あと一回のトモキくん
昼休み明けの授業は日本史で、担当は白髪頭の老教師。ボソボソと眠気を誘う口調だが、居眠りにも怒らない温和な性格であり、名前の「保竹」を捩って「ホトケ」と呼ばれている。
私もその日ついウトウトと寝てしまい……。
ハッと目が覚めて顔を上げると、ホトケの頭の上に赤い数字が浮かんでいた。
ふと思い出したのが、漫画の閃き表現として頭の上に電球が描かれるイメージ。ちょうどその位置に、数字の「5」が見えていたのだ。
「えっ、何これ……?」
そういえば居眠りの最中に、変な夢を見た覚えがある。神様っぽい格好の老人が出てきて「お前に特殊能力を授けてやろう」とか言っていたっけ。
実はあれが正夢? だとしても、肝心の能力について説明される前に起きたから、残念ながら詳細は不明だった。
とりあえず教室を見回すと、ホトケだけでなく、みんなの頭にも赤数字が浮かんでいる。
ほとんどが二桁で、ホトケ以外の一桁は、隣の席に座るトモキくんだけ。彼の場合は「1」だった。
トモキくんは、イケメンでサッカー部のエースストライカー。よくモテるし、私にとっても密かな憧れの対象だ。その彼が「1」なのだから、この数字は私の好きな順なのかな?
逆に数字が大きい人を探せば、教室の隅に座る倉田さん。彼女なんて、ギリギリ二桁に収まるような「99」だった。
休み時間も他の生徒とは遊ばず、いつも本ばかり読んでいる倉田さんだから、確かに彼女のことはあまり好きではない。でもそれを言うならば、別にホトケだって好きではないし、どうやら「私の好きな順」とは違うみたいだ。
ならば一体、何を意味する数字だろう?
この数字が見えるのは教室限定らしく、授業が終わった後、廊下に出ると消えてしまった。
だから鏡で自分のを見るのは無理だし、家に帰っても親兄弟の数字は確認できなくて……。
数日後。
登校したら、朝の教室で倉田さんが噂になっていた。どこかの小説コンテストで新人賞を受賞したという話で、それが出版されることも決まったそうだ。
倉田さんが小説を書いていたなんて私は知らなかったが、素直に「へえ、凄いなあ」と感嘆。そう思いながら改めて彼女に視線を向けると、例の数字は「98」に変わっていた。
その翌日には、商店街の福引で温泉旅行に当たったと騒いでいる男子もいて、その周りにも人が集まっていた。
その男子の数字は「9」になっている。最初に彼の数字がいくつだったのか、はっきりとは覚えていないけれど、あの時「ほとんどが二桁」「ホトケ以外の一桁はトモキくんだけ」という状況だった以上、彼が二桁だったのは間違いない。彼の場合も数字が減ったことになる。
これらの例から考えて、おそらくこの数字は、今後の人生の中で良いことが起こる回数なのだろう。
いわゆるラッキーナンバーとは違うけれど、まさに幸運の回数を示す数だ。
私たちより寿命が短いであろう、老教師の数字が小さかったのも納得できる。でもトモキくんに関しては、ちょっと問題だ。私と同い年にもかかわらず、彼のラッキーは残りの人生であと一回だけ……。
「トモキくんと結婚する女性は、苦労するだろうな」
思わず小声で呟いてしまうと同時に、彼に対する気持ちも急速に冷めていく。
今まで自分でも気づいていなかったけれど、私は案外、薄情な人間だったらしい。
(「あと一回のトモキくん」完)




