恐竜たちのいるところ
ティラノサウルスはその目をパーシヴァルに向け、口を大きく開いて威嚇してくる。
こいつは、原始時代でモンブランとパーシヴァルを襲ったティラノサウルスだ。
マーリンの魔法陣がパーシヴァルを現代へ運ぼうとして発動した際、近くにいたモンブランとティラノサウルスまでも巻き込んで現代に連れてきてしまった。
だが、あのときと異なり、今のティラノは皮膚(鱗)の色が赤く染め上げられている。
何かあったのだろうか。
「くくく……久しぶりだな、聖騎士パーシヴァル。先の戦争以来か」
ティラノの影から出てきたのは、黒いローブ姿の男。
フードの裾からわずかに覗く顔色は青い。
しゃがれた声は老人のようだが、高位の魔族はこのように喋る者が多いのだ。
「貴様……ルシフェルか! 生きていたとは」
魔族魔導士・ルシフェル。魔王軍の中でも上位に入る能力を持つ男。大規模な攻撃魔法の使い手でログレス軍を何度も苦しめた。
100年戦争のとき、魔王の玉座に至る前室でランスロットとパーシヴァルのクロス技で倒れたはずだったが……。
「そうだ。確かにあの日、我らは敗れた。だが魔王城が落ちる瞬間、私は見つけたのだ。“時空の狭間”を……!」
「時空の狭間だと?」
「私やお前たちが膨大な魔力のぶつけ合いにいそしんだ影響で、世界にはわずかな亀裂が走った。それはどの時代、どの時空にも属さないわずかな時空の狭間。我はその狭間を見逃さず、魔王様と一部の使い魔を連れてその中に潜んでおったのだ」
そういうことだったのか……!
パーシヴァルは唇を噛む。
あの日、魔王やルシフェルらの遺体を探したが見つけることはできなかった。
なんとなく釈然としないものの、遺体は雲散霧消したのではないかと述べる騎士もおり、その言を受け入れていたのだが―――。
まさか時空の狭間に逃げ込み、虎視眈々と再起のタイミングを狙っていたとは……!
「ふん、しかしそのおかげでお前も楽しい時間を過ごせたであろう、聖騎士パーシヴァルよ?」
「―――どういう意味だ」
「どういう意味も何も、今目の前にいるこいつがその“奇跡の象徴”であろう」
ルシフェルはティラノサウルスの後ろ脚をポンポンと叩いた。
「魔王様が時空の狭間に滞在したことで、はるか古代の世界とも行き来できるタイムゲートが生じた。お前がわずかな間に生活をしていた“原始時代”というやつだよ、パーシヴァル」
本来存在するはずのない時空の狭間。
そこにさらに、誰も存在しないはずの狭間に魔王という強力な魔力の持ち主が滞在したことでイレギュラー的に原始時代へのタイムゲートが開いていたということか!?
そんでもって、そのタイムゲートが開いた結果最強の生命体、恐竜と人間が関わり合いを持ち、さらにいろいろな過ちの結果現代に復活してしまったということか!?!?
「マーリンの説明とだいぶ違うが!?」
あの毛深い魔術師が自分の失敗をそれとなく他人のせいにしたり歴史の必然にしてしまうことはこれまでもあったが、今回のはさすがにマズくないだろうか。
歴史改変なんですけど!?!?
「お前らのポンコツ魔術師には感謝しなければならないな。おかげで魔王軍は最強の仲間を迎え入れることができた。そう、生物至上最強の肉食獣……ティラノサウルスをな!」
ティラノが再び咆哮する。かなり腹が減っているとみえる。
「さあ、行け! ここにいる人間は全て食べてもいいぞ」
ルシフェルのローブの裾がたなびき、手が騎士たちに向けられる。
ついにティラノが動き出した。
「わーっ!来たーーー」
ボールスが声を上げた。さすがに初めてティラノサウルスを見たらこういう反応になるだろう。
パーシヴァルは振り返って隊員たちに声をかけた。
「騎士団全員に告ぐ!この化け物の相手は私とボールスが行う!それ以外の隊員は化け物の攻撃から速やかに逃れ、村内の村人やけが人がいないかと確認しながら順次撤退せよ! 決してこの化け物と戦おうなどと思ってはならん!」
(パーシー! 前だ!! 来るぞ)
前を向き、ロンゴミニアドを構える。
パーシヴァル1人分よりも太く筋肉のついた後ろ脚がすぐそこまで迫っている。
回し蹴りをするつもりか。
物理結界を張る余裕はない。聖槍に魔力を蓄え、腕をクロスして腰を低くした。
腕をクロスした防御体勢のまま、パーシヴァルはボールスの後ろまで吹っ飛び、石造りの家に叩きつけられた。
「ぐ、うっ……!!!」
口の端から流れる血を拭う。やはりティラノの攻撃は桁違いだった。
「パーシヴァル様! 大丈夫ですか」
「馬鹿!よそ見をするなボールス!!!」
ボールスの頭上にはティラノサウルスの牙が迫っていた。ボールスは機敏な動きでティラノの喉奥へ転がり込んだ。相手の懐に飛び込むことで一撃をかわしたのだ。
だが、そこで攻撃が止むほど甘くはない。
懐に飛び込んできたボールスを、ティラノは自慢の後脚で思いきり蹴り上げた。太い爪がボールスの腹に食い込む。空へ飛び上がると同時に血しぶきが周囲にまき散らされた。
「が、はっ!」
内臓に重傷を負ったボールスが地面に叩きつけられてしまえば命に関わる。
パーシヴァルは槍に魔力を蓄え、ロンゴミニアドの先端から光の玉を放った。
「ロン、頼む!」
(任せろ)
淡い光の玉はボールスに追いつくと、ふんわりとその体を包み込み、地上に降ろした。
光はそのまま留まり、重傷のボールスを守る盾の役割を担う。
(しかしパーシー、逆にこれでお前の体に盾の結界を張ることはできなくなったぞ。ティラノの一撃を受ければ今度はお前の命が危ない)
「ああ、もとより覚悟はできている」
パーシヴァルは地の利を生かそうと考えていた。
ティラノサウルスのように大きい体では村の細道は歩きづらいはずだ。
うまく足場を崩せればいいが……
ロンゴミニアドを構えるパーシヴァル。
攻撃を仕掛けようとした瞬間、胸部にわずかな痛み。だがそれを気合いで封じ、槍を掲げて走り出した。
そのスタートダッシュと、隊員が悲壮感ただよう声をかけてきたのは同時だった。
「た、隊長ーーーーーー!!!!!!また化け物です!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!2匹目です!!!!!」
なに、と応じようとしたパーシヴァルの頭上が真っ暗になる。
影だ。
何か体の大きなものがパーシヴァルの頭の上を横切っているのだ。
上を、見る。
四足歩行。それはまるで歩く要塞。甲羅を背負った巨大な亀みたいな生き物が大きくジャンプしていた。
パーシヴァルはこの亀みたいな生き物に見覚えがある。
それこそ、
彼女がアルマジロだったときから。
上を向く碧眼からは、涙が流れていた。
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