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幸福の信長  作者: 花寺密
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2.コキンメフクロウ

梅雨時期の蒸し暑いが珍しく雲一つない夜だった。月は欠けているが影ができるくらい明るかった。

「暑いのにご苦労であったな。この町の皆は働き者じゃ」

駅に向かい、また駅から出てくる人々の疲れた顔に金の信長像はねぎらいの声をかけていた。


その時、音もなく信長の肩に鳥がとまった。こんな町中に珍しいフクロウであるが日本の在来種ではなく市内のどこかの家の窓から逃げ出してしまったコキンメフクロウであった。1年前、信長像の足元に疲れ切ってたどり着いた。疲れを癒しながら周囲の公園や神社の森で餌を賄い体力をつけ厳しい冬を越え、今では金華山の森の中で暮らしている。今夜は信長にご機嫌伺に来たのであった。

「おお、久しぶりじゃ息災であったか。」

信長は嬉しそうに声をかけた。駅前の人々の動きも面白いが鳥が聞かせてくれる話も好きな信長だった。

コキンメフクロウの話は、金華山のタイワンリスとのエサの取り合いといういつもの話から始まった。

しかし、今夜コキンメフクロウが話したかったのはリスの話ではない。

数日前、飼い主一家と金華山に来たチワワが迷子になった。森の中でクンクンと悲し気に鳴くこのチワワを家族の元に返すために森の住人が立ち上がった。

トビが上空から犬と飼い主一家との距離を測りコース設定。リスが目の前をチョロチョロと走ってチワワがリスを追いかけるように誘いコースから外れるとコキンメフクロウやカラスが後ろや横からおどかして追い立てるという連携プレイで探し回る人間の近くまでなんとか誘導し再会させた。この大長編を興奮のあまり羽をパタパタしながらコキンメフクロウは誇らしげに語った。

チワワは生きた心地もなく走り回っていたことは知る由もない。

「普段は争っていても一朝ことある時は力を合わせる。見事じゃ。わしも見たかったぞ」

信長はほめたたえた。

コキンメフクロウはうれしそうにもう一度羽をバサバサさせた。


「うん?」

信長は肩を落として駅に向かってトボトボと歩く若い男に気が付いた。男は白い半そでカッターシャツに黒いパンツと黒いシューズでサラリーマンのようだった。諦めきれないように胸ポケット尻ポケットをさぐり背負っていたリュックの中をごそごそとかき回す。確認しながらため息をついた。

男、飛島泰介32才は駅前交番から出て来たところだった。

朝、ぎふ駅に降りると改札を抜けた。そこまでは確実にパスケースは持っていた。

が、帰宅のために取り出そうとしたところ、無いのである。昨日買ったばかりの定期6か月分と約1万円のチャージである。真っ青になって駅の案内に走った。落とし物として届いていなかった。駅前交番は線路を挟んで南北にひとつずつある。南口交番へ行ったが届いていない。もしかしてと利用していない私鉄の駅まで行ったがもちろんない。そして北口にある交番は最後の望みだったのであった。


いつもならパスケースはカールコードでリュックと繋がっている。しかし昨日定期を買った時にパスケースに収めなおすためにコードからケースを外したのだった。

で繋ぎなおさずにリュックに収納そして朝は改札を通るために自宅最寄り駅とぎふ駅で2回パスケースを出し入れした。

「はぁ…っ」飛島はため息をついた。

交番では警察関係者にグチをこぼしながら遺失物届を書いた。演技かもしれないが同情され労わられたのがうれしかった。『警察24時』でこの交番が人情交番とか言われて放送されるといいなと思ったくらいうれしかった。

一瞬そう思ったがまた

『俺ってバカ』『なんですぐパスケースを繋いでおかなかったのか』

『昨日ちゃんとやっておけば』

今更反省しても後悔してもどうにもならない思いがグルグルと頭の中をループする。

人間なんだから仕方ないのである。が、しがないサラリーマンに半年分の定期を全額自腹で買いなおすのは非常に痛い。

「はあ…っ」ため息が出る。何度でも出る。止められない。

とりえず自宅に帰るのに今日は切符を買おう。いくらだっけ?


ホゥホゥ

後ろから聞きなれない音がした。振り返る気が起きない。トボトボ歩く。

ホゥホゥ、ホゥホゥ、とうとう飛島は振り向いた。

小さい四角いものがふわふわというか上下にびょんびょんしながら近づいてくる。

1メートル手前くらいで四角いものは止まったが相変わらずびょんびょんしている。

揺れてよく見えないが……これは、もしかして、落とした定期ではあるまいか?

飛島が百円ショップで買ったの青いケースで一緒に水色のカールコードも買った。目印にとケースにはパンのおまけの○ケモンのシールが貼ってある。

今ピョンピョン浮かんでいるのは自分のと同じ色で貼ってある○ケモンのシールも一緒だ。

だが、何故浮いている?

混乱しながらも飛島は近寄りながら見あげるとコード先には丸いものがいた。

コキンメフクロウがカールコードをつかんでホバリングしているのである。

思わず飛島は両手を差し出した。

その手にポトリとカードが落ちて来た。

「ああ」

声が出たところで丸い物、コキンメフクロウが上昇し遮っていた光がキラリと目を射た。

まばたきして改めて見ると、そこには黄金の信長像があたりを睥睨するように立っていた。

まさか、これは

「お、御館様、ありがとうございます」

思わず声が出ると飛島は深々と一礼していた。声に出してみると定期が戻ってきたのは信長のおかげだと確信していた。

すぐ帰ろうとしたが思いなおして今来た交番に戻ることにした。遺失物届を取り消すためである。そして今あったことを聞いてもらうのだ。

うふふふと笑いながら飛島は足取り軽く交番へ戻っていった。


コキンメフクロウは信長の肩に戻った。

「どうじゃ、嬉しそうであろう?」信長はコキンメに問うた。

交番は信長の背後なのでスキップしそうな飛島が見えないのである。

「朝、カバンから落ちたのを見かけてカラス達に拾ってきてもらったのじゃ。

それを儂の足元に置いて保管しておった。

どうやって渡してやろうかと思っておったがお主が来たので頼んだのじゃ。

あの男が来た時、お主が来た時、月の光で儂があの男に気付いた時という3つの時がきちんと揃わないとあやつに返してやれなんだ。

お主がきてくれてよかった。礼を言うぞ」

コキンメフクロウはホウホウと鳴いた。

人間ならばさしずめ「いゃあ、それほどでも」と照れて頭をかくような気分である。

よかったよかったと上機嫌で駅を通る人々を見守る信長であった。



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