推しが追放されたので聖女からジョブチェンジします
「——いま、なんとおっしゃいましたか?」
私の声は、我ながら感心するほど穏やかで、鈴の音のように澄んでいた。
当たり前だ、研究に研究を重ね、いつ何時でもか弱い声が出せるように調整したんだから。
例え予期せぬ場面に遭遇しても感情を押し殺し、演じることに達した。
私たちは王都随一のSランクパーティ『栄光の盾』。
最初は小さな田舎村出身の冒険者二人が始まりのメンバーだったと聞いている。
私は途中加入なので詳しい経緯とかはよくわからないが、今では私を含めて20人ほどがいる。
魔王を討伐したパーティーだが、今となっては全員揃って依頼をこなしたり冒険に出たりすることはほとんどなく、各々護衛やら討伐やら、街の依頼をこなしている。
私は魔王討伐パーティーのヒーラー、そして教会での修練を終えた聖女として、伝染病の蔓延した村に赴き治療にあたっていた。
そう、ついさっき帰ってきたのだ。
専用宿舎の会議室に私と目の前のクs…ばk…男以外に姿はなく、私の問いかけが静かに響いた。
「だからよ、アリア。しつこいぜ」
名前で呼ぶな、許可した覚えはない。
目の前のアh…男、勇者レオンが、豪華なソファに深く腰掛け、黄金の髪をかき上げた。
また娘たちが見れば黄色い声があちこちから上がるのだろう、私の好みとはかけ離れているが。
それに、レオンのひん曲がった性格を知れば、百年の恋も冷めるだろう。
剣を振り回すことしか脳がな…彼の足元には、誰かが丹精込めて手入れしたはずの予備の防具が、乱雑に蹴り飛ばされている。
「あの無能な付与術師、タルトはクビにしたって言ったんだ。あいつのバフは地味すぎて、俺の華麗な剣技には不釣り合いだろ? これからは、聖女であるお前の回復魔法だけで十分だ」
「…………」
視界の端で、窓から差し込む夕日が赤く、どろりと濁って見えた。
私の胸の奥で、三年間にわたって必死に飼い慣らし、分厚い鉄格子の檻に閉じ込めておいた「獣」が、カチリと牙を鳴らした。
(……ああ。終わったわ)
何かが、決定的に壊れる音がした。
私がこれまで、吐き気がするほど清楚な「聖女」を演じ、気合と根性で教会の修練を乗り越え女神の加護をむしりとってまでこのパーティに居座り続けた、唯一の理由。
その「光」が、いま、この低能な金ピカ野郎の手によって、ゴミのように投げ捨てられたのだ。
「タルト様は、納得されていたのですか?」
「ああ。あいつ、情けない顔で『僕がいない方が、皆さんは輝ける』なんて言って、トボトボ出て行きやがったぜ。お前もせいせいしただろ?」
「……。…………ふふ。ふふふふふっ」
私は、思わず漏れ出た笑いを止められなかった。
わかってない、本当に何もわかってないんだなこいつ。
私よりもタルト様と長く過ごしていたはずなのに、あの人の凄さに1ミリも気づかないなんて。
魔法適正が全くないにも程がある、まぁ剣技だけは勇者ステータスでそこらの騎士よりは高いけど。
肩を震わせ、俯いて笑う私を見て、レオンが
「おい、アリア?」
と気味悪そうに覗き込んでくる。
「ねぇ、レオン様。一つ、教えて差し上げますわ」
私は顔を上げた。
そこには、王都の誰もが「慈愛の象徴」と讃えた聖女の微笑みは、もう欠片も残っていなかった。
「……あ?」
「わたくし、本当は、聖女なんてこれっぽっちも向いていないんですの」
私は右手の拳を、ゆっくりと、だが岩をも砕くような確かな力で握りしめた。
聖女の加護?
知るか、そんなもん。
私は元々、戦場を血で染めて笑っていた傭兵、『北の大虎』と呼ばれた女だ。
「タルト様の、あの至高の芸術とも呼べる精密な付与を……『地味』だと抜かしたその腐った口。――いま、この場で粉砕して差し上げますわ」
「なっ、お前、何を――」
ドォォォォォン!!!
