王子と公爵令嬢のとある日常の一コマ ~飼い猫は飼い主の手を噛むか?~
突発的に甘目のお話を書きたくなって書きました。
お時間のあるときに読んで頂けると幸いです。
今日はわたくしの婚約者、ルードグラ・アリベイサ第一王子殿下との月に二度の定例のお茶会です。前回が王城での開催でしたので、今日は王都にあります我がミケネ公爵邸にて行われています。
そしていつものように日光の良く入る大きな窓から庭を眺めることが出来る部屋で、向い合せに座ってお茶を飲みながら他愛のないお話をしていました。
「今日は晴れていて良かった。最近は執務室に籠っていることが多いせいか、太陽の光をこんなに浴びるのは久しぶりな気がするよ。ところで、シャルトールは最近は何をして過ごしているんだい?」
「ご公務がお忙しいのは分かりますが、ちゃんとお日様の光を浴びないとお体に障りますわよ? わたくしは隣国の言葉を学んでおりますわ。将来、殿下と共に訪問する際に必要になりますので」
「なるほど、私の為に学んでくれているわけだね」
「べっ、別に殿下の為に学んでいる訳ではないですわっ。隣国を訪れた際に、私が恥をかかない為に学んでいるのですからっ」
殿下のお言葉につい素直ではない反応をしてしまう。ああ、本当は殿下の補佐が出来るように、凄いねって褒めて貰いたくて勉強をしているのに、素直ではない私はつい可愛げのない反応をしてしまうのです。これは私の悪癖ですわ、好きなのについつい意地を張ってしまって後で自室で自己嫌悪に陥ってしまう。
「それじゃあ、私もシャルトールに恥をかかせないように頑張らないといけないね。この国の王子はこの程度の会話も出来ないのか、なんて思われたら隣にいる君にも恥ずかしい想いをさせてしまうからね」
「そ、そうですわっ! 私も恥ずかしい想いをしてしまうのですから、殿下もしっかりとお勉強して頂かないと困ります。でも、勉強ばかりをして部屋に籠りきりは体に良く無いですから、気を付けて下さいませね」
殿下が私に気を遣って下さっているのに、素直になれない私。どうしてこうも殿下に対して素直になれないのでしょう。自分で自分が嫌になってしまいますわ。
そんなことを思っていると、殿下の視線が私の右斜め後方下へと向いているのに気づきます。
その殿下の視線を追って私もそちらを見ますと、そこには我が家の飼い猫、真っ白な毛並みが美しいビアンカ(雌)が優雅にゆっくりと尻尾を振りながらこちらへと近づいてくるところでした。
そしてあろうことか、殿下の足にすりすりとすりついたかと思うとひょいっと殿下の脚の上に飛び乗って寛ぎ始めたのです。
「にゃー」
「ビアンカ! 殿下の脚の上に乗るなんてうらや……ではなくて殿下に対して失礼でしょう、降りなさい! 殿下、申し訳ございません、別の部屋に連れていきますので」
慌てて椅子から立ち上がろうとする私に白い手袋をつけた手を向けて大丈夫だよ、と微笑む殿下。そして優しい笑顔を浮かべて、丁寧な手つきでビアンカの頭を撫で始めます。
な ん て う ら や ま し い !
私なんて、エスコートとダンスの時に触れられる以外は、殿下にそんな風に撫でられたことはないというのに!
い、いえ、別にあんな風に優しく撫でて頂きたいと思っている訳ではなくっ? それに婚約者だとしても節度と言うものがございますしっ? 関係ないですわっ。
「凄く毛並みがいいね。流石は公爵家の飼い猫。へぇ、左右で瞳の色が違うんだね? 右目は僕と同じ青色で左目はシャルトールと同じ金色で、とても綺麗だ。おや? ふふっ、ビアンカは甘えん坊だね、そんなにすりすりしてきて……喉をごろごろ鳴らして、ここが気持ちいいのかな?」
「にゃー、ごろごろごろごろごろ……にゃふっ」
殿下の撫でる手に甘えるように頬を摺り寄せ、喉元を撫でられればごろごろと鳴いて目いっぱい甘えて……貴女、私が撫でてるときにはそこまで甘えてくれませんわよね!? どちらかと言うと塩対応しますわよね!?
はっ!? いけませんわ、公爵家の娘ともあろうものが飼い猫に嫉妬してしまうなんて。
落ち着け、落ち着くのよ、私……って、ビアンカ、今、私を見てドヤ顔しましたでしょうっ!?
くぅっ、まさか飼い猫に手を噛まれるとは思いませんでしたわ!
