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表と裏騒動記  作者: 美祢林太郎
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4 詮索

4 詮索


 変態教師は誰だろう、と生徒たちは興味津々になった。こんなに面白い話題は学校にそうそう転がっている代物ではない。みんなが勝手な推理をするようになった。暇つぶしには極上の話題だ。学校に変な活気が出てきた。

 白鳥はこれまで築いてきた生徒たちへの信頼関係から、変態教師としてはノーマークとなり、却って生徒から変態教師の候補として挙がった教員の真偽の相談があるほどだった。

 今日の放課後も、白鳥は生徒の変態教師の推理に耳を傾けていた。白鳥は推理を真面目に聞いてくれる先生として生徒たちの間に知れ渡るようになり、授業を受け持っていない1年生や2年生の生徒からも相談を受けるようになった。生徒の推理を聞くのは楽しかった。生徒たちの推理にはそれなりの根拠があった。

 一番最初に生徒たちに疑われたのは国語教師の平沢だった。40代半ばの彼は、女子生徒たちをいやらしい目で見るというので、以前から女子生徒たちの間で評判が悪かった。白鳥は平沢がかっこつけたきざな男であるとは思っていたが、生徒に指摘されて改めて見ても、それほどいやらしい眼付には見えなかった。ある女子生徒は粘ってかっこつけた平沢の話し方が変態教師っぽいのだと言う。話し方で変態呼ばわりされるとたまったものではないが、生徒の直感は正しいのかも知れないと思い、平沢とそれとなく話をしてみることにした。だが、彼に変態の兆候を見て取ることはできない。ただおかしかったのは、最近女子生徒から見つめられることが多くなり、自分が女子生徒に人気があると思い込んでいることだった。時として勘違いは幸せを生む。

 赤木は女子バレー部の顧問をしており、5名のバレー部員が集団で白鳥のところに相談にきた。赤木の自分たちを見る目はねとっとしてそれは嫌らしい、と毛嫌いした口調で言う。あれはストーカーの目つきだとか、変質者の目つきだとか、変態そのものの目だとか、好き勝手に罵り出した。いやらしい目つき以外に、実際に体を触られたとか、言い寄られたとか、のぞきをされたとか、何か具体的な被害があるのかと尋ねると、誰もそんなことをされたことがないし、そんな噂も聞いたことがないと言う。目つきが悪いからと言って変態だと決めつけてはいけないし、そんな噂を流してはいけないと教え諭した。すると、すでに赤木はバレー部だけでなく学校中の生徒たちが変態教師の候補の一番手に挙げていると教えてくれた。目つきの悪さは命取りだということが分かった。それでも、生徒たちにはネットにあげて噂を拡散しないようにきつく注意した。赤木も生徒たちから疑いをかけられていることを知っているようで、気を付けて彼を観察していると、同僚にはこれまでよりも明るく振る舞い、女子生徒とは目を合わさないようにしているのがわかった。かわいそうなことに、しばらくして赤木はバレーの部活に出なくなり、職員室に籠るようになった。気を付けないと鬱状態になるかもしれないと、みんなが心配するようになった。白鳥は何度か赤木を飲みに誘った。

 美術の宇田が描いたいやらしいヌードのデッサンを見たことがある、とある生徒が言い出すと、宇田はしばらくの間生徒たちから白い目で見られた。美術の教師なのだからヌードを描くのは当たり前のことだ。冷静になれば生徒だってわかるはずだが、もはや生徒たちは冷静ではいられなかった。それに誰が言い始めたのかわからないが、ヌードの前にいやらしいという言葉がつき、それが男子生徒たちの間に様々な妄想を駆り立てることとなった。ある男子生徒が美術室の教員控室に入って宇田のスケッチブックを盗み見て、そこに静物のデッサンとともに様々なヌードが描かれているのを発見して、友だちの前でヌードのポーズを実際に演じながら面白いように吹聴して回った。男子生徒たちの妄想はますますエスカレートしていき、街の図書館や本屋でヌード写真を見るのが一つの流行になっていった。宇田はやめればいいのに、男子生徒にフランス写実主義のクールベが女性の下腹部を描いた作品『世界の起源』を見せて、彼らの反応を面白がった。火に油を注ぐようなもので、宇田こそが変態教師だと生徒の間で広まり、宇田も人気者になって少し得意になっているようだった。同僚が宇田にあまり生徒を挑発しないようにと注意を与えた後は、宇田もおとなしくなった。生徒たちも宇田のあけっぴろげな性格を理解するようになり、変態はもっと陰湿でなくてはならないとの生徒間の同意によって、宇田は生徒たちの変態リストから外されていった。宇田は生徒の人気がなくなったと思い、幾分寂しそうだった。

 体育の西脇が同僚の小堀とラブホテルから出てくるところを見たという噂が立ったが、噂の出所はわからなかった。二人がラブホテルから出てこようが、二人とも独身なのだから何の問題もないと思うのだが、生徒たちにしてみればそんなこともないようだった。西脇は年齢の割にはずいぶん髪が薄いので、生徒たちは勝手に西脇を年配者の妻帯者だと思い込んでいたのだ。こうして西脇は新しい変態教師のリストに載せられた。だが実際は、西脇は未婚であり、童顔の小堀と年の差はほとんどない。教員の正確な年齢を知らない生徒たちは、教員を見てくれだけで判断している。もしかすると、他の教員が嫉妬してデマを流したのかもしれない、と西脇は一時疑心暗鬼になっていた。ところが、世の中わからないもので、二人の関係が噂になったことを契機に2人はめでたく婚約した。こうして西脇も変態教師リストから外された。白鳥は二人への結婚プレゼントを考えている。

