2.デートという名の勉強会
たまらず、僕は絶句する。
「何? 人を死神でも見るような目で見て……」
ざくろは顔を顰める。
元々気が強そうな印象の顔が、さらに怖みを増す。
「いや、だって……小熊は?」
「小熊ちゃん? 小熊ちゃんがどうかしたの?」
僕たちがざくろと出逢ったのは、大学に入学してからのことだ。
単位稼ぎにと、いかにも大学生らしい理由で受講した天文学の講義で隣の席になっただけという、どこにでもある平凡な出逢いである。
元々社交的な性格である小熊は、僕より数段早くざくろと仲良くなった。
見た目も性格も百八十度違う二人ではあるが、休日に二人で遊びに行く程度には仲が良い。
「だって僕は、さっきまで小熊と一緒に……」
そう言いかけて、思い出す。
僕は確か、ざくろとのデートでここにきていたはずだ。
水族館……水中プラネタリウムを観たいと言ったのは、他ならぬざくろなのだ。
「何? もしかして浮気? サイッテーね」
「そ……そんなんじゃなくて……」
フフフッ、と、悪戯そうに笑う。
時折見せるこういった一面も、ざくろの魅力を語るうえで欠かせない部分である。
「わかってるわよ。君と小熊ちゃんがそういう関係じゃないことぐらい、私が一番知ってるんだから」
一番はさすがに言い過ぎかもしれないが。それでも大学に入ってからの数ヵ月、ほぼ毎日三人で行動していたことは周知の事実である。
なお、どうやら付き合うことになった当初は小熊に対して嫉妬の念もあったらしい。
共に同じ時間を共有し、二人のことをよく知るうちにその感情はなくなっていったとのことである。
しかし、恋人との馴れ初めを語るということに対して未だに幾許かの恥ずかしさがあるように思う。
「ていうか、そろそろプラネタリウムの上映時間じゃない?」
「え? もうそんな時間?」
そう言って僕は左腕に巻いている銀色の時計に目を落とす。
確かに、上映予定時間まで残り十分を切っていた。
「…………」
さっきクリオネの水槽の前で確認したときは、まだ一時間以上余裕があったはずだったのだが……。
あれからどう多く見積もっても、まだ十五分くらいしか経っていないはずである。
「ほら、行くよ」
そう言ってざくろは、まるでランウェイを歩くモデルが如く、華麗にターンを決める。
僕たちは深海魚のコーナーを抜け、再びクリオネの水槽の前を通って、水族館の入り口付近にある、イベントホールへと踵を返す。
プラネタリウムの上映時間は、約二時間。
季節ごとの星座から、日本では見ることのできない南天の星座まで、全天八十八の星座を、順を追って解説してくれるそうだ。
ドーム型になったホールの中で、中央にある投射機を囲むようにして椅子が配置されている。
上を見ると、真っ暗なフィルターのようなものが一面に敷き詰められており、ここに映像を投射するのだろうということが推測できる。
普通の科学館と異なるのは、壁面が水槽になっていて、何匹もの魚たちが優雅に泳いでいるところだ。
「へえ……思ったより広いのね」
そう言いながらざくろは、辺りをキョロキョロと見回す。
夏休みの真ん中ということもあり、親子連れやカップル、老夫婦まで、既にたくさんの人が席を埋め尽くしていた。
僕とざくろは中央後方あたりの椅子に腰かける。
「絶対途中で眠くなる気がする……」
「もし寝たら、後で私がたっぷりレクチャーしてあげるから、覚悟しなさいよ」
別に僕は自由研究をしに来たわけではないのだが……。
これはデートという名の勉強会なのだろうか。
眠くなると言えば。
「夢を見たのかな」
珍しく僕から話を振ってみる。
ちなみに僕から彼女に話を振るときは、その後たいてい良いことがないというジンクスがある。
そんな怖さがありながらもこの話を切り出すのは、僕が気になっているこの件をどうしてもはっきりさせておく必要があったからだ。
「夢……というか、幻というか。そこらへん、なんて呼べば良いのかちょっとわかんないんだけど」
「ああ、さっき言ってた小熊ちゃんのこと?」
勘の良いざくろはすぐに気付いたようで、そんなふうに聞き返してくる。
「信じてもらえないかもしれないけど、間違えた、とかの類じゃないんだよ。なんていうか……すごく曖昧な言葉ばっかりなんだけど、人が入れ替わったみたいな。同じ日にそれぞれとデートに来てるっていう感じで……」
この現象を説明するのに、適切な言葉が見つからない。
僕とざくろの間に、しばしの沈黙が訪れる。
何か考えるような仕草をした後、ざくろはゆっくりと口を開いた。
「ねえ、りゅう。胡蝶の夢って知ってる?」
どこからか、小熊の声が聞こえた気がした。