「ぐぬぬぬ……」
「まぁまぁ、落ち着いて、シャルトール。猫のすることなんだから、そんなに目くじらを立てなくてもいいじゃないか」
「にゃー」
まるで殿下のお言葉が分かっているかのように相槌を入れるビアンカ。この子、前から頭がいいとは思っていましたけれど、もしかしてこちらの言ってることが分かっているのではないですかしら。
それから暫く殿下に甘えてから、満足したのかビアンカはするりと膝の上から降りて来た道を戻っていってしまいました。
「おや、振られてしまったようだね。でも、久しぶりに猫に甘えて貰えて撫でられて楽しかったよ。今度、公爵邸にお邪魔するときはビアンカに何か持ってこようかな。ああ、そうだ。シャルトール、ちょっと立ってみてくれるかい?」
「殿下が楽しかったのなら何よりです。お気持ちは嬉しいですが、お気遣いなくですわ。はい? 構いませんけれど何かございましたか?」
去って行くビアンカを少し残念そうに見送られた殿下が私に立つようにと仰るので、素直に立ち上がりますと、殿下が手袋を外してこちらに近づいて来られます。
そして、私の横に並ばれますと私の腰に右手を回して、椅子を引きながらその上に腰掛けられたのです。
自然、私は体を引っ張られてしまい、殿下の膝上に腰掛ける形になってしまいました。
「で、でででででで殿下!? 何をなさるのです!?」
「いや、シャルトールがビアンカを見て羨ましそうにしていたからね」
「うっ、羨ましそうな顔など致しておりませんわ!? 離して下さいま……きゃうっ!?」
慌てて私が体を離そうとすると、お腹に回った殿下の腕で引き付けられて密着するようになってしまいます。しかも、ゆっくりと私の頭を撫でたり髪を梳いたりされて、思わず硬直してしまって動けなくなってしまいました。
「ふふ、シャルトールは可愛いね?」
「で、殿下、御戯れはほどほどに……ひゃぅっ!?」
殿下の細くて綺麗な指が、私の、の、の、喉元を這ってくすぐるようにっ!?
い、いけませんわ、殿下!? 私達、まだ婚約段階で、こんな、離れた場所にいるとは言え使用人や護衛が見ているようなところで! 破廉恥ですわっ!!
「耳まで真っ赤になってるよ? シャルトール、いや、シャル……」
「で、殿下!? そんな耳元で甘い声で囁かないで下さいませっ!」
「殿下、じゃなくて昔見たいにルードって呼んで欲しいな? ね、シャル」
「そ、そんなことを仰られましても、もう私達は幼い子供ではないのですからっ」
幼い頃のように、愛称で私を呼ばれる殿下が私にも同じように愛称で呼ぶようにねだられます。ですが、もう子供ではないのですから、そのようなことは。
私がそのように申し上げますと、殿下はどこか拗ねたような声を上げられて。
「それじゃあ、シャルが僕のことを愛称で呼んでくれるまでもっと破廉恥なことをしてしまうけど、良い?」
「い、良い訳ありませんわっ!?」
「それじゃあ、僕のこと、ルードって呼んで?」
うぅ、只でさえ殿下の膝の上に座らせられて密着していて、頭を撫でたり髪を梳かれたり、喉元を撫でられているのにもっとと言われては観念するしかありません。
恐る恐る、幼い頃にしていたように、殿下を愛称で呼んでみます。
「ル、ルード様……?」
「あぁっ、もう僕のシャルは可愛いなぁっ!! 耳まで真っ赤にして、可愛すぎて食べてしまいたいくらいだよ」
「で、ですから、そういうことはまだ……って、きゃぁっ!?」
い、いいいいいいい今、耳に何か柔らかくて弾力のある温かいものが触れたような!?
ま、まさか、ルード様、私の耳に、く、く、く、口づけぇっ!?
「きゅぅ」
「あぁっ!? シャル!? シャルっ!!」
だってだって、そんな、大好きな人にこんなことをされたら血が頭に上ってしまって、耐えられる訳がないですわ!
ビアンカ、貴女、良く耐えられましたわね……いえ、でも耳にキスはされていませんでしたから、私の勝ち……です……わ。
薄れゆく意識の中、ルード様の慌てる声と、こちらに駆けよってくる幾つかの足音を聞きながら、私の意識はぶつんっと途切れてしまいました。
「にゃー……ふわぁぁぁぁ」
茶会の様子が見える場所で寝そべって、飼い主と人間の雄の二人を眺めていた白い猫は、慌ただしくなった様子を見て何をやっているのかしら、と呆れたように一声鳴いてから大きく欠伸を零す。
「ふにゃぁ……にゃぅ、にゃふふふふふ」
お膳立てしてあげたのに、人間のオスとメスは何だか面倒くさいわねぇ。そんなことを思いながら立ち上がって大きく伸びをして、尻尾をぴんと立てて歩き出し、優雅にその場を後にする。
偶には飼い主に甘えてやってもいいかも知れないわね。その時、飼い主は自分にどんな惚気話を聞かせてくれるのか、今から楽しみですわ。
しかし、このときのビアンカはまだ知らなかった。飼い主が自分を撫でて甘やかしながら、猫撫で声で延々と惚気話を繰り返し聞かせてくるせいで、眠たいのに眠らせて貰えず、甘えたことを激しく後悔することを。
「うふふ、それでねそれでね、ルード様ったら私の意識が戻ったときに……って、もぉ、聞いてますの? ビアンカ」
「う、うにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」