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【完結】騎士と恐竜の紀元前ラブストーリー  作者: 山野げっ歯類
六伝:パーシヴァルとモンブラン
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愛と差別

 輝かしい金髪を後ろに撫でつけ、深い青色の瞳をこちらに向けている。

 甲冑を纏ったランスロットが一歩一歩近づいてきたので、パーシヴァルはモンブランの前に立ち、その姿をランスロットの視界から遮るようにした。


 円卓の騎士の中でも最高の実力を競い合うランスロット。だが彼の一番の特徴はその“フェロモン”だった。


 老若男女問わず、ランスロットのいい香りのするフェロモンにやられて惚れてしまう人間が多いことから「歩く魔性」とも称される。特に人妻を虜にすることが多く、多くのご夫君はランスロットを警戒している。

 アーサー王の王妃がランスロットに惚れかけてしまったときには国中大変だった。


 だが、男ならば大丈夫かと言えばそうでもない。先日は別の国から来た若い王子がランスロットの餌食になってしまってそれもまた大変だった。


 王から厳重注意を受けたランスロットだったが「私自身にも止める手だては分かりませぬ。愛や恋とはそれほどに強く尊い感情なのです」などとそれっぽいことを言ってけむに巻いていた。



 そのランスロットがモンブランに近づいてくる。パーシヴァルは気が気ではなかった。

 もしもモンブランがランスロットに惚れたら大変なことになる。




「安心しろ、パーシヴァル。その娘は俺に惚れることはない」

「……なに?」


 まさに懸念していたことを指摘されて、逆にパーシヴァルは拍子抜けした。


「この娘は魔力の影響を受けている。それに………彼女の心は君への愛で溢れかえっている」



 ランスロットはにっこりと笑って、モンブランの手を取った。



「美しいお嬢さん。俺はランスロット。パーシヴァルとともに戦う仲間です。よろしく」


 モンブランはパーシヴァルの後ろに隠れて警戒していたが、「パーシヴァルの仲間」と聞いて目を輝かせた。



「ぱしさまのなかま! もんぶらんも なかま です! よろ しく です」



 廊下に響くほどの元気な声を聞き、ランスロットの笑みは深くなった。



「パーシヴァル」

「な、なんだ」


「なぜ君は迷うんだ?」


 突如問いかけられて、パーシヴァルは戸惑った。


「迷う……? 何のことだ、ランスロット」

「彼女の愛は定まっている。なぜ君は彼女の愛を真正面から受け止めようとしないのか」

「愛……だと……」



 ランスロットはパーシヴァルには理解できないことを言う。


 湖の精に育てられたという不思議な境遇のせいか、ランスロットは時折抽象的な言葉を用いて語り掛けてくることがあった。もちろん、脳筋のパーシヴァルには理解できない。


 まき散らすフェロモンのせいでランスロットは時折(不可抗力にせよ)不倫問題なども引き起こしていたため、曲がったことが嫌いなパーシヴァルはランスロットがとにかく苦手だった。



「目に見えるものに囚われて、愛の形を選別しようなどと愚直なお前らしくもない。その迷いを放置しておけば、大切な彼女を傷つけることになるぞ」

「―――なんと言われようと、俺はモンブランを守ってみせる」



 ランスロットは静謐な湖を思わせる瞳をじっとパーシヴァルに向けていたが、ふと視線を外してパーシヴァルたちとは反対の方向へと歩き始めた。



 パーシヴァルはなんともいえない感情を抱え、湖の騎士の後ろ姿を見守っていた。




 ◇




 その日の夜、自宅に戻ったパーシヴァルは自室でモンブランに話しかけていた。メイドたちに体を洗ってもらったモンブランは、ふわふわのレース布地で作られた寝間着を纏ってご機嫌な様子だった。


「モンブラン。2日後に俺はログレスの都の周辺にいる魔族と戦うことになった。その間、お前はこの家で待っているんだよ」

「もんも! ぱしさま に ついてく です」

「それはダメだ、モンブラン。アンキロサウルスのときだったならまだしも、今の君は非力な少女だ。戦場では危険なことが起きる。君は怪我をしたら大変だ」



 すると、それまで明るい表情だったモンブランの顔が曇っていった。

 下を向き、黙っている。



「モンブラン。大丈夫だ、すぐに戻ってくるから……」






「ぱしさま は もんぶらん めいわく ですか」




 その声は、喉の奥から絞り出したように震えていた。


 パーシヴァルは何を言われているのか一瞬理解できなかったが、顔を上げたモンブランの目から涙が流れているのを見てさらに戸惑った。



「―――モンブラン?」


 モンブランが泣いている。

 頭が真っ白になる。



「ぱしさま わたしがにんげんになってから こまってばかり。まえみたいに、狩りにいったり 尻尾で敵をぱんちできない わたしは いらない ですか」


「何を言う! そんなわけないだろう!? モンブランはどんな姿であっても俺の大切な家族だ」


「わたしは にんげん の すがた すきです。 ぱしさまのなかまのひとたち おうさま たくさん はなし できる。 こんなのはじめて たのしい」



 モンブランは泣きながら話し続けた。



「でも、ぱしさま はなしても 全然 わらって くれない。 まえみたいに ぎゅー してくれない ほっぺすりすり してくれない。 もんぶらん きらい ですか」





 モンブランの言葉は、パーシヴァルにとって青天の霹靂だった。


 嫌う? 俺が、モンブランを?


 そんなことあるわけがない。


 だがモンブランは、パーシヴァルが抱えていた彼女の呪いに対する負い目をしっかりと感じ取っていたのだ。



『この姿の彼女もモンブランであることには変わりないだろう? パーシーは背格好が変化しただけで差別するのかい』



 アーサー王の言葉が蘇る。



 モンブランはモンブランだった。姿が変わろうと、目の前の出来事を目いっぱい楽しみ、笑顔をふりまく心優しい娘。恐竜のときも、人間のときも、何も変わっていない。



 差別していたのはパーシヴァルだ。


 姿が変わったからといって、彼女に抱く感情の形を無理矢理変えようとした。“人間の姿”になったからと言って扱いを変えようとした。

 この愚かな自分の行いが、常にパーシヴァルのことを一番に考え、守ってくれていたモンブランを傷つけていたのだ。



 パーシヴァルは指でそっとモンブランの涙を拭った。

 真っ黒な瞳を向けたモンブランの額に、頬を摺り寄せる。



「泣かないでくれ、俺の可愛い娘」




 そうだ。早くこうすればよかったのだ。


 泣き腫らした目元の赤色を隠すように、その体をそっと抱きしめた。



「ぱし、さま。 もんぶらん のこと きらい じゃない です?」


「嫌いなものか。ずっと愛しているよ。それこそ君を森の中で見つけたときから」





 アロサウルスに荒らされたアンキロサウルスの巣の中で、奇跡的に生きていた恐竜の赤子。




 あれはきっと、運命の出会いだった。





「モンブラン」


 抱きしめる腕にぎゅっと力を込める。


「2日後の魔族との戦いが終わったら、君に告げたいことがある。だからどうか、その日は家で俺の帰りを待っていてくれないか」



 モンブランはパーシヴァルの腕と胸筋の間から顔を覗かせて、声を出さずにニコリと頷いた。



読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[一言] これは!? ……死ぬなよパーシー。 泣かしたら去勢だけじゃすまさんぞ。
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