表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/7

第二話『リンバート王国宰相』

広く長い真赤な絨毯が引かれた廊下をある男が早足で歩いていた。寂しくなった頭にちょび髭そして切長で如何にも目付きの悪い眼がギラギラ光っている。この男こそはリンバード王国の宰相リート・キラソンである。リートは足に怒りや苛立ちを込めて一歩一歩地面を蹴っている。


リートは普段そこまで感情を昂らせる事は無い。感情に支配され俯瞰的な視点を失うのは愚かな行為だと考えているからだ。特に宰相という実質的に国を運営する立場にいるのでその考えは顕著だ。瞬間的な感情で国の政策や法を変えて仕舞えば忽ち国は衰退してしまう。


しかし、今回は少し感情が溢れてしまう。明らかな愚策に対する怒りだ。向かう場所は廊下をずっと歩いた先に目に見える豪華な装飾が施されている大きな扉だ。燦爛たる扉の向こう側には高貴な方がいるのは確実だろう。


「はぁ」


リートはその扉の前に立ち深く嘆息する。理由としては扉の奥からうっすらと聞こえる嬌声によるものであり、リートは其れに対しまたかという呆れの感情を抱かざるを得ない。リートは暫しの逡巡の後、意を決して大きく息を吸い込み


「王よ!お話がある為!入らせていただきます!」


声を張り上げた。それと同時に中から聞こえていた嬌声はピタと止まり、それを確認するとリートは扉に手をかけ思いっきり開いた。


部屋は扉に負けず劣らず豪華に装飾されている。壁には絵画や動物の剥製、天井には大きなシャンデリア。部屋の奥には大きな窓があり、其処からの眺めは地上にあるものが模型のように感じられる程壮観である。その窓の前に立派な木製の机と高級な皮で出来た椅子がある。机の上には書類がたくさん散乱しており全く整理整頓がされていないのが分かる。


部屋の真ん中にはこれまた立派なソファが向かい合っておりその間に大理石で出来ている机が堂々と置かれている。恐らく応接用なのだろう。部屋は豪華で立派で上品だ。その神性を感じされる空間の主は


「王よ」


リートはソファにいる男性に目を向ける。その男性は一人の女性に覆い被さるように両手をついて此方をめんどくさそうにリートを見つめいる。


「はぁ。おい、ささっと服を着ろ」


男性は至極面倒だとでも言わんばかりのテンションで話す。話されたのはリートではなくベットに覆い被されている女性に向けてだ。


「す、すみません!」


女性は乱れている服ー所謂メイド服だろうーを声を上擦らせながら急いで身嗜みを整えてスタスタと焦りながら部屋から出て行った。その姿を一瞥するが、直ぐにソファに上半身裸で足を組んでいる男性に目を向ける。


「服を着るのは貴方の方です」


「分かっておる」


男性は億劫そうに立ち上がり床に散乱している服を取ってダラダラと着る。


「分かっているのでしたら、そもそも執務室で情交をしないで下さい」


執務室。その名の通り執務を行うための部屋である。そんな場所で情交を為すのは言語道断。リートはそう考えている。それに、


「貴方はこの国の頂に立つ者、国王なのですからそのような事をやっていたら民に示しがつきません」


リートは毅然と目の前の男性ーリンバート王国十六代国王アンリック・リンバートーに言い放つ。だが、アンリックはまた始まったとでも言わんばかりの目を向ける。


「分かっておる。分かっておる。いつも同じことばかり、お主もよう飽きぬな」


「飽きています。私だって好きで言ってるわけじゃ無いのです」


リートの諫言をアンリックは何処吹く風と適当に聞き流している。そして、服を着終わり気怠げに椅子に深々と座り頬杖を突いた。


「はぁ。それで、要件は何だ?」


「…ん」


アンリックの為を思い言っているのに、当人は大して気に留めておらずリークにやって来た目的を聞く。その態度にムッとするもこれもいつものことであり、リートは直ぐに気持ちを切り替える。


「お話と言うのは税金に対してです」


「ん?税金?税金がどうした?」


「惚けないで下さい。アンリック王よ。貴方、第一階級の税金を勝手に引き下げましたね」


「第一…。ああ。そうだな…。うん。確かに下げたが其れがどうした?」


「どうしたではありません!」


リークが一歩踏み出し、声を張り上げる。眼光が鋭く輝き全く物怖じせずに睨み付ける。一方のアンリックはリークが一体何故こんな様子なのか分からないようでポカンと見つめいる。