 ある気の利いた男子生徒が、現代は男女平等の社会だから、変態教師が男であるとは限らないだろうと言い出した。すると、ある女子生徒が音楽教師の森口は男子生徒に言い寄っているから、彼女ではないかと言い出した。それまで変態教師を男だと思い込んでいた生徒たちは新しい視点を授かったようで新鮮な気持ちになり、この説に耳を傾けた。放課後にピアノの伴奏をしながらある男子生徒に声楽の個人レッスンをしているという。そして胸を彼の背中に押しつけていたのを見たことがあるというのだ。実際は、森口は音楽の才能のある生徒が好きなだけだ。彼女はえこひいきをするが、そのどこが悪いと開き直ってくる。音楽は才能のある人間だけのものだ。才能のないものは黙っていればいい。才能のある子を発掘して、コンクールに出して有名にしたいのだ。音楽の世界はそんなものらしいが、こんな田舎にモーツァルトやショパンのような音楽の天才が眠っているとは思われない。そんな夢は捨てた方がいいと思うけれど、頑固な森口に言うべきことではない。いずれにしても、一週間もしない特訓で生徒の才能のないことが判明するので、当該の生徒は森口に見放された。それで生徒たちはこの音楽教師を変態教師リストから外すことになった。

 変態教師探しはどんどんエスカレートしていった。変態教師はほどなくして保護者が知るところとなり、保護者も変態教師探しに参入してきた。どこそこの奥さんとあの先生がラブホテルに入ったのを見たという投書もあった。しかたがないので、副校長が当該の教員に確かめたようだが、その教員はそんなことはないと強く否定した。相手と名指しされた母親に事の真偽を確認するわけにはいかなかった。

 変態教師とは男と女の関係ばかりだった。変態といってみんなの頭に浮かぶのは、色事だけなのだろうか。古今東西、色事が一番面白いのはわかっているけれど、人間に進歩はないな、と白鳥は思った。

 生徒たちが白鳥に話す噂話は、子供が万引きをしている教員、妻が不倫している教員、ギャンブル癖、同性愛者、経歴詐称、業者への汚職、ドラッグ、若いタレントの追っかけなど、明らかに法に触れる犯罪から、本人とは関係ないもの、ただの趣味まで、およそワイドショーから拾ってきたようなあらゆる話題が網羅されるようになった。そしてその変態教師には、実際の名前ではなく、教師の前に「あの」というぼかしが使われた。もはや、誰もそれが誰なのかわからなかった。生徒に話を聞いても、噂の出所はわからなかった。

 それまでいたって善良そうに見えた小峰中学校の教員たちは、脛に傷持つ、どこか後ろめたい人間ばかりに見えてきた。教員たちは生徒たちから好奇の目で見られるようになった。疑われなかったのは白鳥翔太と毒にも薬にもならぬ腑抜けたような数名の教員だけだった。腑抜け教員たちは当然のごとく生徒たちにとっては何の魅力もなかった。月給泥棒とは彼らのためにあるような言葉だった。かれらは生徒を教育したいとはこれっぽっちも考えていないようだった。授業中は黒板に向かって生徒たちに聞こえないようにぼそぼそとしゃべり、授業時間が消費されるのを待つかのようにゆっくりと板書していった。

 みんなが変態教師を捜索している頃、女子トイレで小型の盗撮カメラが発見された。このカメラを仕掛けた犯人こそが変態教師に間違いない、と誰もが色めきたった。だが、しばらくすると、この盗撮カメラを仕掛けたのは、これを発見した女子生徒の宮脇だということが判明した。ドジなことにこの女子生徒のカバンの中から盗聴カメラのパンフレットが見つかったのだ。彼女の通販履歴にも盗撮カメラを購入した記録が残されていた。教師が問い詰めると、もっと変態教師の騒ぎが盛り上がったら、高校入試が中止されるかもしれないと泣いて弁明した。なんと浅はかな。

 この盗撮事件は、マスコミにも取り上げられて盛り上がっていた。なんとか、この女子生徒が犯人であることを公にすることなく、火消しをしなければならない。生徒を守るのが学校の役目だ。話を小耳にはさんだ新任教員の若菜舞は、自分の親しくしている和泉陽子がマスコミ関係者なので、和泉の力を借りてマスコミを抑えることができるかもしれないと提案した。みんな半信半疑だったが、一応彼女を通して和泉に頼むことが認められたのだが、結果、不思議とマスコミの発表は抑えられた。若菜の人脈は凄いとみんな感心し、若菜の株は上がった。

 変態教師騒動が大きくなると、ある教員は自宅に籠って学校に出てこなくなった。生徒たちはこの教員が、本物の変態教員ではないかと言い出した。校長が彼の家に行き、話を聞いてみると、以前道路に落ちていた百円玉を拾って、警察に届けなかったことがあると言う。それを生徒の誰かに見られて変態教師呼ばわりされて告発されているのではないかと言うのだ。元々気の弱い教員だった。校長が変態教員はあなたではないからと言い含めた。じきにその教員は学校に出てくるようになったが、それからしばらくして退職した。

 教員たちは気の弱さが試されるようになった。昔犯した小さな罪を思い出すようになった。そのいずれもが子供がしてしまうような他愛ないことばかりだった。そんなことなのに、誰にも打ち明けられずに心が病んでしまう者もいた。繊細だと言えばかっこいいが、そんなことじゃ生きていけない。よっぽど甘い世界で生きてきたんだろう、と白鳥は思った。

 生徒たちは、徐々に中世の魔女狩りをするように変態教師探しにのめり込んでいった。魔女狩りに加わらないと、クラスでのけ者にされ、自分がいじめに合うかもしれないと考える者が出てきた。普段いじめられていそうな子ほど積極的に魔女狩りをし、教師たちを恐ろしい目つきで観察するようになった。もはや変態教師探しを止めることはできないのだ。

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