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ぱし、わかれ、やだ

 パーシヴァルは目を見開いた。


「モンブラン……!言葉が話せるのか!?」


(これも俺の影響だろうな……しかしまいったなあ)



「ぱし……! うれし! ギュ~~~~っ!!」



 花冠を見て、心から喜んでいるモンブラン。

 だが何よりも、パーシヴァルの名前を呼び、感謝を伝えられたことに興奮しているようだった。



 パーシヴァルは目頭を熱くする。



 ケーキとプレゼントを贈って。

 嬉しいと言ってもらえるのはこんなに心が震えるものなのか。




 だが、ここで泣くわけにはいかなかった。


 さきほどロンが「まいったなあ」と言った意味。






 明日、モンブランに別れを告げるつもりだった。







 モンブランは立派に成長した。これなら肉食恐竜と出会っても、自分の身を守れるはず。

 パーシヴァルは魔族との再戦に備えて近々ログレスの都に帰ることになるだろう。


 モンブランとはいつか別れが来ると覚悟はしていた。



 それが、少しだけ早まっただけだ。





「ぱし! ぱし!!」



 パーシヴァルの名前を呼ぶことができたのが嬉しくて、モンブランは何度も何度もその名を呼んだ。



「よく言えたな」と言ってやりたい。

 頭を撫でて「うれしいよ」と言ってやりたい。


 だが、明日の別れが辛くなる。




「モンブラン。ケーキを食べたら早く寝るんだぞ。明日は森へ行くからな」




 それが“別れ”のことだとは思いもしないモンブランは「ギュ! ぱし!」と元気に返事をした。






 ◇






 この森に足を踏み入れるのは久しぶりだった。


 ギャアギャアと鳥の鳴き声が聞こえる。こちらの気配を探るように、シカの親子が木々の奥から目を覗かせていた。


(今のところアロサウルスの気配はないな)


「ああ。もともとここはアンキロサウルスの巣だったのだろう。あのとき破壊された巣以外にも同種の恐竜のすみかが存在するかもしれない」


 パーシヴァルは隣を歩くモンブランの頬を撫でる。


「お前の仲間がこの森にいるかもしれないよ」


 モンブランは赤子のときにパーシヴァルに助けられたため、同種の恐竜を見たことがない。

「仲間」と言われてもピンと来ない様子で首をかしげていた。




 しばらく歩くと、かつてモンブランがいた巣の付近に到着する。


 月日が経過しているため、巣の痕跡は残っていない。草食恐竜がこのあたりで暮らしていた形跡も見えない。


(このあたりにはアンキロサウルスはいないのかな)


