければ。

 俺は徘徊を再開した。

「あの二人、もしかして俺の存在忘れてたりしないよな。いや、パレットに限ってそんなことは……」

 因みに、アーシュは忘却済みの可能性がある。

「いや、でもあいつは俺に忠告してくるくらい警戒してたし、きっと助けにきてくれる……筈」

 

 部屋の中央で立ち止まり、無理やり自分を宥めていると、ドアが開いてサラスが戻ってきた。手には、大人の拳程ある琥珀をはめ込んだ杖を持っている。

 やや落ち着きを取り戻していた体に、緊張と戦慄が戻ってきた。部屋の奥に背を張り付け、最大限サラスとの距離をとる。

「さて、私の魔法について教えてあげる。でもその前に、当たり前だとは思うけど、魔法の原理は理解しているよね?」

 サラスは俺に近寄ってくるでもなく、ドアのすぐ傍に立って言った。

 武器を所持していない状態で、得体の知れない奴と向き合うことがこんなに恐ろしいとは思わなかった。手ぶらでさえ強い魔力が、杖を得たことでさらに増大し、魔力の滝壺に居るみたいに感じる。膨大な圧力が正面から押し寄せてきて、立っているのがやっとだ。

「ああ、もちろんだ」

 震える声で何とか答える。

 サラスは満足した笑みを浮かべ、蝋燭の淡い火を映し込んで輝く琥珀を見つめた。

「世界に存在する魔法の源は、自然界に由来する『火』『風』『水』『土』と、人間の真理に由来する『闇』『光』の二種類に分類される。大抵、魔法使いと言うと自然界に由来する元素魔法を操る者のことを指す。だから、君もこの元素魔法使い。ここまでは君も知っている通りだ」

 話しながら、サラスはそれぞれの元素魔法を使い、杖で宙に赤、緑、青、黄の四色の五芒星を一つずつ浮かべた。そして、杖を指揮棒のように振り、薄暗い空間の中をくるくると踊らせた。やがて外周の円の一か所が千切れ、するすると一本の紐になったそれらは、魚が水中を泳ぐように身をくねらせ、俺達の傍をぐるぐる回った。しばらくすると、それは円を描いて高速回転し、音もなく霧のように弾けた。空中に散らばったその小さな色の球は、互いに混ざり別の色を作り、また分離することを繰り返した。刻々と移りゆくそれは、極彩色の花吹雪を思わせる美しさで部屋全体を舞い続け、思わず見とれてしまうくらい綺麗な様相を呈した。暫時、俺は恐怖を忘れ、静寂の円舞曲を楽しんだ。

「色は、人間の心理状態に少なからず影響を与えるんだ。青は落ち着くし、赤は意欲が高まる。どう? 少しは愉快な気分になってくれたかな?」

 今まで鋭利な艶やかさを湛えていた紫の瞳は優しく光り、唇は緩やかな優しい笑みに持ち上がっていた。

 正直、若干だが、心拍数が上がった。

 俺は光速で視線を逸らした。危ない、危ない。頭を振って心を落ち着ける。たかが子供のご機嫌取りに騙されてはいけない。

「俺は絶対靡かないぞ」

 意識して吐き捨てるように言い、これ以上下がれないのに後ずさった。うぅっ、屈辱だ。アーシュのことを言えたもんじゃなくなってしまう。

「靡きかけたんだね。可愛いよ」

 くすくす笑って、サラスはからかうように言った。まだ声が優しい。

「ち、違うっ、俺は別にっ」

「違う? どこが違うんだい? 私は気分はどうって聞いただけなのに、君がそう言うってことは、そうだろう?」

 な、なんだこいつっ。アーシュと同等のサドか? 嫌だ、そういうのはあいつだけで腹いっぱいだっ。

 俺は自爆して楽になりたいと切実に思った。

「そんなことより、説明の続き、聞かせろよ」

 切羽詰まった俺。半ばキレて喚いた。

 嫌だ、こいつ筋金入りのサディストだ。

「ふふっ、そうだね。そうしてあげるよ。後で嫌になるくらい……くすっ」

 ひぃぃっ。なんだ、何なんだっ、全くっ。

 不吉なサラスの笑みに、俺の血の気は音を立てんばかりにして引いていった。

「さて、君の緊張が解けたところで説明に戻るよ」

 サラスは杖を振って空中の円舞を止めた。

 そう言えば、どさくさに紛れて、俺の張りつめた糸みたいだった心身が、強張りを弱めている。まんまと奴の術中に嵌まってしまったというわけか。

 俺は色々と癪だから、むっすりと押し黙った。

 気付いているのかどうなのか、サラスは闇色の五芒星と、白く発光する五芒星を宙に浮かべ、話を再開した。

「次はこれ。この二つは高位魔法だから、私のようにある程度熟達していなければ扱えない。『闇』は人間が持ち得る負の感情や願望を糧として発動する。例えば怒りや悲しみといったものだね。『光』はその反対、人間の明るい正の感情や願望が糧ということ。平穏や嬉しさ、楽しさといったもの。原則として、『光』だけは攻撃魔法として使えない。その代わり、回復や補助に向いているよ」

