6.妖女、後宮に入る
一夫多妻制の瑶華国では、王妃に宮殿、王子にはそれより少し小ぢんまりとした宮が与えられている。
第四王子の颯秀に与えられているのは瑠璃の宮。その一室で、玲明はひとまず颯秀の情報を半紙に書いて整理していた。
颯秀は、現在18歳。母親は第二妃、名門貴族である琉家の長姫で、その血筋は申し分ない。また、心身ともに健康である。
それ以外に、王子の資質はない。王子となれば、時に兵を率い、戦争に身を投じることもある。第一王子、第五王子は武勲を立てているが、颯秀にその記録はない。
また、幼少期には家庭教師から匙を投げられている。勉強となると度々逃亡を図り、ろくに机に向かおうとしなかったことが原因らしい。結果、弟である第五王子にも敵わぬ浅学っぷり。見かねた陛下が、現官吏指折りの才人と名高い瑛柊青を側近につけ、頭脳代わりにしている。玲明を訪ねてきたときに連れていた怪しげな侍従が彼だ。
ということで、颯秀は血筋・側近に非常に恵まれているものの、本人は全く何の才にも恵まれなかったとんだぼんくらである。
……なんて結論まで書くわけにはいかず、玲明は客観的な情報だけをじろじろと眺めた。第二王子は血筋に難あり、第三王子は身体に難あり、となれば第四王子が次の王にふさわしかったはずだというのに。陛下も、第四王子がここまでの無能だと分かってさぞがっかりしたことだろう。
「本当に……まさしく天は二物を与えずといわんばかりね」
「玲明様、ちょっと関係ないお話ですけれど、これくらいは颯秀殿下に直接おうかがいすればいいのではないですか?」
「何言ってるの、桂華」
玲明はキッと眦を鋭く上げた。
「殿下に頼ったって要領を得ない返事がくるだけよ。第四王子のぼんくらっぷりが噂どおりどころか噂より酷いのはこの数日でよく分かったでしょ!」
そう、颯秀は間違いなく噂にたがわぬぼんくらだった。
まず昼まで起きてこない。他の王子達は朝から家庭教師のもとで政治だの歴史だのの王としての資質を磨くのに忙しいというのに、颯秀は昼までぐーすか寝ている。
次に、昼まで寝ている理由が夜中の賭博にある。玲明がクビになった酒場に出入りしていること自体、身分不相応に過ぎておかしいとは思ってはいた。が、そんなところに入り浸っているどころか、その酒場に来るような平民と夜な夜な賭博に興じているというのである。なんなら衛兵ともそうして遊んでいるらしい。そして平民や門番のように王族の顔を見たことのない者達からは「どっかの商家のボンボン」と認識されている(ちゃっかり髪は隠して出掛けている)。王子にあるまじき品の無さだ。
そして、なんと第四王子妃(本物)は田舎の村に住んでいる平民も平民の娘らしい。王子たるもの、それなりの貴族の姫を妃にするべきではないか──とまでは言わないが、馴れ初めにはずっこけた。外遊中に一目惚れした遊女だそうだ。つまり、颯秀は遊び人でもある。
ただ同時に、玲明が身代わりに選ばれた理由には納得がいった。本物の妃がそんな身分であるのは周知の事実なので、下手に貴族然とした礼儀作法を身に着けていると怪しかったのだ。
玲明は行儀悪く頬杖をつき、「大体ねえ」と颯秀の愚痴を続ける。
「あの殿下、昼間にふらっと気まぐれに来ては睦言を囁いていくじゃない。あれやめてほしいわよね。鳥肌が立つわ」
「あら、私は羨ましいですけれど」
「なにがどう!」
「だって颯秀殿下、今まで出会った中で間違いなく一番お顔の良い方ですよ?」
「……で?」
とんでもない温度差があったが、桂華はめげずに「で、じゃありません!」と食らいつく。
「あんなにお顔の良い男性に迫られるなんて、今までの暮らしでは到底有り得なかったことですよ! ぼんくらといえどあの美貌! そして王子という身分! 最高の相手じゃありませんか!」
「桂華、私が身代わりだってことを忘れてない?」
「忘れてはおりません。ただ、この時を楽しんでも天罰が下ることはないでしょうというお話です」
「……天罰ね」
玲明はなんともいえない表情で肩を竦めた。
「そもそも、私が颯秀殿下の話に乗っかったのはお姉様の汚名を雪ぐためよ。颯秀殿下に現を抜かしている暇なんてないわ」
「どうせ颯秀殿下の相手をしているときは何もできないんですから。その間はお楽しみになればいいのにってお話してるんですよ」
「そういう器用な真似ができたらもっといいところで働いてたわよ」
ふんっ、と行儀悪く鼻をならした玲明だった、が。
「こんにちは、玲明」
突然聞こえた声に、ギョッとして筆を落としそうになった。慌てて半紙と共に片付け、勢いよく抽斗を閉じた後、すっくと立ちあがった。