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第一話『壊れたモノ』

小説書くってめんどくせぇ。

パンッ!!


天井には大きな精巧に形作られたシャンデリアがぶら下がっており、大きな会場を暖色系の灯りで照らしている。


壁には名匠な画家の作品が等間隔に掛けられて、床は大理石で出来ている。とても大きな会場だ。数百人は余裕で収容できると思われるほどだ。


その会場にいる者達も会場に見劣りしないほど豪華な服を着用している。男は黒な紺の落ち着いた色をしているが、きっとお高いであろう燕尾服を、女は豪華絢爛そのものであり、フリルや宝石が付いたドレスを着ている。両者とも衣服も然り立居振る舞いで貴族だと感じられる。しかし、貴族と言っても会場にいる者の殆どは何処か幼さや若さを感じられる。皆見た目は17.8歳だ。  


それはそうだろう。今日この場はこの若人達の旅出ちの日。つまり、卒業式なのだ。


そんな若い貴族達が集まる会に突然甲高い破裂音みたいな音が響いた。皆一体何事かとその音が発生した場所に目を向けた。


そこには一組の男女が向かい合っていた。男は眩しいほどの金髪。とても凛々しい顔立ちで瞳は黄金色。周りとは一線を隠すほどの高貴さを携えている。


その高貴な彼に向き合っている女性。ウェーブがかかった長い銀髪に少し吊り目の美しい碧瞳。紺色の豪華なドレス。目の前にいる彼と負けず劣らず高貴さを滲み出している。しかし、今は己の頬に手を当てて唖然とした表情を浮かべている。まるで、現在の状況を理解できていないようだ。いや、実際そうなのだ。彼女は今、自分が置かれている状況が把握できない。


そんな茫然自失な彼女に目の前の彼は冷淡かつ俊烈な目を向けている。そして、


「我トリスタン・リンバートは其方エリーゼ・ツインリヒとの婚約を破棄する!」


と会場全体に響き渡るほどの凛々しい声を上げた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


エリーゼ・ツインリヒはジンジンと血液が体を巡るのと同時に痛む赤色に染まった頬に手を添えている。頬を叩かれたのだ。誰に?目の前にいる彼にだ。彼、この国の王の息子であり将来玉座に着くであろうリンバート王国の王子ートリスタン・リンバートーにエリーゼは頬を叩かれたのだ。其れは辛うじて理解できる。しかし、エリーゼには理解できない事が一つある。


「トリスタン様…。今、何と…」


声が震える。平生凛とし周章狼狽する事など滅多にない彼女が鈴の様なその声を震わせる。顔も青褪めており、瞳も微かに泳いでいる。対照的にトリスタンは堂々としてエリーゼを真っ直ぐ見据えている。


「聞こえなかったのか?我は其方との婚約を破棄すると言ったのだ」


「そんな…。何で」


分からなかった。何故彼が自分との婚約を破棄するのかエリーゼには分からなかった。エリーゼとトリスタンとの出会いは今から10年前、王宮の庭で伯爵である彼女の父と現国王である彼の父が二人を出逢わせたのだ。


エリーゼはトリスタンを見た時心を奪われた。幼き頃から滲み出ている王族としての気品、生まれながらに玉座につき民を導く存在だと直感的に感じた。


エリーゼは父からトリスタンは将来自分の夫になる存在だと言い渡された。所謂許嫁と言うやつだ。それを聞いた時、エリーゼは心の底から喜んだ。人の上に立つ彼の妻になれるのが幼心に心から嬉しく誇らしかったのだ。そして、それと同時に不安にもなった。


ーー自分は彼の隣に居ても良いのだろうか?


ーー自分は彼の妻として相応しいのか?


不安だった。エリーゼはその不安を無くす為に解消する為に努力をし自己研鑽を積んだ。教養を身につけ所作を身につけ審美眼を極め気品を纏い。己を高めた。全ては愛しの彼の為に。彼の隣に居て相応しい存在になる為に努めた。


そして、今日この卒業パーティーでエリーゼはトリスタンに正式な婚約を多くの人が見ている中で申し込まれる筈なのだ。それなのに、


「何で…どうして…」


「分からないのかエリーゼ。君が犯した罪を君は分からないと言うのか」


分からない。分かるはずがない。今まで彼の隣に居ても良い自分になる為、彼に恥をかかせない為に己を高め続けた。彼を愛しているから。彼を敬愛しているから。エリーゼは只々困惑する。


「そうか。君はしらを切るのか。あくまでも自分は何もやっていないと!」


トリスタンが再び声を上げる。その声には怒りが込められていた。しらなど切っていない。エリーゼは本当に心当たりがないのだ。自分が彼に嫌われる様な行いをするはずがないと確信しているのだ。


