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4.妖女、王子に会う

 瑶華ようか国の王族は、かつて“祝福”を受けた名残で、国で唯一、金髪碧眼を持つ。玲明が彼を王族と判断できた理由はそれだ。彼がフードを取ったのも、名乗るより見せるが早いと判断したからだろう。


 だが、王族がこんなところに何を? 燈家の生き残りを抹殺したいのだとしても、そんなことは兵にやらせれば話は済む。


 訝しむ玲明達の前で、青年は優しい笑みを浮かべた。


「初めまして。ヨウ颯秀ソウシュウです」


 桂華は息を呑んだ。瑶颯秀──“瑶”は正真正銘、現王族しか名乗ることのできない姓であるし、何より……。


「……颯秀、殿下……?」


 第四王子の名前だ。さすがの玲明も顎が外れそうなほど口を開けて唖然としてしまった。


「ええ、知っていただいているなんて光栄です」


馬鹿にしているのかこの王子。緩い笑みを崩さないままの颯秀に、玲明は冷たい目を向けそうになった。どこに第四王子の名前を知らない民がいるというのだ。


「ちょっとお願いしたいことがあるんですが、入れていただけませんか? 悪いお話ではありませんから」


 王族にしてはずいぶんのんびりしているというか、腰が低いというか……。彼が本当に第四王子なのか、あまりにも突飛な訪問すぎて疑わしいものの、王族をかたるなど五本の指には入る不敬。人目のないところとはいえそんな度胸のあることをする人間がいるとは思えない。


 何より、第四王子については非常に有名な話がある──「ココがてんで駄目」。


 そう、第四王子は、王子として必要な資質を全て兼ね備えている、が、致命的に頭が悪いともっぱらの噂だった。


 玲明の目の前にいる自称王子はへらっと締まりのない笑みを浮かべているし、自分の知名度を認識していないのは愚鈍ぐどんとしか言いようがないし、しかも第四王子なんてご身分なのに連れている侍従はただ一人だけと危機感もへったくれもない。王子というものが一体何なのか微塵みじんも理解していないとしか思えないその言動は、ある意味噂の“ぼんくら第四王子”のとおりだった。


「……お話だけであれば」


 そしてそんな相手なら不敬と叩き斬られることもあるまい。玲明はそう即断し、対応に困っている桂華に構わず、ただの客人を招き入れるような態度で颯秀とその侍従らしき男が家に入るのを許可した。


 二人が机につくのを横目に、玲明はひっそりと桂華に囁く。


「……あれ、どう思う? 本物の颯秀殿下?」

「だと思いますよ。だって見ました、玲明様? あの金髪碧眼……」

「分かってるわよ、金髪と碧眼だけは染料でどうにかなるものじゃないもの」


 桂華はちらと二人組を振り向き、玲明は茶器を出す準備をしながらと肩を竦める。


「ということは本物なんでしょうけど……こんなところに来るなんて妙だし、別に気を遣う必要はなさそうね」

「なにを仰るんですか、玲明様!」


 一国の王子を相手にするとは思えない態度に、桂華は悲鳴でも上げそうな勢いで叱りつける。


颯秀ソウシュウ殿下ですよ!? いくらぼんくらの噂があったって、第四王子殿下は第四王子殿下。お願いというのが何か検討もつきませんが、第四王子からのお願いとなれば謝礼は弾まれるに違いありません! いいえ、弾まれずともガッポリ搾り取れるはずです! 殿下の機嫌を損ねず上手く話を運ぶべきですよ!」

「あなたさっき、お金に反応するような浅ましい者になってはおしまいですって言ってたじゃないの」


 まさしく、金の匂いにがめつく反応したとしか思えないのだが? 玲明は桂華に白い目を向けたが「それはそれ、これはこれです」と知らん顔だ。


 玲明はお茶を出し、自称・第四王子をもう一度真正面から見つめる。何も警戒していなさそうに、のんびりとした顔つきで、迷わず茶器に口をつけた。こんなどこの誰が住んでいるともわからない小屋を訪ねてきた挙句出されたお茶を毒見もさせずに飲むなんて、噂以上のぼんくらだ。侍従達はさぞかし苦労しているに違いない。


 そのぼんくら第四王子のお願いごととは一体何なのか……。机についた玲明は、改めてじろじろと颯秀の顔を眺めた。


 高貴な人間は顔も高貴なのか、その金髪碧眼によく似合う整った顔をしている。その柳眉といい、鼻梁といい、これが平民だとしたら身分に似合わぬほど凛々しい顔つきだ。しかしそれに不釣り合いなほどに、へらっとした笑みに締まりがない。笑わないほうがいいんじゃないですかと助言してあげたくなるほど、凛々しい顔つきににつかわない愛想笑いだった。


