モンブランの反逆 前編
覚悟を決めてロンゴミニアドを強く握るパーシヴァルの耳に、恐竜の足音とは違う地響きに似た音が届いた。
ドゴオオオオン
ドゴオオオオオオオオン
「……なんだ?」
視界に入る限りの異空間に変化はない。
だがまるで巨大な投石の際に響くようなその音は、どんどんと大きく、間隔が短くなっていった。
ティラノサウルスたちも初めて聞くその音に警戒をして周囲を見回している。
ドゴオオオオオオオオオオン
かなり大きくなったその“地響き”が聞こえた後、パーシヴァルの頭上にパラパラと何かが落ちてきた。
それはキラキラと輝く、何かの破片だった。
「何かが割れている……のか?」
(パーシー、上を見ろ!)
ロンの声がパーシヴァルの脳内にこだまする。
弾けるように上を見ると、森の空が割れていた。
空に割れ目ができているのだ。
「これは!?」
(誰かが現実世界から恐ろしく強力な物理攻撃を加えている。こんなことができる人間など……)
異空間結界を壊すほどの物理攻撃など魔族の召喚したゴーレムのような怪力生物でなければ無理だ。
怪力。
怪力………?
「まさか……!」
(人間よりもずっと強い力を持ち、その巨体で敵をなぎ倒す生き物と言えば……)
「だが彼女は人間の姿のままのはずでは……!?」
パーシヴァルが疑問を呈したとき、パリイン!と異空間の壁が割れる音がひと際高く響いた。
空から透明な破片が降ってくる。
それとともに、聞きなれた声が鼓膜を震わせた。
「ぱしさまあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
鮮やかな緑の髪の少女が、空から降ってきた。
「モンブラン!!!」
その体を受け止めようと腕を差し出すパーシヴァルだったが、ロンの一言で我に返った。
(腕を引っ込めろパーシー!!!あいつの体重は5トンある!!!!!!!)
モンブランはズドーンという音を立てて地面に落下した。
だが次の瞬間にはひょこりと起き上がった。
呪いによって人間になっても、元々の“頑丈さ”――と体重――が全くなくなるということではなさそうだった。
モンブランは裸足のまま、ずんずんとパーシヴァルのほうに向かって歩いてくる。
怒っていた。
「モンブラン!!なぜここに……!?早く戻るんだ、ここは危険で」
「いや!!!!!! です」
モンブランの声はパーシヴァルに負けず劣らず大きかった。噛みつかんばかりの勢いで語りかける。
「もんぶらん いえ いました。 でも いや でした。 まつの いやです!!!!」
たどたどしく話しているうちに、緑の瞳からは涙が零れ始めた。
「モンブラン、しかし……」
「ぱしさま を まもる は もんぶらん です!!!!!」
そう言うと、モンブランはパーシヴァルに背を向けて大きく腕を広げた。ティラノサウルスやアロサウルスらをきっと睨みつける。
「あなたたち つよい。 でも、 まもるのは もんぶらんが つよい です!」
パーシヴァルはハッとした。
モンブランのロングチュニックの裾から、骨塊のついた太くて長いしっぽが覗いていたのだ。
「モンブラン、尾が復活したのか!?」
モンブランは尾をひと振りして応じた。ズドオンと地面を抉る音。
「ずっとぱしさまのことをかんがえて はしってました。 そしたら しっぽ もどってきました」
「まさか、ルシフェルの呪いが解けたというのか……!?」
(愛の力だ、パーシー)
愛?