そんな姿に深くため息を吐き、リートはアンリックにこの国の王として分かって当然な問いを投げかける。


「王は第一階級が国民の何割かお知りですか?」


リンバート王国の国民は大きく分けて三つの階級に分けられる。第一階級に位置するのは侯爵や伯爵などの所謂貴族であり、第一階級がこの国に於いて最も権力、財力を持っている。


次の第二階級は教会の聖職者のことを指す。この場合教会とは『女神の揺り籠』である。『女神の揺り籠』はこの世界に於ける最大の宗教であり、この世界の殆どの人類が信仰している宗教だ。この教会は其々の国に聖職者を派遣し其処での生活を送らせる。


教会の聖職者は国に免税を保証されたり、また国の税金で収入を賄っている。その代わりに教会は結婚式や葬式などの祭事や使えるものが少ない魔術医療を無償で行ったりしている。


最後に第三階級。


これは第一、第二階級に位置していない全ての民のこと言う。商会の取締役ないし従業員や地方で作物を育てている。農民を言う。彼らは収益も少なくその日の食べ物を獲るのにも必死でありこの国で最も下に位置する民達だ。この様にリンバート王国は三つの階級で構成されている。そして、その中で第一階級が占めてる割合としては、


「5割くらいか?」


「1割です!」


リートが被せる様に言う。其れを聞いてアンリックは初めて聞いたみたいな表情を浮かべる。


「そんなに少ないのかぁ」


「そうです!そんなに少ないのです!そして、第三階級は7割です!」


「へぇ」


まるで他人事である。そんな王として無自覚な反応に少しイラつき乍ら続いての質問を投げかける。


「もう一つ質問させていただきますが、この国の利益を第一階級は何割所有しているか分かりますか?」


「はぁ、お主は我を馬鹿にしておるのか?第一階級が1割しか居ないのなら、その分所有している利益も1割に決まっておるだろうに」


コイツは一体何を言っているのだとでも言わんばかりの馬鹿にした目をアンリックはリークに向ける。しかし、その目を向けたいのはリークの方だ。


「違います。第一階級が所有しているこの国の利益の5割です!」


「ほぉ。そんなにか。其れは意外だ」


「そんな簡単な言葉で済まさないで頂きたい!」


又しても、リークは王に向かって語気を荒げてしまう。しかし、其れも無理もない。5割。これは異常な数字だ。たった1割の第一階級が国の半分の富を支配している。つまり、第三階級のものはその日の食料を調達するのにも必死に働き、それでも富は貯まらない状態に陥る。


そもそも、第一階級の主な収入源は支配している領地の民から徴収する税つまり地方税だ。徴収する税の割合はその領の領主が独断で決めて良いとなっていた。其れに加えて国民である以上、国に対しての税。所謂国税も払わなくてはならない。


国税を徴収する対象は国民全員であり、月の収入の3割である。この場合、第一、第二階級は良い地方税が課せられていないからだ。しかし、第3階級は違う。地方税の上に国税を払わなくてはならない。これでは、国民の7割である第三階級はどんどん貧しくなり、国に対する不満も膨れてしまう。


其れを防ぐ為に、


「6年前に結んだ鼎談協約をお忘れですか!」


リートがアンリックに強く迫る。しかし、


「鼎談…?何だ其れ?」


「ッ!…はぁ」


リートは思わず叫び出しそうになった。まさかここまで自分達の王が無知だとは予想していなかったからだ。気持ちをグッと抑えつけて簡潔に説明する。


「鼎談協約とは第三階級の国税は第一階級が肩代わりすると言うのを目的とした協約です」


鼎談協約。今から6年前其々の階級の代表者が集まり第一階級は第三階級の国税を補い、第三階級は第一階級に地方税を払い、其れと合わせて地方税の上限を収入の3割までとする。そして第二階級は両者の協約を女神の名の下に誓い結ばれた協約である。


