3.出会い
朝、バートが目覚めると鳥の声が聞こえた。窓を開けると気持ちのいい風が入ってくる。
「今日も中央公園まで行くか」
バートはいつものように召使に馬を用意させ、早朝の乗馬を楽しむことにした。
バートは馬に乗り石畳の道を進む。時折馬車が通り過ぎていく。道の脇にある商店は、早起きのパン屋以外、まだ開いていない。
だんだん日差しが強くなってきた。バートは馬に乗ったまま空を見上げ、憎々し気に目を細める。
「まったく、天気が良いにもほどがある」
バートは青く晴れ渡った空に悪態をついた。
バートの少し色素の薄い茶色い目で、能天気に晴れた空を睨む。バートは眉間にしわを寄せたまま馬を走らせた。
バートは早朝のまだひんやりとした空気を感じながら、馬で国立公園を一走りする。日課である早朝の散歩をやめるつもりはないが、夏が近づいてきた今は日差しが目に刺さるようになってきたことをバートは忌々しく思い、ため息をついた。
バートは、よく人から目つきが悪いといわれる目をより鋭く細め周囲に注意を払った。一時間少し かけて国立公園を軽く半周し、帰路につく。
バートが屋敷にほど近い道に入ると、荷馬車を御している女性が地図をにらみながら キョロキョロとあたりを見回しているのに気づいた。
バートはそのまま立ち去ろうかとも思ったが、女性と視線が合ってしまった。すがるような表情でバートを見つめる女性に、バートは仕方なく声をかけた。
「おはようございます。お嬢さん、何かお困りですか?」
おびえられないよう愛想のよい笑みを浮かべ、バートは言った。
「あの……実は私、このあたりに来たのは初めてで。道に迷ってしまって……」
日が差すように明るい笑みを浮かべた女性は、地図をバートに見せた。
「エイマーズ男爵のお屋敷に行きたいんです……。この辺りだと思ったのですが」
バートは軽く頷いてから言った。
「それなら、私がご案内しましょう。ちょうど帰るところですから」
「まあ。では貴方がエイマーズ男爵?」
「クラーク・エイマーズ男爵は私の父です」
女性は困ったような笑みを浮かべて、頭を下げた。
「図々しいとは思いますが、お言葉に甘えても?」
「ついてきて下さい」
バートは馬を荷馬車の前に進め、エイマーズ家へ向かった。
バートがときどき振り返ると、女性は周りの風景を確認しながらバートについてきていた。
すぐに屋敷に着いたので、バートは馬を止め女性に声をかけた。
「着きました」
「ありがとうございます。助かりました」
女性は地図を肩にかけたカバンにしまい、バートを見て微笑んだ。花のような可憐な笑顔にバートは戸惑いを感じたが、気を取り直して、女性に質問する。
「ところで我が家にどのようなご用件でいらっしゃったのですか?」
「あら、私ったら。申し遅れました。私、食料品をお届けしているリンスコット食料品店の娘で、アンナ・リンスコットと申します。今日は父の代わりに来たんです」
「お父上の代わりに?」
「ええ。父は足を怪我してしまって」
アンナは肩をすくめて微苦笑した。
「それはお気の毒に。ひどい怪我ですか?」
「骨にひびが入っているようで、一か月は動いてはいけないとお医者様に言われてしまって。でも、足の怪我以外は元気なので大丈夫です」
バートを見つめるアンナ。その無垢な笑顔にバートは心を奪われた。
あせったバートは目をしばたたかせ、一礼をすると馬から降り召使を呼んだ。
「リンスコット食料品店のお嬢さんがいらっしゃった。あと、馬を厩に連れて行ってくれ」
バートは従僕に手綱を預け、玄関に向かった。アンナが馬車からバートに声をかける。
「本当に、ありがとうございました」
「礼には及びません」
バートはアンナの美しい笑顔から目をそらし、そそくさと屋敷の中に入って行った。
屋敷に入ると、アランが物珍し気な表情でバートを見た。
「兄上が女性と楽しそうに話しているのをはじめて見ました」
「道案内をしただけだ」
「道案内? 兄上がそんなに親切だとは知りませんでした」
「そうか? それなら覚えておくといい」
バートは目を瞑り眉間を押さえて、ため息をついた、アランは楽しそうな笑みを浮かべバートを見ている。
バートは右眉を上げ、アランを一瞥し「まだ何か?」と言うと、アランは「いいえ」とだけ返事をし去って行った。
バートも部屋に戻ろうとしたが、ふと思い立ち料理場に向かった。
調理場ではアンナが料理長と話をしていた。
「バート様!? 何かございましたか?」
料理長が慌てた様子でバートの方を向いた。
「まあ、またお会いできましたね」
アンナが嬉しそうに微笑んだ。
「仕事を続けてくれ。私のことは気にしなくていい」
アンナと料理長は顔を見合わせてから、バートの方を見て小さく頭を下げた。そして二人は遠慮がちに仕事の会話を始めた。
生き生きとした表情で商品を確認しながら納めるアンナの頬は、少し上気している。舞踏会で出会った令嬢とは違い、アンナの表情はくるくると変わるから見ていて飽きないとバートは思った。
「あの……バート様? 私の顔に何かついていますか?」
アンナの大きな瞳がバートを見つめている。
「いや、そういうわけでは。……失礼したリンスコット嬢」
アンナは肩をすくめてから言った。
「アンナで良いですよ、バート様」
アンナは人懐こい笑みを浮かべて首を傾げる。なんて愛らしいのだろう、と思っていることに気づき、バートは愕然とした。
「それではこれからもよろしく頼む。……失礼する、アンナ」
足早に去ろうとするバートに向かって、アンナはにっこりと笑い膝を曲げてお辞儀をした。




