13.妖女、饅頭を食う
そのお茶会は、芙楊が与えられている薔薇の宮の庭で開かれていた。玲明が向かうと、そこには既に他の王子妃が集まっていた。
「玲明様だっけ? お久しぶりね」
最初に玲明に声をかけたのは、第二王子妃の黒遊鈴。黒く豊かな髪と同じく真っ黒な瞳に褐色の肌、そして大きな唇という情熱的な雰囲気のある女性だ。少し黄みがかった真っ赤な衣装を着ていて、芙楊と真逆の嫌味のない喋り方によく似合っていた。
「……ええと、颯秀殿下の、ご夫人ですよね……」
さらに対照的にボソボソと小さな声で話すのは第三王子妃の翠藍恋。長い髪はあまりきちんと結わず柔らかく下ろしていて、おっとりとした目を少し多い隠している。
「ええ、そうよ。さきほどお会いしたから、たまにはいらっしゃってとお誘いしたの」
そして、白銀の衣装で自らを引き立てる第五王子妃の紫芙楊。
「ご挨拶が遅れました、玲明と申します。改めて皆さまとお話できる機会をいただけて光栄です」
ただ真っ黒い髪と瞳に青い衣装を着た玲明は、この中において圧倒的に地味だった。負けるな自分、と奮い立たせるために微笑んでみせたが、まず侍女の数で負けている。一番少ない藍恋の後ろにさえ3人の侍女が控えており、ろくに侍女を連れていない玲明の変わり者っぷりが分かるようだった。
「そう畏まらないで。まずは座ればいいじゃないの、今日はお饅頭を作ってきたから、よかったら食べてみて」
ほらほら、と遊鈴は自らお菓子を取り分け玲明に差し出す。毒でも入っていやしないかと疑う前に「大丈夫、私が最初に食べるわ」ともう一つを無造作に手で掴んで食べた。
「遊鈴様、毒見なら私達が!」
「私が作ったんだから私が毒見するに決まってるでしょ」
後ろの侍女達がと悲鳴を上げるが、遊鈴はカラッとした笑顔を向けた。見た目といい喋り方といい、明るくさっぱりした性格のようだ。
それはともかく、手作りだと宣言した上で毒を入れることはあるまい。そう即断した玲明は勧められるがままに一欠けらを口に運ぶ。こってりとした甘みが口の中に広がった。
「おい! しい!」
「あら、いい反応してくれるわね。作った甲斐があるってものよ」
「本当においしいです、こんなにおいしいお饅頭は初めてです」
「ええ、なんたって高級な餡をたっぷり入れたもの。王子妃って最高よね、いくらでもお菓子を作れるんだから」
「遊鈴様は器用ですよね……こんなにおいしいお饅頭をお作りになれるなんて……」
まるで小動物がその小さい口でかじるように、藍恋はゆっくりと少しずつ饅頭をかじる。
「私は不器用ですから……晃辰様にもよく言われるのです、お前が何かすると必ず失敗してうるさいから、静かに詩でも読んでおいてくれと」
「第三王子は相変わらず見事な王子っぷりよね。柔悟様と足して割ってもらえないかしら」
ひょいと次のお菓子を口に放り込みながら、遊鈴は顔をしかめる。
「柔悟様ったら、なんでもかんでも口を開けば『母上』ばっかり、第三妃様の言いなりよ。もう少し母離れできないものかしら」
「遊鈴様、この間も同じ話をしていらっしゃったわね。柔悟殿下、また何かされたのかしら?」
「今回は第三妃様に従って云々なんて話じゃあないのだけれど、狩りに出かけたときに、もう酷くって」
溜息を吐いた遊鈴の口からは柔悟第二王子の愚痴がぼろぼろと零れてくる。夏の事件で今や民も知っている事情だが、柔悟第二王子の母親第三妃は王に身請けされた元娼婦。女の園で戦ってきた第三妃は気も強い。その反面、息子の柔悟第二王子は気弱らしい。
「だからこの間言ってやったの、柔悟様が王位に就くことはないでしょうってね」
「遊鈴様……さすがにそれは、柔悟殿下がお可哀想では……」
「だって、アンタ王になっても母上~って泣くつもりなのって思うじゃない? ていうか、柔悟様は金髪碧眼も受け継いでないし」
ぴんと遊鈴は自分の黒髪を引っ張って見せる。
柔悟第二王子の髪と瞳は第三妃譲り、だからこそ皆が本当に王の血を継いでいるか怪しいと口にする。実際には、柔悟第二王子には“祝福”があり、ゆえに王は第三王妃の不貞を咎めていないらしい。
「だから柔悟様は最初から降りてるようなものよ。せっかく第二王子なのに中身もアレだしね。私はもう臣籍降下した柔悟様の夫人になるつもりでこの王位継承問題を静観することにしたわ、っていうか賭けてるの」
「賭け?」
それこそ遊鈴の話の行き先を静観していた玲明だったが、桂華と一緒につい目を丸くしてしまった。この文脈で「賭け」ということはそういうことだが、いやまさか。
ふふん、と遊鈴は楽しそうに口角を吊り上げる。
「今のところ私は第五王子の鋼駕殿下に張ってるわ」
やはり、誰が王位を継ぐか賭けているらしい。