これにより第三階級の民は国税を納める必要が無くなり、不満は一気に解消された。しかし、今回アンリックがしでかした行いはその不満を再燃させるものである。


「良いですか?王よ。第一階級の税金を引き下げると言うことは鼎談協約を破棄することなんです」


「ん?ああ。確かにそうだな」


アンリックは一瞬中空を眺めて、続いて納得したのか間の抜けた声を出した。その反応にリークは又しても些か苛立ってしまう。


「第一階級の税金を下げるという事はつまり…どういう事かお分かりですよね?」


「つまり…何だ?」


「つまり!国税が減るという事です。王は!国税を使用して生活出来ているのをご理解しているのですか⁉︎」


「なんだ。そんな事か」


アンリックは煩そうに顔を顰め耳に指を突っ込んだ。そして、大儀そうにならと言って続けた。


「第三階級の者たちに税を納めさせれば良いでは無いか」


「な!其れでは元も子もありません!」


アンリックの愚鈍さ加減にとうとう堪忍袋の緒が切れてしまった。


「良いですか⁉︎鼎談協約は第三階級の不満を減らすためのものなのです。其れを反故してしまえば、第三階級の不満は又しても溜まり今度は吹き出して反乱を起こすかも知れません!」


「しかしなぁ。第一階級の者たちも不満は溜まっておると言っていたがなぁ」


「第一階級は国税を肩代わりしたとしても充分生活は送れますし、其れでも第三階級よりも富は多いのです」


「うーん」


全く得心がいっていない様子だ。しかし、


「小さい不満を解消する為に大きな問題を無視するのは愚か者がする事です!」


「ああ、もう。分かった。分かったから大声を上げないでくれ。頭に響く」


リークのアンリックは半ば投げやりにリークの要望を受け付けて椅子を半回転させながら窓の外を呆けたように眺めた。そんなアンリックを見てリークは先般とは打って変わって落ち着いて声色で諌めるように言う。


「アンリック様。貴方はこのリンバート王国の国王なのですよ」


「それはさっき聞いたし、聞かなくても分かっておる」


外を横目にアンリックが気怠げ気に応える。深く嘆息してリークをチラと見る。


「お前は其ればかりだな。学園の頃から。貴方様はこの国の玉座に着くお方なのですからって昔からずっと…」


アンリックとリークは学生の時分からの仲である。関係性としては今と対して変わらず、リークがアンリックに対し諫言を呈して、それをアンリックが顔を顰める。そんな関係性だ。


「貴方様に王であって欲しいのです」


「我は王だ。こうして玉座に着いてる」


両腕を少し上げ、アンリックは自分の地位を示す。


「玉座に着いたものが王ではないのです。知恵をつけ、武力を持ち、民を想い、国益を求め、王である事に矜持を持つ。その様な者が王であるのです」


「我には其れが無いと申すのか?」


粘りつくような視線でリークを見詰める。しかし、其れをキッパリと断ち切って泰然自若に応える。


「其れはアンリック様ご本人が己で見極めてください。自分には何が足りないのか、自分には何が必要なのか」


「…無責任だな」


無責任。確かにそうかもしれない。王であれ。王であれ。と口煩く言っておいて具体的なことは何も言わないのだから無責任だろう。しかし、リークはアンリックに王であれと言う。そう心の底で誓っている。煩いと分かってると言われても嫌われても王であれと言う。


アンリックはそれを煩わしく思い、苦しむかもしれない。其れはもしかしたらある意味では呪いなのかもしれない。でも、


「王であって下さい」


リークはアンリックに呪いを掛け続ける。


「…」


アンリックは何も言わずに沈黙を選び、又しても窓の外に視線を放り投げた。これ以上何か言うのは藪蛇だろうと思いリークは其れでは私はこれでと言い頭を下げた後踵を返した。


扉に手をかけ退室しようとした瞬間、


「確か」


と椅子の背もたれを此方に寄せていたアンリックが呟いた。その呟きにリークは少し意識を奪われて動きが止まり首を回して後ろを見る。


「確か、お主妻を持っていなかったな」


「え、ああ。はい。そうです」


リートは妻がいない。もう少し詳しく説明すると昔はいた。離縁したのだ。元々政略結婚だった為、両者間には明確な愛情がなかったのが理由だ。両者間というのは少し誤りだろう。リートは妻を心の底から愛そうとしていたし愛していた。


