表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
還月ノ桜  作者: 神埜 澪
6/7

第六話:思い出せない人

郁桜が、昔からよく見る夢があります。

夏の夜、迷子になった幼い自分と──優しくて、でもどこか寂しげなお兄ちゃんの記憶。


名前も、声も、よくは思い出せないけど。

なぜかそのぬくもりだけは、ずっと心に残っているのです。



──ぱん、ぱん。


遠くで太鼓の音が鳴っていた。


提灯の明かりが揺れる夜の神社。

郁桜は屋台の金魚に夢中になるあまり、繋いでいたはずの手が離れてしまっていた。


「……おかあさん? ……りお?」


不安が胸を締めつける。

母がそばにいないだけじゃない。いつも一緒にいる“片割れ”の気配が…どこにもない。


周りには笑いさざめく人々の影。

郁桜はきょろきょろと辺りを見回しながら、人混みの中をふらふらと歩いていた。どれくらい、経っただろうか。

気づけば人の気配がない、ひっそりとした参道に迷い込んでいた。


「……ここ、どこ……?」

祭囃子もざわめきも、いつの間にか聞こえなくなっている。

蛙の声さえ、今はもうない。まるで音そのものが消えてしまったようだった。


「うぅ……おかあさ……りお……どこ……」

胸の奥に広がるのは、言葉にできない怖さ。

それでも、郁桜は小さな足で、母と片割れを探し続けた。


──そのとき。


「……だめ、こっちに来ちゃ……」


不意に声がした。

振り向くと、少し年上のお兄ちゃんが立っていた。優しそうな顔をしていたけれど、どこか苦しげにゆがんでいる。


「お兄ちゃん……どこか、いたいの?」


郁桜は涙を忘れて、心配そうに尋ねた。

すると彼は額の汗をぬぐい、首を横に振って微笑んだ。


「大丈夫だよ。お兄ちゃんはケガしてない。──でも、ここは危ない場所なんだ。だからここにいちゃいけない。……後ろ、見てごらん。」


郁桜は言われた通りに後ろを向いた。

遠くに、ほんの少しだけ光が差している。


「あの光が見える?」

「うん、見えるよ!」

「よかった。その光の先に、君の家族がいる。そこまで走れる?」

「走れるよ! でも……お兄ちゃんは?」

郁桜が不安そうに見上げると、お兄ちゃんは一瞬だけ目を見開いたが、すぐにやわらかく微笑んだ。


「大丈夫。用事が終わったら、ちゃんと帰るから」

その言葉に安心した郁桜は、うん、と頷き、くるりと踵を返して走り出そうとした。


──その瞬間。


ぞわり、と背中に悪寒が走った。


『……やっと見つけた。かぐやの魂……』

それは声というより、頭に直接響くような、禍々しい“音”だった。

黒い“手”のようなものが、どこからともなく郁桜へ伸びてくる。


──怖い。声が出ない。足が動かない。


「危ない!」

鋭い声が飛んだ、次の瞬間。


何かが郁桜を抱きしめた。

ぐいっと強く、けれどあたたかく。胸元に顔をうずめるようにして、その腕の中にすっぽりと包まれる。


「っ……うぅ!」

頭の上で、痛みに耐えるような低いうめき声。

郁桜がそろりと目を開けると、そこには顔をしかめたお兄ちゃんの姿があった。


背中に黒い影がまとわりついている。

けれど彼は、郁桜を胸にしっかりと抱きしめたまま、微笑んで言った。


「ぐっ……だ、大丈夫だから。怖くないよ。だから、目を閉じてて。」


震える声。けれど確かに優しい声。


郁桜はこくりと頷き、再び目を閉じた。

腕の中のぬくもりを頼りに、ただ祈るように、静かに身をゆだねた。

今回もお読みいただき、ありがとうございました!


幼い郁桜が見た“誰かに守られた記憶”──

それがただの夢なのか、それとも……という余韻を残しつつ、次回は再び現実へ戻ります。


少しずつ、郁桜の周りの空気が変わり始めてきます。

引き続き、楽しんでいただけたら嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