鎧竜
視界が霞む。
だが、パーシヴァルは最後の力をふり絞って、ティラノサウルスの下顎に刺さっているロンゴミニアドをさらに押し進めた。肉を抉る感触がした。
「グギャアアアアアアア!!!」
ティラノサウルスが痛みに絶叫し、首を振り上げた。
ぐちゃ、と生々しい音がしてパーシヴァルの左腕からティラノの牙が抜ける。その瞬間、さらに大量の血が吹き出した。
骨などとうに砕かれている。この出血量ではそう長くは保たない。
ティラノサウルスが混乱している今がチャンスだ。
「モンブラン! 今のうちに逃げろ!! さっきの仲間たちのところに行くんだ」
見たところティラノサウルスは一匹。周囲に他の恐竜が隠れている様子もない。
いくら最強の恐竜と言えど、アンキロサウルスの集団となれば襲うのをためらうだろう。
だが、モンブランに動く気配はない。
「モンブラン!」
パーシヴァルがもう一度名前を呼ぶ。
すると、パーシヴァルの体が浮く。背中に感じる。モンブランの頭部。
モンブランがぐいと首を上げれば、パーシヴァルの体は土の上に転がった。
そして、
パーシヴァルが彼女の胴体の下に隠れるように、その体をティラノの視界から守るように、
モンブランが四肢に力を入れて立った。
「ギュアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
それはモンブランの声でもあり、鎧竜の威嚇でもあった。
「モンブラン……逃げろ……ティラノが相手では……!」
パーシヴァルの声が擦れる。息が荒くなる。
だが、それでもモンブランには逃げてほしい。その思いを伝えねば。
「モンブラン……!」
「ぱしー! まも、る !!!」
モンブランは森全体に響き渡る声で言った。
「ぱしー!すき! まも る!!!!!!!」
混乱するティラノに向かって、モンブランが走り出す。そして、思い切り尻を振って尾先の骨塊を肉食恐竜の後肢にぶつけた。
「グアアアアアア!!!」
さすがに倒れることはなかったが、ダメージを与えることには成功したようだ。モンブランはもう一度同じ場所に尻尾アタックをお見舞いする。
「ギャアアア!」
ティラノサウルスがふらついた。
三度目の正直。今度こそ、と力を込めた一撃を打ち込もうとしたモンブランだったが、苛立ったティラノが天に向かって咆哮する。そして口をぐわりと開け、モンブラン目がけて鋭い牙が襲ってきた。
「モン……ブラン…!」
だがモンブランは動じなかった。
わずかに後ろに下がり、パーシヴァルの体を再び自身の胴体の下に格納すると、そのまま手足を折り込んで丸まった。
いつもモンブランが外敵から守るときのポーズだ。
ようやくパーシヴァルはモンブランの顔を近くで見ることができた。
「モン、ブラン」
パーシヴァルは出血量が多く動くことができない。左腕に至っては骨も神経も破壊されているため、何の感覚もない。
右手をわずかに伸ばす。モンブランの頬はゴツゴツしているが、鎧竜の皮膚の中では一等柔らかい場所だった。
「ぱーし」
モンブランは黒い瞳から水滴をこぼす。
恐竜が泣くはずがない。見間違いか、それともこれもロンの傍にいた影響なのだろうか。
「ぱーし、まもる。いきる」
ガアアン!!!
ティラノサウルスの一撃だ。
モンブランの背に食らいついたのだ。
衝撃は大きかったが、モンブランはびくともしなかった。
さらにもう一撃。再びガアンと大地が揺れる。
だが、それでも鎧竜の装甲は破れない。
パーシヴァルが下顎に刺したロンゴミニアドによって、ティラノサウルスの咬み合わせが悪くなったのだ。そのため咬合力が著しく劣ることになった。
僥倖だった。
ティラノは何度か鎧竜の防壁を破れないかと試みたが、いずれも失敗に終わった。
衝撃が止む。
少ししてから、ドシンドシン……と、肉食恐竜がその場を離れる足音が聞こえた。
完全に音が聞こえなくなってから、モンブランが立ち上がった。
わずかにパーシヴァルの瞼の裏が明るくなる。
「ぱーし。 ぱーし」
モンブランが必死に名前を読んでいるが、応答する力もない。
それでもなんとか、力をふり絞って、愛しい娘に手を伸ばす。実際に伸びたかどうか分からない。
「ぶじで、よかった」
パーシヴァルの倒れている周辺の土がぼんやりと光り始めた。
淡い青の光。それは徐々に収斂して巨大な魔法陣となり、左右対称の不可思議な紋章が浮かび上がる。
パーシヴァルは目を閉じて横になったまま、光の中に包まれていく。
モンブランはその光をじっと見つめた。それでも、パーシヴァルの傍から離れることはしなかった。
空から声が降ってくる。
『人類の英雄。私が心から尊敬し、敬愛する友よ。お前という存在を世界から奪い取るわけにはいかないよ』
そして一帯はまばゆい光に包まれた。
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