「すみませんね、自分で言うのもなんですが、急に第四王子なんて名乗るものが来てびっくりさせてしまいましたよね」


 本当に自分で言うなという話だ。そう口にしたかったが、背後に控える桂華からは「丁寧に対応してください」と圧をかけられている気がしたので言葉を呑み込んだ。


「いえ、とんでもございません」


 で、一体何の用ですか? ──そう尋ねたかったが、やはり背後に控える桂華からは無言の圧を感じる。突然やってきた王子から用件を聞きだしたいのは仕方がないが、話を急かして下に見られるより相手が本題を口にするのを待ちましょう──と。


 じっと待っていると、颯秀は「今回来たのは仕事の依頼のためでして」と意外にもすぐに用件を切り出した。


 しかも仕事の依頼、ついさきほど働き口を失った玲明には渡りに船で、つい身を乗り出す。


「仕事ですか? どこでしょう? 大体のことは何でもやります、意外と力仕事もどんとこいです。しかしなぜ私に……」

「私はたまに城下の酒場に出入りするんですが、先刻、君が客に酒をかけたのを見ていまして」


 ヒクッ……と玲明の頬が引きつる。まさか、見られていたとは。


「それは……大変お恥ずかしい……」

「もともとあの酒場で誰かを探そうと思っていたのですが、自分の倍はあろうかという男に酒をかける度胸、のみならず皮肉を口にする機転、これは丁度いいと思いまして」


 ……これは褒めてるのか? 玲明はまだ動揺したまま胡乱な目を向けてしまいそうになった。しかし颯秀はニコニコと愛想よく微笑んでいるままなので、きっとぼんくらなりに誉め言葉を選んだつもりなのだろう。


 ただ、気になるのは「あの酒場で人を選ぶつもりでいた」という点だ。玲明が働いていたあの酒場は、品で言えば中の下だ。右を向いても左を向いても怪しい者ばかりとは言わないが、それなりにワケアリの者も存在する。玲明がまさしくそれだ。つまり、「あの酒場で人を選ぶ」ということは、そういう怪しい娘を探している、ということに違いない。


「身代わりを探しているんです」

「……身代わり?」


 予想外の言葉に、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になってしまった。しかし颯秀は笑みを崩さない。


「春に宗瑶そうようきゅうで式典があるのはご存知ですよね? 王族は妃を連れて式典に列席しなければならないのですが、生憎と私はまだ婚姻しておらず、婚約者がいるに過ぎません。ただ、彼女は少し離れたところからやってくることになってまして」


 颯秀の説明はこうだった。


 王家は、王子の段階で将来の妃となる者を一人決めるのが習わしで、それは颯秀も例外ではない。その将来の第四王子妃に内定している姫は、式典のために王都へと移動中だ。しかし、現時点で三番目の王位継承権を持つ第四王子妃という座は、どこの貴族も喉から手が出るほど欲しいもの。そのため、遠路はるばるの移動中は恰好の的となってしまう。


 だったら、第四王子妃は既に宮殿内にいることにしてしまえばいい。そうすれば狙われるのは“宮殿にいる第四王子妃”だけであって、移動中の“本物の第四王子妃”が危険に晒されることはない。


 それを聞かされた玲明はじっと考え込んだ。要は、その春の式典までの間、第四王子妃のふりをしていればいいだけの簡単なお仕事だ。


「……一点気になるのですが」

「なんでしょう」

「……なぜ、素性も知らない私を?」


 なぜあの酒場での人選だったのか──当初から払拭されることのないその疑念に対し、颯秀はにっこりと笑みを作ってみせた。


「だって、貴族の姫が身代わりに毒殺でもされましたら、体裁が悪いでしょう。どこの誰とも分からないから、身代わりにできるんじゃあないですか」


 ……人を人とも思わぬその返答。ぼんくらである上にろくに他人を思いやれないとは、噂以上にとんでもないクソ王子らしい。


「私がお頼みしたい仕事の内容は以上です。受けていただけますか?」


 そんなぼんくら第四王子の身代わり契約妃、しかも命の危険アリ。


 王子の契約妃をしていればいいなんて、酒場で働いてたまに酒をぶっかけられるよりよっぽどいいし、そもそも今の玲明は仕事が欲しい。このまま仕事が見つからなければ、どこの狒々(ひひ)とも雄牛とも分からぬ男に体でも売らなければならなかったかもしれないと考えれば神の救いと言っても過言ではないかもしれない。


 しかし、どうやら颯秀は噂以上のぼんくらでしかもクソ野郎だ。その上で仕事の内容を考えると、魅力的などとはとても言い難い。


「ああ、すみません、一番大事なことを言い忘れていました。契約期間は春までの二月ふたつき、報酬は金三百両でいかがでしょう」


 だが、しかし。


「お受けいたします」


 毅然とした態度で即答した玲明に、背後の桂華は息を呑む。その裏腹に、颯秀は妙な笑い方をした。


「では、もう少し詳しいお話をしましょうか」


 まるでそう答えることが分かっていたかのような、あたかも玲明を頷かせることが計画通りであるかのような、そんな深みのある笑みだった。

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