 成程。属性魔法もこの二つも、使い手の意思によって攻守に使い分けることができるのか。ただし、『光』だけは負の側面、攻撃の性質を持たないから補助系統にしか使えないんだな。

「じゃあ、属性魔法のように、自然界という外側の力を引きだして変換するのと違って、自分の内側に働きかけて、それを力にするってことか?」

「そう。だからとても疲れるし、難しいんだ。無意識と意識、負と正とを、時々によって制御しながら使わなければいけないからね。揺るぎない精神力を備えた者以外が無暗に使うと、最悪、精神崩壊してしまう」

 サラスは杖を無造作に振って、二つとも五芒星を消した。

「これで、私があの店主にどうやって為りすましたか、分かっただろう?」

 俺は頷いた。サラスは闇魔法を使って、人間の変幻願望を糧に変身した、というわけだ。自分以外の者になりたいという願いは、しばしば嫉妬や劣等感から生まれ出でるものだから。

「では、私ばかり答えていては不公平だろう? そろそろ、君の名前を教えてくれないかい?」

 壁に沿って立っている俺から見て左側、ベッドの傍にある椅子に座って、サラスは脚を組んだ。見据えてくる顔が余裕泰然としていて、ムカつく。

 俺は安全確保の為、じりじりと間合いをとった。

「俺の、名前は……」

 生まれてから十九年の内で、最も悲惨で意欲が萎えるような単語を、俺は必死になって記憶の底からさらい出そうと試みた。だからと言って、自分の尊厳を損なわないものでなくてはならないから、一苦労だ。

「君の名前は?」

 サラスの瞳が、俺の幼稚な抵抗をすでに見破っているように感じて、内心気が気じゃない。

 俺は咄嗟に浮かんだ言葉を、ロクに考えもせず口にした。

「俺は、しいおsぎおsjごいsjgjgjsljふぃおshごいjfjlksjgljglsjglksjglhごりhごいsだっ」

 

 堰を切ったように口を突いて出てきた言葉は、単語ではなかった。なんだか訳が分からないことを早口で捲し立ててしまった。

 ああ、どうしよう。サラスが立ちあがってこっちにくるんだけどっ。

 怖い、笑顔が死ぬ程怖い。

 俺の目の前にきたサラスに、壁に追い詰められた。手首を掴まれ壁に押し付けられて、身動きできない。俺は馬鹿げた自分の行為のせいで、泣くに泣けない自業自得という緊急事態に陥ってしまった。ああ、俺の馬鹿野郎。

 サラスはもう笑みを消していて、その剣の切っ先に似た怜悧な目が、俺を捕らえて離さなかった。目を逸らしたら、やばいことになりそうな気がする。さっきまで消えていた威圧的な魔力の波動も、再び全身に迫ってきた。

「ねぇ、君ふざけるのは止めてくれないかな。無理やり聞き出してもいいんだよ、私はね」

 低められた声音に、怒りの感情が混ざっていた。治まっていた恐怖が、他の種類の危機感を伴って、また頭をもたげてくる。

「ま、待て。言う、言うから。離してくれ」

 掴まれた手を必死で自由にしようと頑張ってみたが、サラスは決して非力ではなかった。びくともしない上に、拘束されているところが痺れるくらい痛い。

「なら、早く教えて。名前は?」

「フェイ、オン。……フェイオンだ」 

 唇が震えて、うまく口が回らなかった。何度も言い直して、やっとそう言えた。

「フェイオン、か。いい名前だよ。呼び甲斐がある」

 耳元で囁かれた声は、ぞっとする程艶めかしい。勝手に目じりに涙が浮かんだ。

 サラスは一瞬顔を顰めてから、口の端を持ち上げ、目を細めて言った。

「私が怖いかい、フェイオン。泣く程、嫌なの?」

 あまりに悪魔的な微笑が恐ろしくて、本格的に俺は泣き始めてしまった。

 怖い、アーシュ、助けて。

「ふふっ、可愛い。もっと泣いてほしいな」

「嫌だ、はな、せっ。やめろっ……んっ」

 俺が怖がるさまを楽しんでいたサラスは、掴んでいた手首を片方離し、空いた手を頭の方に持ってきて、いきなり強く口付けてきた。舌が絡めとられて、息が苦しい。一層、涙が溢れた。

 気持ち悪い。嫌だ、嫌だっ。

 突き放すこともできないまま、俺はずるずると床に引きずり降ろされてしまった。

「私のフェイオン、もう逃げられないよ」

 ゆっくり俺の髪を撫でながら、サラスはくすくす笑った。床に完全に組み伏せられる。

「紫はね、欲情を促す色でもあるんだよ、フェイオン」

 しゃくり上げてしまい、ままならない呼吸を繰り返しながら、俺はさらに恐怖で息止まってしまうんじゃないかと思った。

 今では解放された両腕で、サラスの肩を押しても無駄だった。

 俺の心に諦めの気持ちがのさばり始める。もう、だめかもしれない。

 俺はとうとう抗う力も気力も尽き、全身を弛緩させた。

「アーシュ……たすけ、て……」





またぐだぐだ進みませんでした(-_-;)

更新も滞ってしまいましたしね(・_・;)

今回も読んでくださりありがとうございました。楽しんでいただけたなら幸いです。

どうでもいいですが、サラスが個人的にアウト。作者なのに……。

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