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8.旅人たちの道標

 そう言えば今日は時間の感覚がおかしい。


 それはきっと、いずれかの世界が夢である故の特徴なのだろう。

 夢の世界には時間という概念は存在しないし、脈絡もない。

 舞台が唐突に切り替わったりしないだけ、まだマシなのかもしれない。


「もう……せっかくヒントあげたのにつれないなあ」

「いや、小熊。悪いけど触れることはヒントにはならないんだよ。ざくろだって触ることはできるんだ」

「……本当?」


 意外そうな顔をする小熊。その様子から察するに、二人が互いに干渉することはできないようだ。


 そう言えば小熊はどうなのだろう。ざくろの天文学好き、星好きな一面は充分すぎるほど知っている僕であるが、小熊のそれらに対する感情については聞いたことがない。


「そう言えば小熊って、星好きなの?」

 気になったことは急がば回らず、直滑降。


「うん、好きだよ! だってロマンチックじゃない? 一つ一つに物語があって……っていうか星ってみんな昔は英雄だったり神さまだったりするんだよね。何かの罪とか罰で星にされちゃったって物語も多いけど、星になるってすごいよね」


 ロマンチック、か。

 ざくろと同じような答えが返ってきたことに、少しだけ驚く。差異があるとすれば、小熊のほうが少し明確に答えてくれたことぐらいだろうか。


「意外だな、そっち方面にはあんまり興味ないと思ってたよ」

「あはは……確かに私はどっちかっていうと文系だしね。でも興味がなかったらプラネタリウムに行こうなんて誘わなかったと思うよ。最近できた隣町のショッピングモールにでも行ってたんじゃないかな?」


 少しだけ間をおいて、小熊は続ける。

「でも今日はなんか、ここに来なきゃダメな気がしたんだ。龍にはないかな? そういうこと。まあこれは、一種の自己満なのかもしれないけどね」


 小熊の言わんとしていることは、よくわかる。

 そしてここで、新たな事実が発覚したことに気が付く。


 ざくろの世界では、前日、つまり昨日の夜にざくろからの誘いでここに来ることが決定した。

 ならばこちらの世界ではどうなのだろうかということはささやかな疑問だったのだが、どうやら小熊が僕を誘ってくれたらしい。


 自己満。あるいは義務感によって。

 しかし、どういうことだろう。それもざくろの導きなのだろうか。

 認めたくはない事実だが、俄然こちらの世界が現実であることが真実味を帯びてきた。


「それは龍の決めつけだよ」

「!?」


 僕の心を見透かしたように小熊は言う。或いは、僕の表情から何かを読み取ったのだろうか。


「さっきも似たようなことは言ったと思うけど、私たちは自分のいる世界を現実世界だと思っているの。いや、実際は現実であってほしいと思っているだけかもしれない」


「…………う……!」

 再び極度の頭痛に襲われる。しばらくたっても頭痛は一向に治まらず、小熊の声が僕の頭の中に響いてくる。


 否、小熊と、ざくろの声が重なるようにして、僕の脳内を駆け巡る。

「「だってそうでしょ? 自分が死んでるかもしれないなんて認めたくないもの。だから私たちの言葉から答えを見つけようとしてはいけない。ヒントをあげることはできても、答えを言うことはできないの。それは即ち、自分がいなくなること、そして二度と龍と会えなくなっちゃうってことだから」」


 頭痛が治まって顔を上げると、そこには再びざくろの顔があった。


「ちょっと、大丈夫? すっごいうなされてたけど、嫌な夢でも見たの? っていうか私が連れてきてあげたプラネタリウムの中で寝ないでよ。非常識にもほどがあるわ」


 ……それが果たして苦しんでいるパートナーにかける言葉なのだろうか。そもそも寝ていない、と反論しようかとも思ったが、また何か言われそうなのでここは無難にかわすことにした。


「ああ、まあ、なんとか大丈夫……」

「それならいいんだけど。とにかく、人が連れてきてあげたプラネタリウムの中で寝ないでよ。非常識にもほどがあるんだから」


 何故同じことを二回言ったのだろう?