「トリスタン様。もう良いのです」


突如、エリーゼではない女性の声が響いた。その声は何処か憂いを帯びている。そして、その声の主は足音を鳴らしながら此方にやって来た。可愛らしい女性だ。栗色の長いストレートな髪にくりくりとした目に筋の通った鼻。エリーゼとは負けず劣らず周りの人間を惹きつける雰囲気を醸し出している。女性は真赤なドレスを着て二人の眼前に堂々と現れた。


「オリビア…さん」「オリビア」


やって来た女性にエリーゼは当惑が籠った声でトリスタンは喜びが籠った声で、同時に名を呼ぶ。


「もう良いんですよ。トリスタン様。私もう気にしていないのです」


「君は優しいからそう言うが、我は言わなければ気が済まない!」


「一体何を言って…。そもそもオリビアさんがどうしてここに」


オリビアは第三階級つまり平民の出である。今回の卒業パーティーは貴族しか出席出来ないはずなのに、何故彼女がこの場に居るのかエリーゼには分からない。  


「我が呼んだのだ」


「そ、そんな。オリビアさんは平民で」


「エリーゼ、君はオリビアが平民だから等という理由で彼女を差別するのか?」


別にエリーゼは選民思想や差別主義を持ち合わせていない。人は生まれながらに等しい存在だと思うし、そこに差別する余地はないと考えている。


しかし、自分は貴族であり、彼女は平民という意識はある。其処には覆し用のない違いがあり区別があると思う。嫌悪、差別はしない。だが、交わる事は無いと思っている。


「君はいつもそうだ」


トリスタンが一歩近づく。エリーゼが一歩後ずさる。


「平民だからと言う理由でオリビアを差別して」


「私は…」


「平民だからと言う理由で彼女を虐めた!」


虐めた?誰を?誰が?戸惑いの表情を浮かべる。


「誰が…」


「君がだ!君はオリビアにこの学園を去れと言ったらしいな!」


「ッ」


確かに言った。しかし、その言葉の真意は純粋な気遣いなのだ。元々この学園は貴族の子女しか在籍していない様な所だ。そんな場所に平民である彼女が居るのはかなり肩身の狭い思いをするだろうし、実際エリーゼが見る限りそうであった。友達も出来ておらず、勉学にもついていけてない様子だった。


そんな彼女を見かねてエリーゼは彼女に平民も多く在籍している別の学園を進めたのだ。別に嫌々この学校に居る必要はないとなんなら自分も別の学校に行けるように仲立ちするからとそう言う意味を込めて彼女に言ったし、事実彼女も『ありがとう。考えてみます』と返事をした。


「私は!彼女の為を思って…!」


「オリビアの為?巫山戯るな!彼女は泣いてんだぞ!」


「え、泣いて…」


彼女は確かに笑顔で自分に感謝を告げていたのに、まさかそれは気丈に振る舞っていただけで本当は傷ついていたのか。


「それに君は学問、剣術、魔術においてオリビアに恥を欠かせたらしいな。しかも、公衆の面前で」


「は、恥?」


「また、しらばっくれるのか?勉強についていけてない彼女に嫌味を言い、争い事が苦手な彼女に剣の模擬戦を吹っかけ、皆の前で叩きのめしたらしいではないか!」


「違います!」


エリーゼは声を張り上げ否定する。誤解だからだ。勉強はテストの点数が悪い彼女の助けになろうと自分が教えようかと話を持ちかけただけだ。しかし、彼女は断った。


模擬戦も組む相手がいない彼女に自分と組もうと持ち掛けただけだし、模擬戦なのだから手加減する事はあってはならないとエリーゼは考える。


全てオリビアに対する親切心による行動なのだ。しかし、トリスタンはエリーゼの弁明など端から聞く気がないのか彼女の声を遮る。そのあまりにも厳しいかつ独断的な打切りにエリーゼは緘黙させられる。


