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長い長い旅立ちまでの朝

 逆襲の夜が明けた朝。

 軽やかな鳥のさえずりが聞こえ、俺は心地よい眠りから覚めた。瞼を上げて窓の方を見ると、窓にかかっているカーテンが、明るい日の光に柔らかく照らされていた。今日も天気がいいみたいだ。

 軽く目を擦りながらベッドから出る。初秋に差しかかっているとは言え、歩くと汗ばむような時期だ。窓を閉め切って寝たせいで、部屋全体にこもったぬるい空気が、体にまとわりついてくる。

「ちっ、不愉快な季節だ」

 暑過ぎるのも寒過ぎるのも苦手な俺の口は、勝手に動いて愚痴をこぼした。今日は晴れているらしいからまだいいが、長雨なんかが降りやがった時には、不愉快指数が限界点を超える。我がままと(なじ)られようが、王族に飼育されている室内猫かと皮肉られようが、嫌なものは嫌だ。

 俺は靴を履くなりカーテンを開け、降り注ぐ日差しに目を細めつつ窓を外へ押しやった。

 途端に、乾いた風が待っていたとばかりに流れ込んでくる。頬を撫でて行く優しい感触に、俺の口元は自然と綻ぶ。この季節の気候は鬱陶しいが、風だけは快くて好きなのだ。

 借りている部屋が二階にあるおかげで、街を結構な範囲見渡せる。アーシュの起きだす気配がまるでしないから、俺は暇つぶしに街の様子を探ってみることにした。きっと、情報収集の際も役に立つだろうし。 

 建物が、赤茶けた煉瓦の屋根に、白っぽい石壁で統一されているからか、雑然としてはいるがどこか秩序立って見えるところだ。住民の生活水準もそこそこ高いのだろう。昨日、通りですれ違った人達の表情も明るかった。街に入る時に接した門番も弱そうには見えなかったし、警備隊の類もしっかり機能しているようだ。街を取り囲んでいる外壁も、石造りの頑丈そうなものだった。

 街並みを気をつけて観察してみると、家と家の間に間口の狭い店らしきものが建っていたり、傾斜が酷く急な屋根の家があったり、眺めているだけで楽しい。朝日に薄く彩られた綺麗な青空までも、その景観にしっとりと溶け込んでいる。巨大な絵画を前にしているみたいだ。

「……住んでみたくなるところだな」

 この平穏な景色を眺めていると、昨日ブチ切れたことが信じられないくらい心安くいられる。

 俺は長いため息を吐いて、窓枠にもたれた。心が寛大になったついでに、いまだに爆睡中の勇者様について考えてみることにする。


 思えば、アーシュと恋仲になってから四年。アーシュが浮気していない時なんてなかった。気付けばいつも、あの馬鹿は俺が知らない男と遊んでいた。俺は唯の一度だって、アーシュの他に誰かと付き合ったことがないのに。

 まぁ、あいつがそういうやつだって分かってて好きになったんだから、俺もどうかしているな。一概にアーシュが悪いとも言えないか。

 俺の広くなった心には、今までにない発想が浮かび始めた。不思議と腹が立つこともない。

 つーか、俺はいちいち怒り過ぎなんだな。腕を組んで深く息を吐く。アーシュの男好きは昔からなんだから、ある程度の我慢は必要だ。

 俺は部屋へ視線を移し、大の字になって眠っているアーシュを見た。

 体の中心から、なにか温かいものが全身に行き渡っていく。これが母性というものか。いや、俺は男だから父性か。

「なんだかんだ、俺はあの無理性男が好きだってことだな」

 心なしか、自分の声が呆れている。結局、お馴染みの答えに終着して、俺の思索は終わった。

 窓辺を離れて、ベッドの脇に近寄った。覗き込んでみると、子供っぽい無防備な寝顔で、たまらなく愛しくなった。なにか嬉しい夢でも見ているのか、弛んだ口元がこれまた可愛い。普段の色欲魔の影は微塵もない。