凄まじい衝撃波が部屋を揺らし、大理石のテーブルに亀裂が走った。
「ぎ、ぎゃあああああ!? な、なんだ、地震か!?」
「……いい加減にしろよ、このメッキ剥げの金ピカ野郎」
「え……?」
レオンが動きを止める。
そこにいたのは、さっきまで「儚げに震えていた聖女」ではなかった。
背筋を伸ばし、周囲の空気を物理的に凍りつかせるほどの殺気を放つ、本物の「獣」。
「お、おい、アリア……? なんだ、その口の利き方は……それに、その魔力……聖女が放っていい質じゃ――」
「聖女ぉ? ああ、そんなもん、今この瞬間に辞めてやるよ」
私は、胸元の『聖女の証』を剥ぎ取ると、レオンの足元に叩きつけた。
「アタシが、どんな思いであの人の隣にいたか分かってんのか? アンタみたいな、バフの意味も理解できない低能をサポートするためにタルト様がどれだけ心を削ってたか、分かってんのかって聞いてんだよ」
アリアの瞳が、黄金色に輝く。
かつて戦場を支配した「虎」の眼光。
「レオン、アンタの動きは一言で言えば『ゴミ』だ。タルト様の補助がなきゃ、初撃で空振って死んでるレベルなんだよ。それを自分の実力だと勘違いして……あー、イライラする。三年間、猫被り続けてた反動が凄いわ」
「な、なんだと……!? 俺は勇者だぞ! このパーティのリーダーだぞ! お前だって、俺に憧れて入ってきたんだろ!?」
「ハッ、笑わせんな。アタシがこのパーティに入ったのは、タルト様を一番近くで守るためだ。アンタなんて、タルト様を飾るための背景(書き割り)程度にしか思ってねぇよ」
アリアは、一歩。ゆっくりとレオンへ歩み寄る。
その一歩ごとに、床の石畳が重圧で粉砕されていく。
「待て、アリア! 落ち着け! 俺が悪かった、タルトは呼び戻す! だからその拳を、拳を下ろ――」
「遅ぇんだよ。……アタシの『推し』を侮辱した罪、その骨で償え」
アリアは、腰を深く沈めた。
聖女の祈りを捧げていたその拳が、今、鋼よりも硬く握りしめられる。
「タルト様の分!! ――死ねッ!!」
ゴォォォォォォン!!!
空気が爆ぜた。
アリアの渾身の正拳突きが、レオンの腹部に直撃する。
黄金の鎧が紙細工のようにひしゃげ、レオンの体は会議室の壁を三枚貫通し、王都の広場にある巨大な女神像まで吹き飛んでいった。
沈黙。
「…邪魔くさい」
私はは足元に落ちていたレオンの剣を持ち、断髪した。
か弱く見えるかなと思い、伸ばし続けていた髪がハラハラと床に降りる。
破壊された部屋の中で、アリアは短くなった髪をかき上げた。
「……あー、すっきりした。さて。タルト様を迎えに行かなきゃ」
彼女の顔には、もはや聖女の慈愛など微塵もない。
あるのは、獲物を追う狩人の、凶悪なまでの笑みだけだった。
ーーー
その日、王都を襲った突如たる災厄。
空は魔鳥の羽に覆われ、石畳は魔獣の足音に震えていた。
騎士団が防衛線を引き、冒険者たちが逃げ惑う中、一人だけ「逆方向」に走る男がいた。
「はぁ、はぁ……っ! 誰か、誰かいないのか!?」
付与術師、タルトだ。
彼はパーティを追放されたその足で、王都を離れる直前だった。
だが、目の前で崩れゆく街を見捨てられるほど、彼は器用な男ではなかった。
「危ない……っ!」
瓦礫の陰、逃げ遅れた小さな少女が、巨大な『黒牙狼』に追い詰められていた。
タルトの職業は付与術師。
自分を強化する手段も、敵を撃退する強力な魔法も持っていない。
だが、彼は迷わなかった。
「こっちだ、化け物!」
タルトは少女を抱き寄せ、自らの背中を盾にした。
鋭い爪が空を裂き、彼の細い背中を切り裂こうとした――その時。
「…………え?」
時間が、止まった。
タルトの鼻先を、一筋の「黒い閃光」がかすめる。
次の瞬間、目の前にいたはずの巨大な狼が、まるで巨大なプレス機に潰されたかのように、地面にめり込んで粉砕されていた。
爆風の中、一人の女性が立っていた。
返り血を浴びた漆黒の鎧。
手には、およそ人間が振るえるとは思えないほど巨大な『断頭大剣』。
「……お久しぶりですね。タルト様。お変わりないようで安心いたしましたわ」
その声に、タルトの心臓が跳ね上がった。
「ア、アリア……さん? なんで、そんな姿で……」
アリアは答えず、ゆっくりとタルトに向き直った。
その瞳には、あの日、彼女の人生を変えた「光」が反射していた。
ーーー
三年前。
まだ傭兵になりたてで、実力はあるが尖っていたアリアは、自らの慢心で強力な魔物の罠に嵌まった。
死を覚悟した彼女の前に現れたのが、当時まだ駆け出しだったタルトだった。