(誰かが誰かを想い、愛する強い力。魔族がもっとも苦手とする力であり、聖具にとっては糧となる力。モンブランのパーシーへの強い想いが呪いの一部を打ち破ったのだ)
「ぱしさまを守るのは わたし です !!!!!!!!」
モンブランはティラノに向かって駆け出した。
ティラノは大きく口を開けて、モンブランの体を思い切りかみ砕こうと頭を突き出してくる。
「モンブラン!!」
思わずパーシヴァルが叫ぶ。
モンブランは人体の機動力を生かして体を捻り、ティラノの牙を避けた。次いで渾身のしっぽハンマーをティラノの横っ面に放つ。
「ぐぎゃあああああああ!」
致命傷とまではいかないがティラノが一歩下がった。その隙に、後ろに控えていたアロサウルスたちが飛び出してきた。
モンブランはそのまま構えるが、さすがに人間体の彼女に肉食恐竜3体を相手にするのは不可能だ。
パーシヴァルは瞬時に詠唱を終えて魔力を帯びた聖槍を先頭のアロサウルスに向かって投げつけた。
アロサウルスの額に刺さったロンゴミニアドから強力な魔力が流れる。アロサウルスは絶叫してその場に倒れた。
それに躊躇したもう1匹のアロサウルスに対し、モンブランが飛び上がって尾っぽをぶつけた。
立派な凶器でもあるモンブランの尾骨はアロサウルスの左後ろ脚を直撃した。骨は折れたか砕けたか。このアロサウルスは二度と立ち上がれないだろう。
「モンブラン!」
恐竜たちに隙が生まれたタイミングを見逃さず、パーシヴァルがモンブランに駆け寄った。
「大丈夫か!? 怪我はないか」
モンブランはパーシヴァルの顔を見ると満面の笑みを浮かべた。
「ぱしさま あえた! うれしい!」
「モンブラン……」
その足は血だらけだった。
パーシヴァルの居宅から裸足で走ってきたというのか。
また、華奢な人体からアンキロサウルスの尾っぽだけが不思議な形で生えているせいで、モンブランの体にも負担がかかっている可能性がある。
現に、ティラノサウルスやアロサウルスにしっぽアタックをした際、モンブランの脚は何度も頑丈な恐竜の鱗に当たった。青あざが広がり、一部は出血を起こしている。
アンキロサウルスの鎧は鉄壁の守りだが、手足などはそれほど硬くはないのだ。
(パーシー!これなら恐竜たちを撃退できるかもしれないぞ)
ロンが勢いづく。しかしパーシヴァルは返事をしない。
(パーシー?)
「………」
パーシヴァルはモンブランの両肩に手を置き、強く揺さぶった。
「家で待っていろと言っただろう!? なぜ来たんだ、モンブラン!!」
「ぱしさま……」
モンブランはきょとんとしている。
「確かにアロサウルスは撃退できた! だが今の君はか弱い少女なんだ!! アンキロサウルスだったときとは違う………見ろ、足は血だらけじゃないか。骨も折れているかもしれない」
パーシヴァルは険しい表情でモンブランに説く。モンブランは黙っていた。
「それに、この異空間ではまたさらに恐竜が出てくる恐れがある。それよりも恐ろしい魔族の召喚した化け物だって出てくるかもしれないんだ!そんなところに今の君がいたら、もっと大きな怪我をする可能性だってあるんだぞ」
最悪、死ぬ可能性だってある。
でもパーシヴァルはそれを口にはしなかった。
円卓の騎士であるパーシヴァルでさえ死を覚悟したのだ。
そんなところに、よりによって、何よりも誰よりも守りたいモンブランが来るなんて。
パーシヴァルの心にはモンブランに会えた嬉しさもあったが、それよりも悲しさと悔しさ、怒りがない交ぜになって大きな渦となっていた。
「分かってくれ……君を危険な目に遭わせたくないのだ」
悲壮感満載の表情で語り掛けるパーシヴァルの顔面に、次の瞬間、モンブランのグーパンチがめり込んでいた。
「いたい!」
モンブランのハンドパンチはそれなりに痛かった。
パーシヴァルの体がわずかに吹き飛ぶ。鼻血も出た。
ティラノサウルスやアロサウルスは仲間割れのような雰囲気を察して戸惑っている。
「ばか!!!!」
モンブランの髪の毛が逆立っている。これは魔力によるものだろうか。なんだか分からないが、モンブランの強い感情が彼女を突き動かしていた。
「ぱしさま」
「はい」
思わず敬語になった。
「ぱしさまは もんぶらんを まもる まもる ばかり。もんぶらん うれしい でも、」
彼女は天を仰いで絶叫した。
「もんぶらん の ほうが ぱしさま より つよい !!!!!!!
だから ぱしさま まもるのは もんぶらん です !!!!!!
どこでも なんどでも もんぶらん は ぱしさま を まもり です!!!!!!」
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