「アーシュ」

 そっと髪に触れながら声をかける。もうそろそろ起こさないとまずいだろう。

 反応なし。

「アーシュ、起きろ」

 反応なし。

「おい、朝だぞ、アーシュ」

「……ん、フェ、イ?」

 数秒ぐずるように唸ってから、アーシュは掠れ声を出した。眩しいのか、片腕で目を覆い隠す。

 三度目でやっと起きた。

「そろそろ自分で起きられるようになったらどうだ? ガキでも一人で起きるぞ」

「うっせぇ。他人と自分を比べんのはよくないと思うぞ」

 むっくり起き上がりながら、アーシュはもっともらしいことをほざきやがった。

「その使い方は間違ってると思うけどな」

「フェイ、おはようの口付けはないのか?」

 親切に指摘してやると、軽く無視された。朝から元気なアーシュに腕をぐいっと引き寄せられて、俺は膝の上に着地した。顎をつ、と持ち上げられて、黄緑色の瞳とかち合う。

「勝手に気色悪い習慣を作り出さないでくれ。それから俺を猫みたいに扱うな、変態勇者」

「……オレの神聖な職業の前に、そういう形容詞つけんなよな。変態でいることがオレの仕事みたいに聞こえるだろーが」

「くじ引きで職業選んどいて、お前が『神聖な』とか言う資格ないからな。お前の存在自体が、歴代の勇者への冒涜なんだから」

 俺はアーシュの手をどかして、海の底まで届きそうなため息を吐いた。

「ひでぇこと言うな、フェイ。オレだってなりたくてなったわけじゃねぇーんだぞ。自分で選ぶのが面倒で、村にある全職業紙に書いて引いたら、運悪く勇者になっちまっただけだ。歴代の勇者じゃなくて被害者はオレだろ」

 口をとがらせて俺に不平を言う。俺に言われても困るのだが、そもそも文句を言う前にアーシュのやり方が悪かっただけだ。自分に責任があるというのに、こいつは本当にだめだ。

 なにをか言わんや、俺は首を横に振ってアーシュの膝から降りた。

「つーか、ほら、そんなことはどうでもいいから、こっち来いよフェイ。昨日からお前冷た過ぎるぞ。ってーか、あれほんと死ぬかと思ったんだからな」

「しつこい。うだうだ言ってないで、さっさと用意するぞ。パレットに悪いだろ」

 俺はアーシュの戯言を一蹴して、さっさと身支度を整えにかかった。


「遅いよ~、二人とも。僕もう朝食済ませちゃった」

 俺達が廊下に出ると、隣室からパレットが出てきた。言っている内容の割に、表情は実ににこやか。不思議な少年だ。

「悪かったな。フェイが小姑みてーにぐちぐちと説教するもんだからさ」

 アーシュは言い淀むことなく適当に話をでっち上げた。俺は表情を変えずに腹をどついてやった。

「あはは。確かにフェイオンさんって、そんな感じするな~。嫁いびりとかしそう」

 アーシュの話を信じてはいないようだが、パレットはふざけるのが趣味みたいなやつだ。へらへら笑って悪乗りしだす。

「はぁー、全く。お前達といると疲れる」

 一階に降りる階段を目指しながら、俺は眉間をぎゅっと押さえた。この二人に主導権を渡したら、終末がきたって話は進まないだろう。


 階下に降りた俺達は、六つあるテーブルの内、食堂の左奥にある席につくことにした。パレットと同じく朝食を済ませてしまった客が多いのだろう。俺達の他には、行商人らしき三人組しかいない。

「んで? 俺達どこ行くんだっけ?」

 アーシュはやはり旅の目的を忘れているらしい。パンをちぎりながら悪びれもせずに言った。

「全く、なんてやつだお前は。俺達は魔物に街を襲わせてる魔王討伐の為に旅してるんだ」

「そうそう、破壊ついでに若い男の人も連れ去られてるらしいよ。きっとその人達を戦力にして、国を滅ぼすつもりなんだと思う」

 パレットはテーブルの人面木目を指でいじりながら、楽しそうに言った。にこにこと他人事みたいだ。

「ああ、そうだったな」

 死んだ目で呟くと、アーシュは遠い目をして窓の外に視線を向けた。

「……勇者になんてならなきゃよかった」

「黙れ、ものぐさ勇者。自己責任だろ。今更ぐだぐだ文句垂れるな、馬鹿野郎」

 この期に及んで、本当にしょうもないやつだ。俺は冷たい声音でにっこり笑った。

「うわぁ、怖いよフェイオンさん。やっと笑ったと思ったら、そんな心無い笑顔」

 何気なくアーシュの皿から卵焼きをくすねる。この間も笑顔。流石元盗賊なだけあり、鮮やかな手の運びだ。パレットとは二年程前からの付き合いだが、手癖の悪さは治らないようだ。

