「マエストロ」
beethoven symphony 7
違う。違う。テンポが速すぎる。
波形の間隔は、もっともっと広く、表記に惑わされず。楽曲全体の相対的速度なんだ。
これを保ったまま、二楽章は曲中もっとも沈鬱に、それでいて平気な顔をして、入っていくべきなんだ。
「テー、テテテーテー、テーテッテッテーテー」
違う。ちょっと待て。
どっからだい?どこから、この甲高く、乱すことを屁とも思わないような雑音が入ってくる?
もう一度。
「テー、テテテーテー、テーテッテッテーテー・・・」
続けて。
「テーテー、テレレーテレ、レレレー」
第一楽章の波動は連綿として、二楽章の底流になければならん。
聞くにはそうさ。どこに第一楽章の片鱗があるというんだ、そう言いたくなるだろう。
しかし、克服され、征服し尽くした姿勢が、二楽章の暗澹たる調べに直結していなくちゃならん。
おい。なんだ。食器の音?子の泣く声?薄気味悪く、人の気を踏みにじる笑い声?
ん?傲慢な車輪の音か?なんだ?
いったい誰だ。道路工事をはじめようとしている奴は?
いったい、どこのどいつだ。神聖な舞台を破裂せしめるエンジン音を、口から発している奴は?
生真面目な肉袋を被った、紳士の薫香も漂ってくる。
冷徹な眼光を我がものとして錯覚する淑女の芳香もあるぞ。きつい香辛料のような、拭い難い臭いだ。
「先生。えっと、そんな人、ここには居りませんが?」
いやいや、居る。私には聞こえるんだ。香るんだ。
「また、始まった。いったい、先生はいつから、あぁなってしまったんだ」
もうやめてくれ!
金ならみんなくれてやるから。
君の自由は、君のものだから。
だから、その口を、ただつぐんだまま、ただそれだけで良いんだ。ひとりにしてくれないか。独りに。
いいか。指揮棒は、もっとも尊い代物なんだ。
私は、後生大事に、これを守っていくと決めたんだ。