場所と意図
久賀の視線は、まるで相手の反応を試すようだった。
「……心当たりって、どういう意味ですか?」
湊が問い返すと、久賀は図書室の奥に歩きながら、軽い調子で言った。
「簡単なことだよ。噂には“意図”がある。
それを動かしてる人にも、目的がある。
君たちは、それを知りたいんだろ?」
梨央が眉を寄せた。
「久賀くん、まさか関わってるわけじゃ……」
「直接はね。でも、気づいてるよ。
“同じ指”で打たれた文章が、何本も流れてることに」
その言葉に、湊は驚きを隠せなかった。
自分が感じていた違和感を、彼も同じように掴んでいたということだ。
「じゃあ……協力してくれるんですか?」
湊が慎重に問うと、久賀はスマホを操作しながら肩をすくめた。
「協力ってほどじゃないよ。ただ──」
スマホの画面が湊の目の前に突き出される。
「このアカウントたち。ほぼ同じWi-Fiから投稿されてる」
「えっ……?」
梨央が息を呑む。
「学校の……?」
「そう。しかも図書室の近くの電波。
つまり“このエリア”を使ってる可能性が高い」
湊の心臓が一気に早まった。
ここにいる誰かが、噂を操っている──?
「じゃあ、犯人は……?」
「特定はまだできないけど、ヒントはある」
久賀は画面を閉じ、静かに言った。
「“橘を落としたい理由”を持ってる人間。
それが、今回の鍵じゃない?」
橘を落としたい理由──
湊には、それがどうしても思いつかなかった。
橘は目立たないタイプだし、争いごとが苦手で、誰かを怒らせるような子でもなかった。
その時、梨央がふと呟いた。
「……もしかして、嫉妬とか、人間関係のすれ違い……?」
その可能性も確かにある。
しかし、湊はどうしても腑に落ちなかった。
(あの子は、そんなふうに狙われる性格じゃない)
湊は机に視線を落とし、記憶を掘り起こす。
橘が最近、誰かと一緒に帰っていた。
誰かに呼び止められていた。
下駄箱の前で、何かを差し出されていた。
(……そうだ。男の先輩だ)
顔までは見えなかったが、橘が少し頬を赤くしていたのを覚えている。
湊は口を開いた。
「橘さん……先輩に告白されてました」
「え? マジで?」
梨央が驚く。
「はい。本人は迷っている感じで……でも、断ってはなかった」
「ということは、橘さんを“好きな男子”がいて、
その相手をよく思ってない女子が……?」
「いや、もっと現実的に言うと──」
久賀が淡々と言った。
「告白した先輩の“元彼女”がいたりすると、関係は複雑になる」
図書室の空気が、わずかに重くなる。
「でも、それでデマを流すなんて……」
「人間、危機を感じると大げさに動くことがあるんだよ。
“好きな相手を取られたくない”っていう本能で」
久賀の言い方は淡々としていたが、その奥には実感のようなものがあった。
「……でもそれなら、文体の癖は女性らしくない気がします。
もっと感情があふれるような文章になりそうです」
湊の意見に、梨央が「たしかに」と頷く。
「じゃあ犯人は女子じゃない?」
「少なくとも、“感情を抑えた文章を書く人”です。
文章から……迷いが感じられない」
久賀が軽く笑った。
「湊くん、君さ。文体から人格推測できるよね?」
「え……」
「いや、褒め言葉だよ。分析が正確だから。
実は僕も同じこと思ってたんだ」
湊は少しだけ肩の力を抜いた。
久賀は敵ではないのかもしれない。
(でも……まだわからない)
慎重に判断する必要がある。
「さて。ここから先は、本格的に調べる必要がある」
久賀は周囲を見回し、声を落とす。
「犯人は、この図書室を“投稿場所”に使ってる。
つまり──この中にヒントがある」
梨央が息を呑む。
「まさか……図書委員?」
「全員が怪しいわけじゃない。でも、利用しやすい場所だからね」
湊の胸に、冷たい感覚が広がる。
(図書室は……“僕らの居場所”なのに)
その時、梨央が小さく囁いた。
「湊くん……今日の放課後、もう一度一緒に調べよう」
「はい。……絶対、止めましょう。このデマ」
「うん」
久賀はスマホをしまい、最後にこう言った。
「じゃあ放課後にまた。
たぶん──今日中に動いた方がいい。
相手も、次の一手を打つつもりみたいだから」
そう言って、静かに図書室を出ていった。
その背中を見送りながら、湊は決意を固める。
(言葉は武器になる。なら、僕は“守る側”に立つ)
放課後、図書室に残された三人は、ついに“情報戦”の核心へ踏み込んでいく──。
どんなコメントでもいいから、コメントしてね!




