1.指導と信従/カロッサ
「人生とは出逢いであり、その招待は二度と繰り返されることはない……」
幼馴染である子之星小熊は、川魚たちが優雅に泳ぐ小さな水槽の前で、呟くようにそう言った。
「……?」
きっと今、世界が二次元だったなら、僕の頭の上には大きな疑問符が浮かんでいることだろう。
感嘆符がついていなかっただけ、まだ少しはマシだったのかもしれない。
疑問符の理由は二つ。
一つはいたって単純な疑問……なぜいきなり小熊が、そんな言葉を引用したのかということだ。
正直、小熊の引用癖(はたしてそんな癖があるのか)は、言うならば日常茶飯事であり、慣れっこではあった。
問題はその言葉の選び方のほうだ。
適切な場面に適切な言葉をくれるのが子之星小熊であるが、今僕たちが演じるこの場面に、さっきの言葉は果たして適切だったのだろうか。
そしてもう一つ。
本来なら感嘆符がつくのは、こちらの疑問である。
僕は今日確かに、僕の彼女、心星ざくろと共に、この水族館へやってきたはずだ。
なのに、僕の目の前に立っている人物はそんなざくろとはあまりにも対照的である人間……。
子之星小熊。
幼稚園から大学まで同じという、筋金入りの幼馴染みである。
「ねえ、龍! クリオネがいるよ! すっごい透明!」
小熊はそう言って、水槽を覗き込む。
その無邪気さは昔からまったく変わらない。
僕と小熊の付き合いは今年でもう十六年目になるが、小熊はずっと小熊のままだった。
ふと考える。僕自身はどうなのだろう。
昔と比べて、なにか変わったことがあるのだろうか。
「何をそんなに怖い顔してるの? なにか考えごと?」
「え、ああ……いや」
曖昧な返答をして、僕も水槽の中を覗く。
クリオネは、体がほとんど透明であり、不透明な部分は赤い内臓器官のみだ。
故の神秘さ……〝流氷の天使〟と言われる所以はそのあたりにあるのかも知れないが、正直僕はここまで見透かされたいとは思わない。
「なあ小熊、さっきの言葉ってどういう意味だ?」
気になったことは、即刻聞くのが僕のスタンスである。
急がば回らず、直滑降だ。
小熊は水槽から目を離し、僕のほうを向く。
「例えば八十歳まで生きるとするでしょ。一日に一人ずつ、新しい人と出逢ったとしても、三百六十五×八十で約三万。何億人っている世界の中で、たった三万人しか出逢うことができないんだよ。人生は一回しかないんだから、一人ひとりとの出逢いを大切にしましょう、ってこと!」
小熊は、流暢にそう答える。
まるで事前に答えを用意していたかのように。
「三万人……ねえ」
「そそ。でも裏を返せば、三万人もの人と出逢えちゃうってことなんだよ! すごいよね!」
「まあな……」
そんな会話をしながら、僕たちは次の水槽に向かう。
水中プラネタリウムの上映まではまだ時間があるので、もうしばらくは小熊の自由時間になりそうだ。
「なに? そんなこと真剣に考えてたの? 勉強家だねえ」
小熊は首を傾げて、不思議そうな表情を見せる。
「固いことばっかり考えてないで、ほら、次いくよ!」
そう言うと小熊は、次のエリアへと歩を進める。
駆け出した小熊の先には、今までとは打って変わって薄暗い部屋がある。
どうやら深海魚を展示しているコーナーらしい。
「……っ!!!!」
突然。
強烈な頭痛が、僕を襲う。
意識が遠のいていくような、何か不思議な感覚。
倒れることこそなかったものの、僕は頭を押さえ、その場に立ち止まる。
何ヶ月か前から、僕は度々この頭痛を経験している。
一度病院でも診てもらったこともあったが、特に異常はないとの診断結果であった。偏頭痛の類か、精神的ストレスからくるものだろうとのことであった。
「りゅう? 大丈夫か?」
「あ、ああ……少し眩暈が……?」
そう言いながら顔を上げる。そうして、絶句する。
そこに立っていたのは、2ヶ月前に死んだはずの僕の彼女、否……元彼女、心星ざくろだった。




