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14.妖女、賭けを聞く

 しかも相手は侍女達らしく、そう話すときの遊鈴は侍女を振り返っていた。


「母君は、隣国王家の血も引いていらっしゃる第五妃。鋼駕殿下ご自身も金髪碧眼も受け継いでいらっしゃるし、一番戦績がいい。むしろ鋼駕殿下以外に張る理由がないわ」

「光栄ですわ、遊鈴様」


 芙楊が誇らしげかつ当然のように頷く隣で、玲明はいささか呆れた顔を遊鈴に向ける。さっぱりした性格の遊鈴らしい遊びではあるものの……。


「そうですよね……晃辰(コウシン)様は少しお体の具合が良くありませんし……」


 はあ……と藍恋が深い溜息を吐く。


「……祈祷のために正教会からも神官を呼んでいると聞きましたけれど、そんなに悪いんですか?」

「そっか、玲明様はまだ宮殿にいらして日が浅いですものね」


 その溜息はさらに深くなった。茶器を傾けながら、藍恋は眉を八の字にして目を伏せる。


「少し前までは体調の良い日もあったのですけれど、最近はすっかり……。そのせいで第四妃様も気難しい日が増えて……」

「藍恋は気負い過ぎなのよ。腕利きの神官が来ているのでしょう? きっと良くなるわよ」

「でも遊鈴様も晃辰様には賭けてくださらないんでしょう?」

「さすがに鋼駕殿下が強すぎるんですもの。でも颯秀殿下よりは上よ」


 出た、朝は寝こけて昼は玲明に甘い言葉を囁きながら散歩し、夜は賭場か酒場に出掛けるぼんくら王子。


 ただ、自分の夫を悪く言うわけにはいかない。玲明は「そんな、どうしてでしょう?」と猫を被って小首を傾げてみせる。


「悪い方ではありませんよ、颯秀様は」

「悪くないだけじゃ王は務まらないじゃない? でも本当にそうね、颯秀殿下は良い方よ。それは私もそう思うわ」


 そう言う遊鈴こそいい人に違いない、と玲明は心の中で温かい目を向けてしまった。芙楊が既に王妃のように目をぎらつかせているのとは裏腹に、自身の夫の尻を叩きつつ王位継承権は賭けの対象にして楽しむことにしているのだから。藍恋に対する配慮は少々足りないようだが。


「金髪碧眼も受け継いでいらっしゃるし。ただ……、ちょっと、ねえ……?」

「ええ、私も颯秀殿下が王になられるのは少々不安がございますわ」


 遊鈴の視線を受け、芙楊が深く頷く。そういう態度もまるで王妃である。


「玲明様がいらっしゃる少し前、隣国から使者がありまして。鏡の間でおもてなししたのですけれど、颯秀殿下は外国語を喋ることができず」


 ああ……。玲明は遠い目をしてしまった。幼い頃から机を見る前に回れ右していたらしい颯秀、当然外国語など喋れるはずもない。一方で、王子となれば2、3ヶ国語は喋ることができて当たり前であるし、隣国の公用語くらいは心得ておくべきだ。


「結局柊青様が全て通訳なさっていたわね」

「そうよねえ。途中で柔悟様と退出した私が言うのもなんだけれど、柊青様に任せきりのあの態度には呆れたわ」

「でも、きっと颯秀殿下は能ある鷹というものだと思っておりますわ」


 酷評が続く中、藍恋がそっと頷いてみせる。


「他国から使者がいらっしゃるとなれば王子とはいえ緊張するものですけれど、颯秀殿下は堂々と構えていらっしゃいました。あれは隠しきれぬ王子の品格というべきですわ」

「いや……どうなんでしょうね……?」


 玲明の頭には「今日の夕餉には何を食べようか……」と呟きながら椅子に座り込んでいるときの颯秀の姿が浮かんだ。きっと何も考えていないときの態度だ。


「それに、柊青様は若手随一と名高い才人ですし。陛下が柊青様を颯秀殿下に仕えさせているのは、きっと颯秀殿下の才を見抜いてのことだと思いますわ」


 まるで藍恋のほうが颯秀殿下の妻だ。少し目を輝かせて語る藍恋の隣で、玲明はそっと視線を泳がせる。肝心の柊青は「多分幼馴染だからです」と話していたが、藍恋の純粋な期待を否定しないことにしておこう。


