4.散歩
アンナのことなど眠れば忘れるとバートは思っていたが、現実は違った。
朝、目が覚めてバートがふと思い出したのはアンナの微笑む顔だった。
(私はずっとアンナのことを考えているのか?)とバートは自問した。
「……馬鹿馬鹿しい」
バートは頭を振って目を瞑った後で、不自然なほど大きく背伸びをした。
「さて、散歩に行くか」
歩き出したバートは無意識につぶやいていた。
「……アンナのことを思い出したのは、めずらしく女性と話をしたせいに違いない。いつもの生活をすれば、アンナのことはすぐに忘れるにきまっている」
バートは部屋を出た。そして、従僕に馬を用意させ屋敷を出発した。
バートが馬に乗って中央公園に向かうと、街がいつもより鮮やかに見える気がした。一体どうしたことだ? とバートは不思議に思った。
中央公園に着いたバートは、湖に行き水辺の木に馬をつないだ。
バートは木陰に座り、ぼんやりと湖を眺めた。湖面を滑ってきた風がバートの頬をくすぐった。
バートが少しまどろみかけた時、誰かがバートに近づいた。
「……バート様?」
(まったく、なんてことだ。アンナの声が聞こえるなんて! 私はおかしくなってしまったらしい!)
バートは、それぞれの膝に肘を乗せ組んだ両手を額に当てたまま、大きくため息をついた。
「バート様?」
「!!」
バートが顔を上げ、横を見るとアンナが目を丸くしていた。
「おはようございます。バート様も朝の散歩ですか?」
「アンナ、……おはよう」
バートは少しかすれた声で返事をしたが、ほかに何を言っていいか分からなかい様子で口をもごもごさせた。
にっこりと微笑むアンナのいる世界は、いつもより鮮やかであたたかいとバートは感じた。ぼんやりとそんなことを考えていると、アンナが小さな笑い声をこぼした。
「バート様、寝不足ですか? ずいぶん……気の抜けた表情をされていますね」
「そうか?」
バートは慌てて両手で髪を撫でつけて、目をぎゅっと瞑ってから大きく開いた。
「少し、疲れているのかもしれない」
バートは自然と口角が上がるのをこらえながら、アンナに言い訳するように答えた。
「貴族の方には、庶民にはわからないご苦労もあるんでしょうね」
小首をかしげてアンナは言った。その透明感のあるサクランボ色の唇に見とれないよう、バートは池を見て言葉を返した。
「まあ、どうだろうな」
少しの間、二人で池に浮かぶ鴨を見ていたが、ふいにアンナが立ち上がった。
「もう時間なので、帰ります。バート様もご無理なさらないでくださいね」
「ああ、ありがとう。アンナも気を付けて」
「ありがとうございます」
笑顔で会釈したアンナが、公園の出口に向かって颯爽と歩いて行く姿をバートは静かに見送った。バートの心臓が早鐘を打っている。
「まったく……この程度で? どうしようもないな……」
バートは、にやける自分の顔を軽くたたくと、小石を拾い池に投げ込んで、広がる波紋をねめつけた。




