表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
還月ノ桜  作者: 神埜 澪
4/7

第3話:桂陽高校での異変(後編)

※このお話は、和風異能×学園×神秘事件をテーマにしたファンタジーです。


全寮制の異能学園「桜嶺学園」で巻き起こる、不可解な“精神異常事件”。

調査にあたるのは、冷静沈着な生徒会副会長・司狼と、その相棒である癒し系異能少女・妃奈。


無自覚のまま“異常”に呑まれていく女生徒たち――。

その影には、かつての記憶と、封じられた“桜”の記憶が絡み合っていた……。


少しずつ世界の裏側が顔を出す序章編、ぜひごゆっくりお楽しみください。


「……さて、この校内で奇怪な現象が起きているとのことでしたが、どのような内容ですか?」

まだお茶も出ていないタイミングで本題に入られ、久佐木校長はやや驚いた様子を見せる。だが、咳払い一つで態勢を整えると、言いにくそうに口を開いた。


「実は……先月あたりからでしょうか。精神的に異常をきたす生徒が増えておりまして」

「精神的に異常、というのは?」

司狼の問いに、校長は眉間に皺を寄せ、困ったように唸りながらも、慎重に言葉を選んだ様子でゆっくりと口を開いた。


「……なんというか……焦点の合わない目で、校内をあてもなく彷徨い歩くんです。それに、ずっと何かを呟いていて……。声が小さすぎて、何を言っているのかは聞き取れません。ただ……こう言っては語弊がありますが、薬物中毒者のような…異様さがあるんです。」

「……確認ですが、それらの生徒に薬物反応は出ていないのですね?」

静かながらも鋭い声音で問う司狼に、校長の表情がわずかに強張った。

その直後、脇腹を肘でつつかれる感覚がする。どうやら妃奈からの“言い方に配慮しろ”という無言の抗議らしい。

司狼はちらりと妃奈を見やり、わざとらしい咳払いを小さくした。


「……無遠慮な物言いをしたことは謝罪します。ですが、事実確認は欠かせません。薬物が原因であれば、我々の関与は適切ではなくなりますから。」

ぐうの音も出ない正論に、校長はひとつ息をついて、やや沈んだ声で応じた。


「……ええ、一通りの検査は行いました。医師の所見でも、薬物による症状ではないという結論でした。ただ、それなら何なのかという問いには、誰も答えられないのです……」

「なるほど。それで、異常な行動をしていた生徒たちは、今も入院中ですか?」

司狼の問いに、校長は力なく首を横に振った。


「いえ……生徒たちの異常行動は、いずれも長くて二、三日程度。その後は何事もなかったかのように元通りです。むしろ、本人たちには“自分が異常な行動をしていた”という自覚すらないようで……」

「記憶にも残っていない、と。」

司狼が短く呟き、隣の妃奈と視線を交わす。妃奈は小さく頷き、口を開いた。


「その生徒さんたちに、何か共通点はありませんか?例えば……同じ部活に所属しているとか、特定の場所に出入りしていたとか」

「うーん……強いて言うなら、全員“女生徒”だったことくらいでしょうか。」

最初は偶然かと思ったのですが、と校長は眉をひそめ、どこか居心地悪そうに目を伏せる。

妃奈がさらに質問を重ねる。


「ちなみに、被害に遭った生徒さんは何人いらっしゃるんですか?」

「……十五人です」

一瞬、空気が張り詰めた。

その数の多さに、司狼と妃奈は思わず顔を見合わせる。


「……一ヶ月足らずで十五人。しかも、全員女生徒……」

小声で呟いた妃奈の声に、司狼が低く応じる。

「偶然で済ませるには、多すぎるな」

妃奈に続く形で呟くと、司狼は小さく呼吸を整え、姿勢を正して改めて校長と向き合った。


「お話、よく分かりました。ご依頼内容としましては、この奇怪な現象の原因を突き止め、現象を収めるという認識でお間違いないですか?」

「そうですね。……いえ、最悪、現象を収められなくても構いません。最低限、原因と対策案をいただきたい。」

「承知いたしました。それでは、これより調査に入りたいと思うのですが、構いませんか?」

「構いませんが……授業中の教室の調査は放課後にお願いしたい。その他は、好きに見てもらって構いませんので。」

校長がそう言って立ち上がると、応接室に静寂が降りた。時計の秒針が微かに響き、午後の日差しが窓辺に柔らかな影を落とす。


司狼たちも席を立ち、扉に手をかけたときだった。


「……最初に異変が生じた生徒は、花が好きな子でしてね。」

思いがけず漏れた呟きに、司狼たちは足を止める。振り返ると、校長はどこか遠い目をしていた。

「今はもう使われてないのですが、武道場がありましてね。その裏手にある桜を、よく眺めていました。……春先には、まるでそこだけ時間が緩んだような穏やかな空気が漂っていたものです。彼女は、よくそこで立ち止まっていました。」

ふっと笑みを浮かべる。その笑みには、懐かしさと、わずかな自嘲が滲んでいた。


「……ああ、そういえば」

「何か思い出されましたか?」

妃奈が問いかけると、校長は小さくうなずいた。


「この件に関係があるかは分かりませんが――彼女だけ、異変の様子が違うのです」

「違う……?」

「彼女は、“眠る”のです。……ふっと意識を手放すように、場所も時間も選ばずに。けれど、本人はそれを自覚していて……だから、少しおかしいなと、思いましてね。」

校長の声に、迷いと戸惑いが混ざる。


「……もしかしたら、彼女はこの件とは無関係なのかもしれません。」

「その生徒の名前を、お聞きしても?」

「ええ。今年入学した、皇 郁桜(すめらぎ いお)さん。珍しい名字でしたので覚えています。クラスは……たしか、B組だったかと。」

「貴重な情報、ありがとうございます。それでは、我々はこれで。」


再び扉に手をかけたその時、背中に声が届く。


「……わが校の生徒達のことを、どうか、よろしくお願いします。」

振り返ると、校長が深く頭を下げていた。妃奈が小さく声を上げる。


「……あ、あの?」

「本来なら、守られるべきあなたたちに助けを求めるのは……教師として、情けない話です。ですが私は、ここの生徒を守る責任がある。どうか――力を貸してください。」

その言葉に、司狼は一瞬まぶたを閉じてから静かにうなずいた。


「力の限り、全力を尽くします。」

一礼して応接室を後にする。廊下に出ると、桜嶺とは違う無機質な空間に、賑やかな喧騒が満ちていた。司狼は人混みが苦手なはずなのに、その雑多さにふと安堵を覚える。


だが、その温度の裏には、確かに“何か”が潜んでるのは確かだ。

皮膚が覚える不穏さは、校門をくぐった時から、消えていないのだから――ー。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


今回は事件の発端となる“異常現象”の概要と、それを調査する司狼と妃奈の導入部分を描きました。


物語は少しずつ学園の“裏側”に触れていきます。

次回は、事件の鍵を握る少女・郁桜いおと、学園に封じられた“何か”が動き始める予定です。


感想・評価などいただけたら励みになります。

それでは、次回の更新でお会いしましょう!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