 アーシュは僅かに眉間を寄せたが、文句を言うのが面倒なのか、代わりに俺の目をじっと見つめてくる。

 仕方ない。止める間もなく弛む口元に、自分でもやれやれと思いつつも、この憐みを誘う『お願い光線』に弱い俺は、フォークに卵焼きを刺してアーシュの口に入れた。

 もぐもぐと幸せそうに口を動かしている姿を目に映すと、嫌でも愛しさが込み上げてくる。

「ふふふっ。フェイオンさんって、ほんっとにアーシュさんが好きだよね~。愛だね~、いいね~、憎いね~」

「うるさい、パレット。ほら、早く朝食済ませて情報収集行くぞ」

 照れ隠しというか、恥ずかしくて俺は早口で捲し立てた。まだ自分の分を食べ終えてないというのに、だ。

 卵焼きを飲み込んだアーシュが、にやにや嫌な笑いを顔に浮かべて俺の頬に触れた。

「平気で卵焼きを俺に食わせられるくせに、指摘されたら恥ずかしがってやんの。可愛いなぁ~フェイは」

「打っ飛ばすぞ、アーシュ」

「まぁまぁ、落ち着いてよフェイオンさん。とりあえず僕、あの商人さん達に話聞いてくるから、二人はゆっくり食べてて」

 椅子を引いて立ち上がると、てろてろと商人っぽい三人組に近寄って行った。盗みを働かないか心配だ。俺はその後ろ姿を見て心もとなくなった。なにせ、商人と言えば、パレットにしてみればカモという意味なのだから。

「パレットなら大丈夫だろ。オレ達に迷惑かけるようなことしねぇよ」

 皿を持って行儀悪く食べ物を掻き込むアーシュ。

 アーシュも気にかけていたらしい。俺は少しだけ見直した。

「あいつはプロだから、ばれるようなヘマはしねぇよ」

「そっちの信頼なのか、お前の場合。見直した甲斐もないな、即刻前言撤回しよう」

「見直したなら、見直したままにしとけ。ケチだな、フェイ」

 一気に食事を終わらせて、口をとがらせるアーシュ。本当に、こいつは勇者の資格なんか微塵もないと思う。俺はため息を吐いた。

 それにしても、勇者という職業に就いたからには、いずれ魔王と対峙しなければならない。そうすると、どうしても最悪の事態のことが浮上してくる。正直酷く不安だ。それこそ、息が詰まるくらい。

「アーシュ、過程はともかく、勇者になったからには責任持って魔王倒せよ。歴代の勇者は帰ってきはしなかったが、魔王の活動を約百年間鎮静化できている。お前はどう考えてもできなさそうだが、少なくとも刺し違えるぐらいの覚悟くらい持ったらどうだ」

 声は震えていなかったはずだ。表情は少し引きつっていたかもしれない。俺はアーシュの透き通るように澄んだ黄緑色の瞳を覗き込んだ。

「ん~? 大丈夫だって。そんなに不安そうにすんなよな、フェイ。オレがつえぇことくらい知ってんだろ?」

 俺の沈んでいく心境に反比例して、アーシュは微笑を浮かべながらの軽い調子だ。俺を安心させる為か、隣にきて手を握ってくれた。

 アーシュの手は俺の手を包み込んでしまえる。その馴染み深い温かさが、波立った心を徐々に沈めて行った。同時に、切なさも込み上げてくる。

 アーシュという存在は、俺を辛くも幸せにもしてしまうから、両方の感情をいっぺんに感じると、どうしていいかわからなくなる。怒りたくもなるし、嬉しくもなるし、泣きたくもなるし、笑いたくもなる。