 ざくろからの嫌味は日常茶飯事、というかもはや会話の一部なので、僕はそれほど気にせずに再びプラネタリウムの説明に耳を向ける。しっかり聞いておかないとまた非常識だと言われかねない。


『続いてはしぶんぎ座。ひょっとするとあまり聞きなれない名前かもしれません。しかし毎年一月に出現するしぶんぎ座流星群は、大流星群として有名です。四分儀というのは、扇型をしている、天体の位置から自分がいる場所の緯度を割り出すための測量器具の名前なのです』


 聞き慣れない、というか聞いたことのない星座である。流星群が出現する日には、無理矢理観測に連れて行かれるため、多少の知識はあるのだが……。


 しかし、一月ということは冬の星座なのだろうか。

 だとしたらまた、時間が経ちすぎている。さっき僕が聞いた説明は、秋の星座のものだったのだから。


 相変わらず、水槽の中では魚たちが優雅に泳いでいる。

 人の気も知らないで呑気なやつらだ、とか、愛嬌のある人間はそう思うのかもしれないが、今の僕にはそんな余裕はない。


 と、一匹の真鯛が泳いでいることに気が付く。先ほどはエイに気を取られ見落としていたが、なかなかどうして立派な真鯛である。


 心なしか、水槽全体が騒がしくなっているような気がする。当然僕に魚の気持ちなんてわかるはずもないのだから、それはあくまで感覚的なものである。餌の時間なのだろうか。


 思えば、プラネタリウムに入ってから既に一時間以上が経過している。


 時間についてはやや曖昧な部分もあるのだが、これは僕の感覚的なものではなく、紛れもない事実だ。上映開始時間と現在の時間を比べれば一目瞭然である。


「なあざくろ、ちょっとトイレに行ってきても構わないか?」

「は?」

 明らかに怪訝そうな顔をされた。


 日常茶飯事である嫌味はともかく、生理現象にまで悪態をつかないでほしいのだが。


「そのぐらい我慢しなさいよ……男でしょ?」

「男にだって我慢できないことぐらいはある!」

「わかったわかった。降参よ。私の負け。いいわ。許可してあげる」


 何に勝ったのかもわからなければ、なぜざくろの許可を得る必要があったのかもまったくわからなかったのだが、とりあえず僕は一度外に出ることにした。


『一年中見ることのできる数少ない星座、りゅう座。ギリシャ神話においてこの龍は、大神ゼウスと女神ヘラの大切な黄金の林檎の木を守る役割を担っていました。しかしある日うっかり居眠りをして林檎を奪われてしまいます。それでも長い間林檎を守ってきたことが称えられ、龍は星座にあげられたそうです』


 プラネタリウムの中から小さく聞こえる説明に耳を傾けながら、僕はトイレへと急ぐ。


『りゅう座は現在、北極星をぐるりと囲むように位置しています。林檎を守れなかった責任から、今度は旅人たちの道標でもあるこの北極星を守っているのかもしれませんね』


 そうして僕はふと気が付く。

 さすがの僕も、自分の名前がついた星座に関しては多少の知識を持っていた。

 りゅう座は、夏の星座である。


 このプラネタリウムの説明で全ての星座が紹介されているのかは確かではないが、少なくとも前半を聞いていた限り、季節を追って紹介されているのは間違いないだろう。

 僕は先ほど確かに、秋の星座ペルセウス座についての説明を受けたはずだ。


 トイレを済ませ、急いでプラネタリウムが催されているドームの中に戻る。


 ざくろに非常識と言われるのはまあ構わないが、しっかりと聞いておかなければこのプラネタリウムには大きなヒントが隠されている可能性がある。


……だが。


遅かった。


いや、遅かったというと語弊がある。だって、僕がドームを出てトイレに行ったのは、ほんの数分の出来事だったのだから。


 僕が戻ると、既にプラネタリウムの説明は終了していた。

 ドーム内には一人の客も残っておらず、天井のフィルターは真っ暗で、投射機は既にその役目を終えていた。


 残っていたのは周囲の水槽で優雅に泳ぐ魚たち。


 そしてドーム中央。投射機の横で佇むようにこちらを見ている一人の少女。

 僕の彼女、心星ざくろ。


 彼女は悪戯そうに微笑む。

 そして小さく口を開く。


「せっかく人が連れてきてあげたのに聞かないなんて、非常識なのね」

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