「じゃ、藍恋は颯秀殿下に張ってるの?」

「とんでもないです、私は晃辰様一筋ですから。ただ、そうですね……」


 ズズ、とお茶を啜る玲明の隣で、藍恋はそっと頬を赤らめた。


「もし颯秀殿下が望まれましたら、玲明様の次の妃にしていただくのもやぶさかではございませんわ」

「ぶっ」


 そのお茶を吹き出しそうになり、盛大にむせ返る。ゴホゴホと王子妃にあるまじき品のない咳き込み方をしながら「え、次の、ですか?」と藍恋を見る羽目になった。


「ええ。だって、颯秀殿下はとっても綺麗なお顔をしていらっしゃいますでしょう? あのお顔で睦言を囁かれたら、私、高揚のあまり気を失ってしまうんじゃないかしら」


 毎日毎日睦言を囁かれるとぶん殴りたくなるくらいには気持ちが荒れ(たかぶ)る顔だとは言えなかった。


「藍恋ったら、もう晃辰殿下が亡くなられたかのような口ぶりね。よくないわよ、いくら政略結婚だからって」

「違いますわ! もしものお話ですし、一方に不幸があった際、残る兄弟に嫁ぐことは珍しいことではないじゃありませんか」

「そうなの?」

「それはそうよ。藍恋様のいうとおり」


 玲明と遊鈴が揃って目を丸くすると、代わりに芙楊が頷いた。


「王子妃だもの、それなりの家の娘ばかりなのだから、王子が亡くなったからって放り出すのはもったいないわ。確か先王陛下の第二妃は即位前に亡くなった弟君の妃だったはずよ」

「へえ……」


 その手の裏事情はさっぱり縁がないので知らなかった。しかし、考えてみれば王子と王子妃など政略結婚以外ない。それにも関わらず公爵の地位ももらえぬままに王子が亡くなったとなれば、そこに嫁がせる予定だった娘を別の王子に宛がうのはごく自然なことだった。


「ね、それより玲明様、貴女、もしかして貴族出身ではないの?」

「え? ええ、まあ……」


 不意に遊鈴が身を乗り出し、玲明は少し面食らった。それとは裏腹に、遊鈴は「そうだったの!」と嬉しそうに両手を合わせる。


「颯秀殿下が外遊中に一目惚れしたって聞いてたから、そうじゃないかとは思っていたの! 私の母もそうなの、もともとは踊り子なのよ。一応父は貴族だけれど、そう大したものではないし。というか私と柔悟様も城下で知り合っただけで政略もなにもないし。だから私、正直庶民的な暮らしのほうが性にあってるのよね」

「なるほど、どおりで……」


 (コク)家の名に覚えはなかったし、遊鈴のさっぱりとした性格は貴族らしくないと思っていた。きっと母親の影響なのだろう。それでもって政略結婚でもないとくれば家からの余計なプレッシャーもなく、のびのびして見えるのも納得だ。


「お菓子作りは好き? お料理は? 今度|銀朱の(うち)にも遊びに来てよ。うちの侍女はみんな気さくだし、貴女のこともきっと歓迎してくれるわ。あと私のことは遊鈴でいいわよ」

「あ、ありがとう遊鈴……助かるわ、まだ宮殿に来たばかりで慣れないところも多くて」


 その様子を、芙楊は少しつまらなさそうに見ていた。お茶を飲みながら、じろじろと玲明の頭のてっぺんからつま先までを観察する。


 ただ、この空気の中でわざわざ玲明を馬鹿にするほど切羽詰まってはいない。むしろぼんくら颯秀王子の妃など相手にしない余裕がある。


「来たばかりってことは、玲明様、貴女まだ白水(はくすい)の宮には行っていないんじゃない?」


 途端、空気が凍った。

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