 だから、村を出てきてからこの街にくるまでに、結構混乱していたりするから、ふとした瞬間にどうしようもなく怖くなるんだ。

 できるなら、アーシュが適当に職業を選んでいる時まで遡って、強制的に俺が決めてしまいたい。平平凡凡な生活ができる、命にかかわることがないような職業に。

「フェイ、こっち向け」

 ぼうっと考えたくないことに思考を絡めとられていると、アーシュの優しく甘やかすような囁きが聞こえた。

 斜め上を向くと、アーシュの手が俺の頬を包んだ。瞳が光を湛えてこっちを見つめていた。たまらなく怖くなった。俺は、アーシュを失いたくない。ずっと一緒にいたいから。

 アーシュは小さく微笑すると、そっと俺の唇に口付けた。労りと慈しみに満ちた感触に、泣きそうになる。

「優しく、するな。泣きそうだから」

 俺はアーシュから離れようと、両手で体を押した。が、だめだった。アーシュの腕は俺を完全に拘束していて、悲しくて全然力が入らないのに、逃れられるはずがない。

「泣いてもいいぞ。フェイ、お前は我慢できる程強くない。もっとオレに甘えればいい……な?」

 髪を撫でてくれるアーシュは、俺の目じりに一つ唇を落とし、強く抱きしめてくれた。俺はアーシュの背中に腕を回して、温かい胸に顔を押し付けた。

「アーシュは、怖くないのか? 死ぬかもしれないんだぞ?」

「ふっ、怖くなんかねぇよ。オレが怖いとしたら、自分以外のことだ。例えば、フェイがいなくなるとか、フェイが他の男のとこへ嫁に行くとか、フェイをオレが傷つけるとか」

 アーシュの手が優しい。ああ、俺はこいつが好きで好きでたまらない。

「俺は、何回もお前に傷つけられてるんだが? 浮気とか浮気とか浮気とか」

「うっ……、でも、オレはフェイが一番だぞ? これは揺るぎようがないし、心の浮気までしたわけじゃないし……」

 途端に真剣だった目が、空中でせわしなく泳ぎ始めた。全く、仕方ないやつだな。

 アーシュの優しい言葉と、挙動不審ぶりの落差がおかしくて、俺の心は幾分軽くなった。苦笑する余裕もできたから、暫くは大丈夫だろう。

「もういい、お前の浮気は治らないと開き直ることにしたから。だからと言って、調子に乗るなよ勇者様。やっぱり耐えられないかもしれないし、燃やしたくなるかもしれない」

 上目使いでアーシュを見やると、心なしか血色が悪くなったような気がする。

「モウ、モヤサナイデクダサイ。アト、ゼッタイアソコハケラナイデッ」

「何故片言なんだ? あと、うざいぞ敬語が」

「酷っ、さっきまでのしおらしさは何処行ったんだよ。せっかく、子猫みたいで可愛かったのにな」

「子猫って言うな、変態。もう俺は復活したんだ、お前の助けはいらない」

 恥ずかしさを紛らわす為に少々きついことを言ってしまった。案の定、アーシュの表情がみるみる陰ってしまった。

 がっかり顔のアーシュも、何とも形容し難く愛おしい。償いの意味も含めて、俺はアーシュの頬に手を添えた。情けない表情がこっちを向く。

「嘘だ。ありがとう、アーシュ。大好きだぞ」

 早口に言って、自分から唇を重ねた。不意を突かれて、アーシュは柄にもなく硬直しているみたいだ。いつもならすかさず体に回る腕が動いていない。面白い。

 ゆっくり顔を離して見上げると、仄かに頬を紅潮させた表情があった。

 正直吃驚だ。

 この万年発情好色野郎が、こんな純情で(うぶ)な反応をするとは、夢にも思っていなかったから。

「アーシュ、どうした? 随分大人しいじゃないか。っていうか、何か言ってくれるなり表現してくれるなりしないと、気まずいんだが」

 自分一人が突っ走ってるみたいで、恥ずかしい。

 すると、アーシュはのろのろと俺から手を離し、自分の髪を掻き上げて頭を振り、口元を弛めてくすくす笑い始めた。何がおかしいのだろうか。

 俺の方を見て、尚も肩を震わせながら言う。

「フェイ、慣れないことはするもんじゃないな。黙ってオレの反応待ってるとかできなかったんだ? ふっふっふっ、可愛いな、フェイオン」

 どうやら、満足してもらえたらしい。アーシュに髪を掻きまわされながら、内心でほっとした。