しかし、リートが妻に向ける愛を当の妻は受け取ろうとも自覚しようとも、ましてや自ら愛を与えようともせずに二人の気持ちは最後まで交わらずにすれ違い続けた。


其れにある事がキッカケとなりリートは遂に妻と離縁してしまった。それ以来リートは妻を娶ることもなく過ごしてきた。


「其れがどうかしましたか?」


リートの疑問を聞いてアンリックが椅子を回転させながら此方を向く。その表情には笑みが浮かんでいる。しかし、その笑みは優しさとか親切心などの類の物では無く、まるで悪戯っ子みたいな笑顔である。


「お主、妻を娶る気はないか?」


「妻ですか…?」


「ああ。そうだ」


妻。リートは前妻と離縁してから自分は結婚というものに向いていないのだろうと漠然と考えていた。誰かと再び結婚する事なんて微塵も考えていなかった。それに、


「王よ私は今年で齢45です。もう既に老体です。今更妻を娶るとは…」


「別にお主の齢でも妻を娶る者は多くいる。我も数ヶ月前に第六夫人を迎え入れたぞ」


「其れは…そうですが。私が良くても向こう側が…。そもそも一体誰なんです」


「お主の妻か?」


「…ええ」


まだ妻と決まったわけじゃ無いが。


「ツインリヒだ。ツインリヒ伯爵令嬢である、エリーゼ・ツインリヒだ」


「ツインリヒ…?ツインリヒって!」


リートはハッとする。ツインリヒと言う家名に聞き覚えがあったからだ。それは


「トリスタン殿下の許嫁ではありませんか⁉︎」


リンバート王国の北方にあるダルン領ツインリヒ伯爵の令嬢であるエリーゼ・ツインリヒはアンリックの息子である第一王子のトリスタン・リンバートの許嫁であり、二人が学園を卒業すると国中で一大結婚式を挙げる筈だ。


其れなのに何故。


「何故ですか。何故、トリスタン殿下の許嫁であるエリーゼ様が…」


「破棄したのだよ」


「え?何を」


「婚約をだ。如何やらあの愚息ツインリヒ伯爵令嬢との婚約を破棄したらしいのだ」


「理由は…?」


「如何やら第三階級の娘をいじめたらしい」


「そんな…まさか」


リートはエリーゼの姿を思い浮かべる。会った回数としては数える程、しかも彼女が幼い時分だったから朧気にしか思い出せないが、唯一はっきりと覚えているのは彼女の視線だ。


彼女のトリスタンを見つめる視線をリートは明瞭に思い浮かべる事が出来る。あの熱く優しく尊敬と愛が籠った視線。ーああ。彼女は心の底からトリスタン殿下を慕っているのだなーと第三者のリートが傍目に見て分かるぐらいだ。


そんな彼女がいじめを。トリスタンに婚約破棄される様な行いをするとは些か考え難い。


「婚約は、トリスタン殿下の婚約はつまり白紙になると言う事ですか?」


トリスタンとエリーゼの婚約は10年前から両家が決まっていたはずだ。其れを今更破棄なんてそう簡単では無いだろうし、そもそもトリスタンの許嫁の座が空席になるということだ。


