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還月ノ桜  作者: 神埜 澪
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名もなき接触

桂陽高校での現地調査がスタート!

校内に広がる“異変”の正体を探る中、妃奈と司狼が出会ったのは──


魂の存在が異様に薄い、どこか浮世離れした少女でした。


小さな“接触”が、物語を動かしはじめます。


「……ひとまず、キーパーソンのところへ行ってみる? もうすぐお昼休みだし」


妃奈の提案に、司狼も頷いた。

この事件に関係があるかどうかはともかく、自分の異常に自覚があるという彼女の証言は、確かめる価値がある。


「一年B組の今の時間は……体育だな」

「ってことはグラウンドね。さっき廊下から見えたわ。この時間、他クラスの授業とは被ってなさそうだし、間違いないと思う」

「……ああ、ちょうどいいな」

久佐木校長から受け取った校内地図と時間割をざっと確認し、二人はグラウンドを目指す。


「うーん……しまったわね。皇郁桜ちゃんの外見、聞きそびれちゃった」


妃奈は言いながら、グラウンドに視線を投げた。

サッカーの授業が行われているようで、何人もの女生徒がボールを追って走り回っている。

ユニフォーム姿に髪をまとめた子もいれば、日差しを避けるために帽子を被っている子もいて、誰が誰だかすぐには判別がつかない。

妃奈はしばらく目を凝らしていたが、やがて諦めたように小さく息を吐き、肩をすくめた。

とはいえ、むやみに近づくわけにもいかない。どう動くべきか判断を迷いながら、司狼に目を向けた。


「……確か、武道場の裏手にある桜の木を見ていたって話だったよな?」

視界の端に映る建物を顎で示しながら、司狼が言う。


「――あぁ、そうね。とりあえずその桜の木、見に行ってみましょうか」

妃奈が頷き、歩き出した――その矢先だった。


校庭の一角から、ざわめきが広がる。

遠くで誰かが叫ぶ声。駆け出す足音。


「……?」

司狼が振り返ろうとした瞬間、背筋を冷たい何かが這い上がる。

空気の一部が、突如として異質なものに変わったような、そんな感覚。


妃奈も足を止め、隣を見やる。

その感覚は、すぐに霧のように消えていった。まるで、最初から何もなかったかのように。


「今の、感じた?」

「……ああ。でもすぐに掻き消えた。……なんだったんだ、今のは」

妃奈も困惑気味に首を振る。だが、遠くから眺めているだけでは何も分からない。

二人は確かめるように、ざわめきのほうへと歩き出した。


部外者が近づいても、司狼たちの存在に気づく者はいない。

それだけ状況が切迫しており、目の前の混乱に全神経を向けているのだろう。


やや距離を取りつつ様子を窺っていると、生徒のひとりが養護教諭らしき白衣の女性を連れて駆け戻ってきた。

その後ろには、担架を運ぶ男子生徒が二人。


「……誰か倒れたみたいね」

「女子生徒、か」


「……あぁ、この子ね。え? ボールに軽く当たっただけ? ……なるほど、じゃあ、いつもの発作かしら。大丈夫よ」

養護教諭は他生徒から話を聞きながら、倒れた少女を冷静に観察している。

そして周囲が騒ぐ中、落ち着いた口調で言った。


「ひとまず保健室で休ませるから、担架に乗せてくれる?」

その声音も、動作も実に手慣れていた。まるで、この場面が日常の一部かのように。


「関係あると思うか?」

司狼が訊ねると、妃奈は首を横に振った。


「ここからじゃ、倒れた子が見えないわ」

「……あぁ、お前チビだもんな」


バキ。


膝裏に鋭い衝撃が走り、司狼が呻き声を漏らす。

妃奈はそれを意に介さず、視線を群衆に向けた。


「ちょっと、見てくる」

そう言い残し、そっと人波へと歩み寄る。

生徒たちの隙間から覗き込んだ先に、蒼白な顔色で地面に倒れている女生徒の姿があった。


(あの子ね……青みがかった髪がすごく綺麗……)

一瞬、見惚れかけたその時――妃奈の目が、ぴたりと止まった。


(……え?)


息が詰まる。


(――この子、本当に……人間、なの?)

妃奈は自分の目を疑った。

それほどまでに、彼女の存在は“日常”にそぐわなかった。


「どうだ?」

遅れて追いついた司狼の声に、妃奈は返事もせず、がしっと彼の腕を掴む。

そのまま人目を避けるように場所を移した。


「……あの子、魂がすごく希薄よ。生きてるのが不思議なくらい」

「……どういうことだ?」

「魂の核が、ほとんど見えないの。浄化しかけの浮遊霊より薄い」


司狼は目を細めた。

そこらの霊魂だって意識しないと見えないのに、それより薄いなど、もはや存在すら怪しい。


「……なんで生きてるんだ?」

「わっかんないわよ! ……でも――」


妃奈はふと目を伏せ、小さく呟いた。


「……あの子の魂、二つあったわ。重なるように……護るように」

司狼は黙ったまま考え込む。そして静かに、言葉を繰り返した。


「……護るように、か」

その声には、緊張と警戒がにじんでいる。


「つまり、もうひとつの魂が……あの子を生かしてる?」

「かもしれない。どちらか片方が欠けたら……もう立っていられないかも」

妃奈は腕を組み、遠くを見やった。どこか心配そうな瞳で。


「ねえ、司狼。仮に、魂の片方が別の存在だったとしたら……たとえば、死者のものだったとしたら……」

「……成仏できずに、あの子に宿ってる?」

「そう。普通ならありえない。でも、あの子の中には――すごく強い“絆”が感じられたの。理屈じゃない、感情の重なりみたいな……」

司狼は口を引き結び、風に流れるようなため息を落とした。


「……だったら、あの子はただの“人間”じゃないかもしれないな」

そして眉をひそめながら、ぽつりと続ける。


「……そういえば、さっきまで漂ってた“月鬼”の気配……今はまったく感じない」

「……ほんとだ」

妃奈も同じように顔を上げ、空気を探るように目を細める。

気配は、霧が晴れたように跡形もなく消えていた。


「………」

「………」

視線を交わしたあと、二人はそっとグラウンドを見やる。


騒ぎの中心では、養護教諭が手際よく少女を担架に乗せ、保健室へと連れていこうとしていた。


妃奈は口元をわずかに引き締め、短く言う。


「……行きましょ。私たちの出番よ」


司狼が頷く。

二人は人波の中へと、静かに足を踏み出した。

今回も読んでくださってありがとうございます!


現地調査が始まって早々、ちょっと不思議な子と出会った妃奈と司狼。

あの子の正体はまだ謎ですが、“魂が二つ”という言葉が鍵になっていきそうです。


次回は郁桜の夢──つまり前世の記憶に触れるエピソードになります。

少し切なくて、ちょっと不穏で、でもとても大切なお話。よければそちらもぜひ!


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