「は~い、もうお邪魔してもいいですか~?」

 割り込む隙を辛抱強く待っていてくれたのだろう。パレットがここぞとばかりに手を挙げて声を大にした。

「ああ、気を遣わせて悪かったな。何か情報をもらえたか?」

「うん、面白い話が聞けたんだよ~」

 パレットは椅子に座りながら、嬉々とした様子で話しだした。

「このヒシュタの街から南西に進んでいくと、ペオルっていう大きな森があるんだって。それで、ペオルの森の奥に、盗賊団が住んでるんだって。あっ、一応断っておくけど、僕の所属してたとこと違って、義賊じゃないらしくて、すっごい乱暴者の集団らしいよ。でね、その盗賊団がハマートの塔から、勇者の宝剣を盗みだしたって噂が広まってるんだって。興味あるよね?」

「確か、ハマートの塔って勇者の魂を祀ってるっていう、アレ?」

 アーシュは訝しそうに眉を寄せた。俺も、その話は俄かに信じ難かった。

「その話、おかしくないか? 魔王城ネルガルがあるシュトリ島から、勇者が戻ったという記録はどこにもない。それ故、勇者が本当に死んだのかさえよく分かっていないことにもなるが、そもそも宝剣などあるはずがない。勇者装備というものが、この世界にはないんだからな」

「そうだぞ。オレ、勇者のはずなのに武器とか鎧とか全部自腹切って買い揃えたんだぜ? 村長とか、誰も援助してくれなかった」

 アーシュの口から切ない吐息がもれる。本当に、アーシュは勇者になってしまったばっかりに、家財一切と土地を売って武器と防具に変えたのだ。小指の先程の労力と時間をかけることを惜しんだが為に。

「えぇ~。でも、アーシュさんはフェイオンさんの家に住んでたじゃん。あんまり困ってない気がするんだけど」

 確かに。

「ふっ……。オレの意見はだな」

「誤魔化すな、アーシュ。でも確かに、お前の事情なんぞどうでもいいな。話を先に進めよう」

「えっ……フェイ、酷っ」 

 アーシュは一瞬傷ついた顔をしたが、パレットに促されて口を開いた。

「高確率で無駄足だから、さっさと魔王のとこに乗り込んだ方がいいと思う。早く帰りたいし」

 アーシュの声が死ぬ程げんなりしている。相当面倒みたいだ。

「ってーかさぁ、魔王なんかほっといていいじゃんよ。何回倒しても蘇るみたいだしさ。オレは魔王なんかに時間かけるより、フェイとのめくるめくドッキドキ同棲生活に入り浸りたいんだけど」

「キモイこと言うな、なんちゃって勇者」

「僕も世界とか救いたくもないんだけどね。一応行ってみるだけ行ってみない? 面白そうだし。アーシュさんにとっては、魔王城って楽園だと思うし」

 そう言えば、魔王は若い男をさらっているんだったな。忘れるとは迂闊だった。浮気どころの騒ぎじゃなくなるだろう、絶対。

「楽園というか堕楽園もしくは快楽園だろ」

「この世の快楽園か……い~い響きだ」

「まぁ、行こうよ魔王倒しに。僕としては、一応盗賊団のとこに行っといた方がいいと思う。だって、アーシュさん、勇者の最低限の力は貰ったけど、ほとんど生身なのに魔法とか魔物とかで武装した魔王と闘うんだよ? 今のままじゃ、どっちにしろ一瞬で昇天確実だよ」

 俺は、パレットの意見に心の底から賛成だ。アーシュにもしものことがあったらと思うだけで、悪寒が走って息が苦しくなる。なるべく、完全武装に近い装備で魔王城に行きたい。

「俺もパレットと同意見だ。アーシュ、怪我だけじゃ済まないんだからな。さっき俺に言ったことは全部嘘か、ん? お前が瞬殺されることを俺が望んでいるとでも思ってるのか?」

 凍てつく声音で淡々と言うと、アーシュはまた視線をあっちこっちに飛ばした。情けないやつだな、アーシュは。

「じゃあ、決まりだね。ペオルの森に行こうか」

 パレットは、散歩にでも行くような調子で、歌うようにそう言った。




やっとこさ旅立ちです。

次回からは、三人があんな目やこんな目に遭っていく気がします。

今回も読んでくださりありがとうございます。

楽しんでいただけたなら幸いです。

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