「もう少し奥のほうへ行ってみるか」



 パーシヴァルとロンが相談していたとき、森の奥から聞きなれた鳴き声が響いた。






 ギュワーッ






「ギュワ!?」



 モンブランが顔を上げる。自分と似た声だと分かったようだ。


「そんなに遠くはなかった。行こう!」



 パーシヴァルたちが駆けると、森の中の小さな水辺にたどり着いた。

 小さなオアシスには、シカ以外にもウサギやイタチなどの森の動物たちが集まって水浴びをしていた。


 そして、パーシヴァルの視線が釘付けになる。水辺の奥。ひと際大きな樹の陰。



 アンキロサウルスの親子だった。


 モンブランより一回り大きな体をした親恐竜と、1パーシヴァルほどしかない子ども恐竜。子どもが必死に水を飲んでいるのを親恐竜が見守っている。


 そして、肉眼ではうっすらとしか見えないが、その親子の後ろにはさらに2体ほどのアンキロサウルスがいるようだった。



「モンブラン、見えるか」



 モンブランも、じっと見つめていた。

 初めて見る同じ姿の恐竜。初めて見る仲間。


 声を出さず、ずっとずっと見ている。




 パーシヴァルはぐっと拳を握った。

 そして、心の中で何度か思い浮かべた言葉を、吐き出す。












「行きなさい、モンブラン」







 モンブランはパーシヴァルのほうにゆっくりと顔を向けた。


 無言だった。




「モンブラン。君はこの時代の生き物で、恐竜だ。俺はこの時代の生き物ではないし、人間だ。ずっと一緒に生きていくことはできない」



 パーシヴァルの言葉を理解しているのかいないのか、モンブランは全く動かなかった。




「あそこにお前の仲間たちがいる。きっとお前のことを受け入れてくれるはずだ。さあ、行きなさいモンブラン」




「ぱし」




 モンブランはそれだけ言った。


 その一言はパーシヴァルにとって、どんな刃物を刺されたときよりも痛かった。




「………モンブラン。分かってくれ。俺はいずれ元の時代に帰らなければいけないんだ。お前のことは本当に大切で、家族のように思っている。だが、こうするしかない」




「ぱし」





 これ以上ここにいたら涙を耐えられる自信がない。

 パーシヴァルは踵を返し、来た道を戻り始めた。




 ズン、ズン、ズン。




 モンブランが後ろから追いかけてくる。

 その、ゆっくりまったりとした足音。




「モンブラン」




「ぱし」




「モンブラン、戻りなさい」





「ぱし」






「モンブラン!!!」








「ぱし、わかれ、やだ!」









 パーシヴァルの涙はこらえきれなかった。


 これはガツンと一発叱ってやらねばなるまいと振り返ったところで、




 モンブランと、




 その後ろに迫っている肉食恐竜に気付いた。






 パーシヴァルですら目を見張る、その大きさ。


 成人男性ほどもある巨大な顔とその顎。鋭い牙は長剣の剣身(ブレード)のように長く、大きくて分厚い。落ちくぼんだ小さな目がぎょろりと動く。

 異常に小さい前脚の代わりに、後肢は太く堂々としている。全長はモンブランの2倍以上あるだろう。



 間違いない。


 最強の肉食恐竜と言われる、ティラノサウルスだ。





 パーシヴァルはようやく己の失態を自覚した。


 先ほどからロンゴミニアドが話さない。


 ここ数日、パーシヴァルは睡眠を取れていなかった。

 モンブランとどうやって円満に別れることができるか、そればかり考えていて眠れぬ夜を過ごしていた。



 体力と魔力は連動する。今のパーシヴァルには、魔力が不足しているのである。




 王者と呼ばれる肉食恐竜は、口を大きく開けた。涎がぼとりとモンブランの背に落ちる。


『これで解決!原始時代生活百科事典』で読んだ。ティラノサウルスの最大の強みはその大きさでも爪でもない。

 咬合力なのだ。

 あの長剣ほどの牙が恐ろしく強い力で噛み合わさり、ほとんどの生物は一瞬で噛み殺される。



 あれでは、モンブランの鎧も噛み砕かれるかもしれない。



 パーシヴァルの表情と涎の不快感で、モンブランが後ろにいるものに気付いた。

 ゆっくりと首を向ける。



 だめだ。



 喰われる。













 初めてこの森で出会ったとき、その“アルマジロ”はパーシヴァルの両手の上で丸まって震えていた。



『甲羅のような硬い部分は大丈夫だが、その下の体は血だらけだ。かなり怪我をしているようだな。早く手当しなければ……』





 パーシヴァルは無意識に飛び出していた。

 無言のロンゴミニアドをティラノサウルスの顎めがけて突き出す。


 モンブランが後ろを振り向くと同時にティラノが喰いかかる。






「モンブラン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」








 聖槍ロンゴミニアドは、ティラノサウルスの下顎に突き刺さっていた。


 が、致命傷ではない。


 そして、聖槍を握る手の反対側の腕で顔を覆っていたパーシヴァル。


 その腕にはティラノサウルスの牙が刺さっている。牙の先端は貫通していた。




「ぐ、」






 パーシヴァルの腕から大量の血が流れる。


 モンブランの体は真っ赤に染まった。


読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[一言] そ、そんな!! 嘘だパーシヴァル!!!!(;゜Д゜)
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