「神々の黄昏」
孤独の悲しみに暮れる人の子を思いやって、海の神はたずねた。
「何を苦しんでおられる。あなたは永劫、我々と同じくして年を取らぬ。煩いの種を生む、他人も、もう居らぬ。」
記憶がそうさせることを、地の神は、海の神に説いた。
「そうであるなら、”忘却の薬”を飲むがいい」
天の神は大らかに言ってみせた。
「記憶は、過去は、人にとって拠り所となるものです。」
人の子は、ある確信に満ちた表情を浮かべて、神々に言った。
「過去などありはせぬ。あると言うなら、我々の眼前に提示したまえよ。」
海の神は怒りを顕わした。
人の子は言う。
「提示できるようなものではありません。思い出すことによって、情景は、言葉は蘇るのです。」
地の神は言った。
「忌々しい。過去があるから、汝ら人間は、争いを止めなかったではないか。闘争は、個人を蝕んでいたではないか。」
人の子はこたえた。
「しかし、美しい記憶というものもあります。」
天の神は言った。
「そうだ、真確なる事実であろう。ただ、美しい記憶や過去だけで、生きていくことも出来まい。過去が、美しいものであり、生きることを促進するための手段のみに徹していたならば、悲劇も生まれないことは、また確かであろう。」
天の神はつづける。
「諸君らは過去・現在・未来と、しきりに区分けしたがるが、そもそも、そんなものはありはせぬ。存在するとは、ただ”ある”という、それだけのことではないか。意味づけを始めた時から、悲劇は生まれた。意味を与えるということは、弱さの紛れもない証左である。」
人の子は訴えるようにして、天の神にこたえた。
「弱さは、人間の美徳です。弱きものは強くあろうと階段を昇り続けることが出来る。」
地の神は言った。
「階段を昇りつめた先はなんと言うのだ。なにがあるというのだ。」
人の子は、答えに窮した。
地の神がつづける。
「種の思想にあやかろうと言うのか。そうだ、人間は有限な生物であろう。有限であるから、後続に託すために、なにかを残そうとでも言うのか。」
天の神は言った。
「人間が社会的な存在であることは容易に理解できる。集団がなければ、完結せぬ個体であろう。しかし集団は争いを生む。文明が始まったとき、滅びの一本道が眼前に展開されるのだ。」
海の神は言った。
「争いもあるが、救いもあるというか。なるほど、そうだろう。しかし一体、争って救って、救っては争っての往復運動が齎すものは、何というか。」
地の神は言った。
「○○だが、○○もあるという論法はもうよい。聞き飽きた。”ある”ということは、二義的なものを超越しておるのだ。とって、一義的なことでもない。
解釈の余地は残されておらんのだよ。」
人の子は問いを投げかけた。
「では、海のうねりを、地の響きを、空への飛翔を可能にする力の理由はなんというのです。力は、行使すべき対象があってはじめて成り立つはずです。」
海の神は言った。
「そんなものは詭弁に過ぎぬ。力の理由を定義したところで、なんになる。我々と汝らの根本的な違いは、意味に固執するところである。善悪や好悪の峻別が対立を生むことを、まだ学ばぬか。」
地の神はつづける。
「そもそも数が大きな弊害であった。汝らはみるみるうちに、数を増やしていった。本来は注意深く当たらねばならぬ問題である。」
人の子は、再び問うた。
「そうであれば、どうして我々を生み出したのでしょうか。」
天の神、海の神、地の神は、同時に答えた。
「生み出してはおらぬ。汝らから、生まれてきたのだ。」
人の子は喜びをあらわにした。
「そうです。生まれたいという意志が、我々にはあったということです。意志があれば、おのずと意味が問われ出す。生きる意味です。意味付けを行うということは、生きることに直結しているのです。”ある”ということは生きるということ。解釈でもなんでもない。存在そのものが、我々をあらしめているのですから。」
人の子は、思い出した。かつてあった人類の、幸福と悲劇と、そのすべてを。かずかずの涙と、数多の笑顔を。
天の神は、地の神に言った。
「もうよかろう。」
地の神は笑みを浮かべ、涙する人の子の頬を、撫でた。
少女は目を覚ます。長い夢であった。重い身体を起こして、父母の寝室へ向かう。
母は起きていた。父は眠っていた。
「どうしたの?やけに、早起きして。」
母は日も昇らぬうちから、仕事へ出かける。娘の寝顔を一目見て。
「怖い夢をみたの。」
「そう。おいで。」
母は、娘を、強く抱きしめた。