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4.ジャングルジムのてっぺんで

 そう、すべての物事には相応の理由がある。


 なら、今日の小熊は……僕らが演じるこの場面にそぐわない言葉を用いるこの子之星小熊がいる世界は……夢?


「いや……」

 ここで答えを出すのは、いささか早計というものだ。

 

 さながら、名探偵の助手。物語の盛り上がりのため、全ての証拠が出揃っていないのに名探偵を差し置いて推理を披露し、あえなく撃沈する。助手に指されたその人物は、たいていの場合犯人から除外されることになる。


 閑話休題。だったら僕はこれから、明確になっていない、そしていくつあるのかもわからない謎をすべて解き明かさなければならないのだ。


「なあ、小熊。僕たちが初めて出逢ったときのことって、覚えてるか?」

 と、そんな初歩的な質問をぶつけてみる。


「もちろん、覚えてるよ! いくらちっちゃいころって言ったって、あんな変な出逢い、忘れるわけないもん」

 フフフっと、小熊は当時を思い出したかのように笑う。


 変な出逢い、とまでは行かずとも、特殊な出逢いだったことは間違いないだろう。

 

 当時五歳の僕と小熊はその日、近所の公園にいた。



 変な女の子だな、と思ったのはよく覚えている。


 初めて出逢った小熊は、ピンク色のワンピースを身にまとい、ジャングルジムのてっぺんで分厚い本を読んでいた。


 それが何の本だったのか定かではないが、少なくとも五歳の子供が読むような類の本ではなく、難しい数式や見たこともない漢字がたくさん並んでいたのは記憶している。


 一方の僕は特に特徴があるわけでもない、平々凡々とした、どにでもいる普通の男の子だった。


 そこは僕たちの住む家の近くにある三角公園で、遊具もジャングルジムと滑り台、ブランコぐらい。しかし、近くに幼稚園があることもあってか、平日の夕方には同年齢ぐらいの子供とその保護者たちで結構な賑わいを見せていた。


 僕の親は共働きで帰りも遅く、僕にとってこの公園で遊ぶことは親が帰ってくるまでの暇つぶしのようなものだったし、それは小熊も似たような感じだったはずだ。


 辺りが暗くなるにつれて次第に人は減っていき、最終的には僕と小熊だけが残ってしまう。いつものことだった。


 だが特に話しかけるわけでもなく、お互い無干渉を貫いていた僕達だったが、その日は干渉せざるを得ない出来事が起こってしまう。


 ちょうどそのころ僕は、『滑り台の上り梯子に足をかけてから滑り終えるまで、最短何秒でできるのか』という謎の遊びに熱中していたので、ひたすら滑り台に上っては滑りを繰り返していた。今思えば、なかなか奇怪な行動をしていたものである。


 五歳の男の子がそんな危険な遊びをしようものなら、事故に遭うのは当然だろう。僕は梯子を踏み外し、結構な高さから落下してしまった。


 後で聞いた話だが、どうやら僕は数秒間気を失っていたらしく、ピクリとも動かなかったらしい。


 その日もいつも通りジャングルジムのてっぺんで本を読んでいた小熊だったが、男の子が約三メートルもの高さから落下する様はなかなか衝撃的だったらしく、すぐさま自分の親を呼びに帰ったという。


 故に、次に僕が目を覚ましたのは、小熊の家だった。



「あのときはホントに焦ったんだからね……だって死んじゃったかと思ったんだもん」

 小熊が無邪気に笑う。

 死んじゃったかと思ったのなら、思い出し笑いをするのは失礼じゃないのか……。


 僕は一つ間を置いてから、

「まあでも、おかげでこうやって大学まで一緒に通う関係になれたんだから、人生って何があるかわかんないよな」

「そういうことだよ、きっと。カロッサの言いたかったことは」

 

 ……聞き覚えのある名前だ。おそらくいつか小熊から聞いたのだろう。

 僕は必死に記憶を辿る……が、一向に出てくる気配はない。


「小熊、そのカロッサって誰?」

「ハンス・カロッサ。スペインの小説家だよ」


 やはり、思い出せない。

 記憶力は乏しいほうではないけれど、重要なことではない限りはっきりと記憶しないのが僕のポリシーでもある。それでも小熊の言葉は不思議と頭の片隅に残り、あるとき、ふいに思い出すことがある。


「その人物について、僕に話したことってある?」

 我ながら奇妙な質問である。だが僕と小熊の間では、このやりとりは日常茶飯事だった。


 そのたびに小熊は、例え僕が忘れていたとしても、嫌な顔一つせずに優しく教えてくれる。

「ない……かも。でも、引用したことはあるよ」

「それって、いつ?」

「ついさっき、かな」


 僕は思い出す。

 ――人生は一回しかないんだから、一人ひとりとの出逢いを大切にしましょう。

 そんな意味の言葉だったはず。


「人生とは出逢いであり、その招待は二度と繰り返されることはない……」

 小熊がつぶやいた、あの言葉。


「そう、正解!」

 先ほどまでのテンションとは打って変わって元気な声で、小熊は言う。


 そして。


 特にヒントのようなものは得られることもなく、この話題もまた、突然終わりを迎えることになる。幕が閉まり、場面は先へ進んでいく。


『最後は、黄道十二星座でもおなじみのてんびん座。おとめ座とさそり座の間にある少し暗い星で、しばしば夏の星座に分類されることもあります。ギリシャ神話の世界では、正義と天文の女神アストレアの、正義を計る天秤だと言われています』


 そして示し合わせたかのように同じタイミングで、春の星座についての説明も終わる。


 謎は一向に解けそうになく。


『続いて、夏の夜空を見てみましょう』


 暑い暑い夏が、始まる。

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