彼はアリアの前に飛び出し、魔物の攻撃をその身に受けて、血を流しながらも笑って言ったのだ。
「……良かった。君みたいな綺麗な子が、傷つかなくて済んだ」
その一言だった。
付与術師という「後ろにいるべき存在」なのに、誰よりも先に前に出て、見ず知らずの自分を庇った、そのあまりにも愚かで、あまりにも優しいお節介。
その瞬間、アリアの心の中にいた「虎」は、彼という飼い主に魂を捧げたのだ。
わかりやすく言えば、一目惚れ、だ。
「アリアさん、危ない! 下がって!」
タルトの叫びで、アリアは現実に引き戻される。
背後から、さらに三頭の黒牙狼が跳躍していた。
「下がって? ……ふふ、嫌ですよ。タルト様」
アリアは、愛おしそうにタルトを一瞥すると、そのまま「素手」で飛びかかってきた狼の顎を掴み取った。
「言ったでしょう。私はもう、聖女のフリはやめたんです。……さあ、タルト様。三年前と同じ言葉を、もう一度私にください」
「え……?」
「『付与』を。今の私なら、あなたの魔力を一滴も溢れさせずに、すべて『暴力』に変えてみせますから」
タルトは、圧倒された。
今でも信じられない、本当にあのアリアなのだろうか。
一緒に後方支援に徹していた、一緒に物資の調達やパーティ資金について話し合いをしていた彼女と、今の彼女では見た目も魔力も、放つオーラも別人だった。
でも、僕に向けられるまっすぐな声は、瞳は、この笑顔は、彼女のものだ。
目の前にいるのは、守られるべき聖女ではない。
自分を、そしてこの街すべてを守り抜こうとする、最強の守護騎士。
ならば僕は、応えなければならない。
僕は僕の仕事をやり遂げる。
僕のやり方で、彼女を守る。
「……わかった。アリアさん。……君に、僕のすべてを預けるよ!」
タルトが杖を振り、ありったけの魔力を練り上げる。
それはレオンたちに与えていた「効率重視」のバフではない。アリアという唯一無二の器に捧げる、純度100%の愛の旋律。
タルトの強みであり、アリアの魔力に合わせた唯一無二の、オリジナル付与!
「――付与:万象穿つ虎の爪!!」
タルトは完全に無意識であったが、その付与は3年前、傭兵時代のアリアと共闘した時のものと同じであった。
そして、その付与を見たタルトは思い出す、アリアはあの時の少女だったこと。
付与と彼女の魔力が融合し黄金色となる、それを見て、3年前と同じように、場違いな感情ではあるが、思わず美しいと感じたことを。
「あ、あああ……っ!! 最高……最高です、タルト様ぁぁ!!」
アリアの全身から、黄金のオーラが噴き出す。
彼女が大剣をひと振りするだけで、王都の広場を埋め尽くしていた魔物の大群が、文字通り「消滅」した。
ーーー
「……さて。タルト様」
すべての魔物を片付け、返り血を拭ったアリアが、タルトの元へ歩み寄る。
周りは魔物の死骸だらけ、そんな中で一人立っている彼女は異様であり、美しかった。
貴族の令嬢や一国の姫君と言われても納得してしまう、整った顔立ちとは不釣り合いな甲冑をみて、思わず見惚れていたタルトははっと現実に引き戻された。
彼女は先ほどまでの狂気を感じさせない、だが「聖女」の時よりもずっと情熱的な笑みを浮かべている。
「レオンさんたちは、もうボロボロです。あのパーティはもう終わり。……これからは、私と二人で『推し事』に励みませんか?」
「お、推し事……?仕事や 冒険じゃなくて?」
「ええ。あなたが世界一の付与術師であることを証明し、私がそれを隣で一番に享受する。これ以上の幸せが、この世にあるでしょうか?」
アリアは、タルトの手を取り、自分の頬に寄せた。
その瞳は、もはや「虎」の鋭い眼光ではなく、大好きな飼い主に甘える「猫」のようにとろけていた。
アリアとはパーティーとして、同じ後方支援として、他のメンバーとは多く接してきたつもりだったが、初めて見せる表情に戸惑い一歩下がろうとしてしまう。
が、彼女の細腕からは想像できない力で、それは実行できなかった。
「……離しませんよ、タルト様。たとえ女神様が嫉妬したって、私はあなたを離しません」
まっすぐな言葉、まっすぐに自分を見つめる瞳に、思わず胸が高鳴り、体温の上昇を感じた。
あの日、彼に救われた少女は、今度は彼を「愛という檻」に救い上げることに決めたのだ。
最強の騎士と、心優しき付与術師。
二人の、そしてアリアの「重すぎる愛」の物語は、ここから本格的に始まっていく。
少女(…あぁ〜てぇてぇ〜邪魔しないように私は草木となり空気となりましょう)
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