5-8.婚約披露パーティー
パーティーの後、フレデリックは正式に婚約を申し込んだようで、バークリー侯爵家はてんやわんやだった。
クロエはすぐに返答することは出来ず、戸惑いながらも素直にそう伝えたところ、フレデリックも「それはそうですね」と笑ってみせたという。
「自分でも不思議に思っています。貴女を一目見た瞬間、何故か心を惹かれた。貴女の聡明さと優しさは、話をしてすぐに分かりました。――今、この想いを伝えなければ、絶対に後悔すると思ったんです」
そしてフレデリックは、いつまででも待つから、心の整理がついたら返事を聞かせてほしいと言い残し、エルメールへ帰っていった。
それから数日間、クロエは随分と悩んだようだったが。
心配して訪ねたフィオナにクロエは、「婚約を受けることにした」と話してくれた。
「フィオには『自分の気持ちが一番大事』なんて言ったけど、実際に起こってみると本当に色々考えてしまうものね。私にエルメール王国の正妃が務まるのかしら、なんて…」
「当たり前だよ!こんな大事なことを決めるのに、怖いに決まってるよ…」
「ええ、本当に…毎晩、震えて眠れないほど怖かったわ。だから私、思い切って、フレデリック殿下に手紙を書いたの。」
胸が押しつぶされそうな不安や迷いを、クロエはフレデリックへの手紙で打ち明けた。こんな弱い自分を、本当に受け入れてくれるのか、と。
「そしたらすぐに、この手紙が返って来たわ。」
フレデリックのもとへ魔法で手紙を飛ばしたのは真夜中だったが、翌朝目を覚ました時には、枕元に返信が届いていた。
クロエから渡されたその手紙に、フィオナも目を通してみる。
そこには、フレデリックの真摯な言葉が書き連ねられていた。
突然婚約を申し込んだことで、クロエを追い詰めてしまったことへの謝罪。
自分の軽率な行動のせいでこれ以上クロエを苦しめるなら、婚約の申し出は白紙に戻しても構わない、とまで書かれていた。
バラ園で初めて会った時のように、クロエにはずっと笑っていてほしいから、と。
「パーティーでお話しした時、気さくで飾らない方だなって思ったの。それにこの手紙を読んだら、とても誠実な方なんだなって…」
手紙の最後には、さらにこう書かれていた。
クロエへの想いは今も変わらない。不安に思うことがあれば何でも言ってほしいし、クロエが出した答えなら、どんな返事でも受け止めるつもりだ、と。
「私、もう悩むのはやめることにしたわ。だっていくら考えたところで、出来るかどうかなんてやってみなければ分からないじゃない?今はただ――こんなにも、真っ直ぐな思いを伝えてくださったフレデリック殿下を、私が精一杯支えていきたいって、そう思ったの」
「そっか…」
はにかみながら言葉を紡ぐクロエの様子に、フィオナは心から安堵して、微笑んだ。
「クロエなら、絶対に素敵なお妃さまになれるよ。おめでとう」