「其れは大丈夫らしい。如何やらトリスタンが勝手に次なる婚約者を決めたらしい」


アンリックが余裕綽々といった様子で肘掛けに肘を乗せて頬杖をつく。


「次って…。一体誰なのですか?」


「いじめられていた娘だ」


「いじめられていた。あの第三階級の…」


「そうそう。平民の小娘だ」


「そんな、平民が殿下と…」


一国の王子が平民の娘と結婚するなんて前代未聞だ。常にリンバート王国は第一階級の者を妻として娶ってきた。その貴い血族に平民の血を入れるのは、


「他の貴族達が一体どう思うか…。平民の娘を王家に迎え入れるのに反感を持たないはずがありません」


「大丈夫だろう。平民を娶る貴族も居ないわけでも無いだろうし」


「其れはあくまでも側室としてでしょう。其れに王族が守ってきた貴い血に平民の血を入れるのは王家が守ってきた…」


「そんなたかだか一回平民の血が入った程度で王家の血が薄まるわけではあるまい」


アンリックが被せる様に言う。続けて他の貴族の文句など無視すれば良かろうと言う。


「其れよりもだ。煩いのはツインリヒの方なんだ」


「伯爵がですか?」


「ああ。そんな今更婚約を破棄されても困る。するなら、後釜となる者を用意してくれとな」


「其れが、私…?」


「そうだ」


アンリックが頷く。確かにリークは公爵それに合わせて宰相という王国に直接的に関わる存在として後釜に選ばれるかもしれないが


「他の貴族の嫡男ではダメなのですか?」


わざわざ老成している自分で無くても良いのではないか。


「どの家もいじめを起こして外聞が悪い令嬢を貰おうとしないのだ。つまり、お主が最後の候補だというわけだ。どうだ、そこまで悪い話ではあるまい」


「し、しかし」


「ツインリヒ伯爵は娘を貰ってくれるのなら誰でも良いと言っている」


「…んー」


「はぁ。恐らくお主が拒否したとしても伯爵が食い下がらないだろうな。だから、どんなに悩んで逡巡の結果断ったとしても向こう側は無理矢理にでも押し付けるかもな」


「そんな。ならエリーゼ様自身の気持ちは…」


「そんなもの関係あるわけないだろうに。そもそも結婚とはそういうものだ」


結婚とはそういうもの。言い得て妙だとリートは冷静に考える。アンリックが続ける。


「まぁ。令嬢自身も誰でも良いといった様子らしいしな」


自暴自棄なのかも知れない。長年慕ってきた者と結婚も出来ず誰も娶ってくれない。そんな女性と結婚するのは果たして良いのだろうか。リートは胸中で煩悶する。


「良いのでしょうか?」


リートは思わず呟いてしまう。アンリックに向けての言葉ではない己に向けた言葉だ。しかし、アンリックはその呟きに反応する。


「は?良い?何がだ?」


「い、いえ。その。何と言えば良いのでしょうか。結婚をするというのはまるで弱みに漬け込んでいるみたいで…」


「弱みに漬け込む?」


「エリーゼ様は今、殿下に婚約破棄を言い渡されて悲しみ失意に沈んでいるでしょう。そんな状態の女性に結婚をするのは…少し憚れて」


「何だそれ。良いか?お主が言っているのは勝手な決め付けだぞ。それにな、もしお主と令嬢が結婚して恨まれるなんて有り得ないだろう。むしろ感謝されるはずだ」


「感謝ですか?」


「貴族の女にとって最も忌避すべきことは何処の家にも嫁げない事だ。平民は分からぬが貴族の女は男と結婚しなければ金を得ることは難しい。そして、その危機的状況に陥っているのがツインリヒ伯爵令嬢だ。何処の家も令嬢を娶ってくれない。そんな中最後の砦がお主であり、もし娶ったらそれは救済以外の何者では無かろう。なぁ」


アンリックが同意を求めるように問いかける。リートは考える。アンリックが言っているのは一理あるかも知れない。しかし、やはり其れはツインリヒ家としての考えでありエリーゼ・ツインリヒの考えではない。


ーダメだ。堂々巡りじゃないかー


「ふぅ」


アンリックが脱力して思いっきり背もたれにもたれ掛かる。さっさと決めろと目線で言っている。


リークは逡巡する。実際そこまで断る材料は無いのだ。エリーゼは学園でも首席であると聞いた事もあるし、眉目秀麗、秀麗皎潔とも言われていた。しかし、リークは怖いのだ。前妻の時向けた愛情が無碍にされ結局離縁した経験がリークを臆病にさせているのだ。どんなにエリーゼの気持ちどうこうと考えときながら其れは結局言い訳なのだ。


それに彼女はトリスタンを何年も慕い続けていた、その積年の思いを覆せる程リークは人に好かれる男ではないと自分で分かっている。


ーきっと、エリーゼ様も私の様な者とは一緒になりたくないだろうし離縁も直ぐに臨むだろうー


そこでふとリートは気付く。


ーそうか。離縁をすれば良いのか。エリーゼ様がもし私と離縁したくなればすれば良いのだ。ああ。そうだそうしよう。私との結婚は謂わば場つなぎであり彼女が殿下との失恋に立ち直り次なる恋を実らせようとする時、私は離縁をすれば良い。王はエリーゼ様と結婚したい者はいないと仰っていたが彼女は美しい。きっと直ぐに良い殿方が見つかるだろうー


余りにも己を卑下する諦観をリートは受け入れた。リートの過小評価は筋金入りだ。


「…王よ」


リークは決心がついたのか視線を目の前にいるアンリックに向けて真っ直ぐの見つめる。そして暫しの沈黙の後、ゆっくりと静かに自分の意思を告げた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