「君はいつもそうだ。優秀なのを良いことに自分より劣っているものを馬鹿にし嘲笑し醜い自己欲求を満たして嘲笑って!」


違う。馬鹿になんかしていない。エリーゼは心中で否定する。それに


「わ、私が学問も剣術も魔術も…全て…全て頑張って来たのは努力して来たのは…トリスタン様の、貴方様の為に」


貴方の為に。貴方の隣に居て良い存在になる為に貴方にとって相応しい女になる為に。


「我の為?違うだろう。自分の為だろう?」


「違います!私は貴方の為に自分を高め続けて来たのです!」


「頼んだか?」


「…え」


トリスタンが冷酷に告げる。


「我は其方に一度でもそのような事を頼んだか?」


「それは…」


「頼んでおらぬだろう。其方が勝手にそう思い込んでいただけだろう。勝手にだ」


トリスタンがエリーゼを凝視する。その瞳には何処か怒りや嫉妬の感情が籠っていた。


「我は其方に全てにおいて一番になれと言った覚えはないぞ」


「し、しかし!貴方様はこの国の王になるお方。その隣に寄り添う者は優れていなければ…」


王は民を導く存在だ。それ故に王は誰よりも優れてなくてはならない。そして必然的にその隣にいる者王妃も優れてなくてはならぬ。これがエリーゼの幼き頃から抱えていた思想だ。これを否定されてしまえばエリーゼが今まで培って来た努力も否定されるのと同義である。


「だから!我はそんな事一度も言っていない!」


「ッ」


トリスタンが激昂した。其れはエリーゼの態度に対してという瞬間的なものではない。もっと深く重い昔からの思いが吹き出したかのようだ。


「貴様が!優れれば優れるほど我は喜ぶと思うか⁉︎鼻が高いなどと思うか⁉︎そんなわけが無い!貴様が優秀なほど我は周りから婚約者よりも劣った存在と影で言われて来たのだ!エリーゼは凄い。其れに比べトリスタンはと!」


「そ、そんな」


トリスタンの今まで感じていた不満が吹き出した。幼き頃からエリーゼと比べられ其れにより植え付けられる劣等感、屈辱その全てをトリスタンは止めどなく吐露する。その本心をエリーゼは理解し出来なかった。いや、理解したくなかったのだ。


「本当は我の為なんかじゃ無いんだろう?」


先般の感情の昂りが嘘みたいにトリスタンはスッと落ち着いた様子に転ずる。


「…え」


その急激な変化により思わず呆然としてしまう。しかし、トリスタンが語った言葉をやっと理解しエリーゼはゾッとする。


「違います!」


「違くないだろ」


違う。違うのだ。其れは、其れだけは否定しなければならない。エリーゼの18年という人生に於いてトリスタンにとって相応しい存在になると言うのは生きる上での思想であり哲学であり目的なのである。其れを否定される、しかも寄りにもよってトリスタンに否定されるのはエリーゼという人間の人生全てを否定されたのと同義であり、何よりも自分の恋心を否定されたという事を意味している。


「違うの…です」


「全ては自分の為なんだ。自分が他者より我より優れている事に悦に浸り、満足する為。其れだけにだ。結局は自分の為なんだよ」


滅茶苦茶だ。決めつけにも程がある。エリーゼの話をマトモに聞かず、自分の感情に支配されて理性など全く持ち合わせていない言動だ。


「待って…」


「我の為というのもそう言う事で自分は誰かを想える人間なんだと周りに周知させ気持ち良くなっているだけなんだ」


しかし、トリスタンは止まらない。何の根拠もない妄言を滔々と語り続ける。


「全部何もかも其方が話す言葉も行う行為も掛ける優しさも全て其方の為の物でしか無いんだ」


「お願い…です…!。聞いてください」


エリーゼの顔が歪む今にも抑えている感情が決壊しそうなそんな表情。でも、トリスタンはそんな事は気にしない。もしかしたら、見えてないのかもしれない。


「其方には醜く傲慢な我が身可愛さの自己中心的な考えしかないんだ!」


「ッ!もう…!やめて」


エリーゼは思わず身を縮め耳を塞ぐ。聞きたくなかった。自分が愛する人から自分を否定する言葉を聴きたくなくて耳を塞ぎ、目を瞑る。


「そんな貴様と我が結婚をすると思うか?そんなわけが無い」


しかし、彼の言葉は不気味な程鮮明に聴こえてくる。


「やだ…」


「我はこの国の王になる者だ。そして、貴様は我には相応しく無い」


彼の言葉は心臓を貫くほど明瞭に聴こえてくる。


「お願い…します」


「だから、貴様との婚約を今ここで破棄をする」


「…あ」


ヒビが入った。何か自分にとって大事な支柱となるものにヒビが入ってしまった。エリーゼはその何かを探そうとどうにかしようと目を開いた。


視界がボヤける。其れは涙ゆえか、はたまた本能的に見たく無いと思い体が勝手に暈しているだけなのか分からない。


トリスタンは隣に立っているオリビアの肩を抱き近くに寄せる。


「オリビアと結婚をする!」


堂々と言ってのけた。エリーゼは自分の中で何かが壊れた感覚がした。其れが一体何なのか分からない。しかし、其れはエリーゼ・ツインリヒという人間にとって肝要で、なくてはならぬ物であるのはエリーゼは本能的に直感的に感覚的に分かっていた。

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