11.妖女、質問される
「ところで玲明殿、私も貴女にお尋ねしてよろしいですか?」
「あ、はい、どうぞ」
「貴女はずいぶんと深い森の奥に住んでいらっしゃいましたが、いつからあんなところに?」
玲明はその顔から表情を消し、桂華は顔を強張らせた。柊青は本から視線を上げないし、それどころか頁を捲るが、玲明の素性に思考を巡らせていることくらい犬でもわかる。
「あそこは……、私の母の生家の近くでした。もとは燈家で奉公に出ていましたが、夏の事件を機に働く先を失いまして」
半分本当だった。玲明と桂華の住んでいた家が、玲明の亡き母の家だったのは間違いない。
「だからといって、あんな森の中に? 夜は獣も出るでしょう」
「意外と平気ですよ、獣は火を怖がりますし」
「そういう話はしておりません。まるで人目を避けるような暮らし方でしたねと言っているのです」
玲明はぐっと押し黙る。あのぼんくら王子は気にもしなかったが、普通の人間なら怪しまないはずはない。ましてや相手が柊青となれば。
尋問じみたこの空気の中で、どう切り抜けるか――。
「まあ、私には関係のないことですのでどうでもいいですが」
「え、あ、え?」
てっきりこのまま詰問されるとばかり思っていた玲明は間抜けな声を出してしまう。しかし柊青はやはり視線を上げないままだった――いや考えてみれば、柊青が本を読み始めてから玲明を見たのはただの一度だけだった。
「あの殿下のすることです、私は黙って見守らせていただきます。私の仕事と読書の邪魔をせずにいてくれればそれで構いませんので、大人しくしていらしてください」
本当に興味がないのだろう。柊青はそのまま口を閉じてしまい、玲明はつい桂華と顔を見合わせたくなってしまった。
「……では、私はこれで」
「ええ」
書庫を出た後、庭まで出てから、桂華が首を傾げた。
「あの柊青という方、ちょっと変わっていらっしゃいましたね」
「なにが?」
「だって、颯秀殿下の幼馴染でいまは側近ですよ。怪しい女を妃にするって言い始めたのに、自分の邪魔をせずにいてくれればそれでいいとか」
「やめてよ私のことを怪しいなんて言うの。そうなんだけど。……まあ、桂華の言うことは正しいわよね。もう少し心配してもいいものだと思うけれど」
玲明に終始毛ほどの興味もなさそうだった目を思い出す。ただ、彼が朝廷屈指の才人であることは間違いないのだ。
「私達には理解できないだけで、何か分かっているのかしら」
「例えば何ですか?」
「……例えば、私達がお姉様の事件の真相を知りたいだけだと分かっているから危害はないと判断している、とか」
「安心するような怖いようなお話ですね。でも私、柊青様は変だと申しましたけど、少し気に入りましたわ」
「顔が?」
「ええ、とても綺麗なお顔ですもの。そんじょそこらのご令嬢より綺麗ではありませんか」
桂華がきれいなものを好きなのは知っていたが、颯秀といい柊青といい、人の顔もそれに含まれるのか。玲明がちょっと呆れていると「それに、あの方はきっと悪い方ではございません」とどこか自信たっぷりにふんぞり返ってみせる。
「……どうして?」
「玲明様、ご覧になりませんでした? 柊青様がお読みになっていた本のことです。医学の書でした、人を助けようとする方に悪い方はいらっしゃいませんよ」
分かるような分からないような。ちょっと反応に困ってしまった。確かに柊青が読んでいた本の題名には気付かなかったが、医学書だとして才人の知的好奇心を満たすためのただの趣味なのではないだろうか。桂華はどうにも他人の善性を信じすぎる。
「……まあ、そうね」
「そうですよ。颯秀殿下もちょっとあれなだけで優しい方ですし。一時はどうなることかと思いましたが、安心しました」
「ちょっとどころかだいぶあれだけどね」
楽観的な桂華を軽くあしらいながら、玲明はそのまま敷地内の散策に出掛けた。