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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

同僚(女)さんが何かとキレては俺達兄弟を殺してくるんだけどそんな彼女が愛おしいです



# 


 俺達、バナバ兄弟は双子である。そして魔族であった。地上に「人間」と呼ばれる種族があるように俺達は「魔」という種族であるのだ。俺達魔族には個々に役割がある。それは生まれながらに定められたものだった。その役割は存在意義と言っても過言でない。例をあげれば我らが魔王様、かの御方は魔族の頂点に君臨する者として魔族の秩序を保つ役割を持っており、それを基点に行動される。

 俺達兄弟もまた同様だ。俺達にも誰ともわからないものに与えられた役割がある。……そう。役割がある。……なんだったかな? 俺は忘れたので我が兄に聞いた。なぁ、俺達今から何するんだっけ?


「あ? ……なんだったかな?」


 兄も忘れているようだ。俺達はすべきことを忘れた。

 ぎゃははははははははは。俺達は笑った。口腔をキチキチと鳴らす。魔族は忘れっぽいのだ。そして楽観的である。



#



「お前ら何をしていた? 死ねッ」


「ぎゃば!?」

「ぎゃきょ!?」


 俺達は突如上記質問にて返答の余地もなく回し蹴りを食らうという理不尽を得た。俺達魔族は暴力的であった。それは俺達魔族が個々に程度の差はあれどみな等しく強靭な肉体と並みならぬ再生機能を保有するからであると、一説には唱えられている。

 現に俺達は強烈な一撃をもらい、痛みはあるものの肉体的には大きな支障はない。俺達は一体何事かと理不尽な蹴りを放った首謀者へと視線をやった。

 ……その者は同僚であった。シロリロという女性である。シロリロさんはギチギチと濁った音を大顎で鳴らした。神経質な彼女にはよくある癖だ。イライラしているようだ。

 しかしだからなんだというのだろう。俺達はあえて近寄った。

 おいおい、いきなり物騒だなぁ?シロリロさん。あんたの中じゃ唐突に回し蹴りを食らわせるのが最近の挨拶ってことかい?

 

「黙れッ」

  

「こペッ!!?」

「弟よおおおおおおッ!?」


 再びの暴力が俺を襲った。俺の頭部は完全に吹き飛ばされ胴体とお別れになって宙を飛んだ。彼女の頭部から生える髪に擬態した数本の肢脚による回し蹴りであった。髪のビンタとも言える。俺の胴体頚部より血飛沫が飛び散り、兄の悲鳴が木霊した。

 ……なるほど。彼女は相当のストレスが貯まってるようだ。首が転がり視界が反転する中俺は納得した。過激な女は嫌いじゃない。俺を蹴ることで不満が解消されるならそれでいい。俺は寛大だった。

 シロリロさんが眼前に踏み立つ。俺はグフッと軽く吐血した。緑色の血液が地面を汚す。


 よぉ? いい蹴りだったぜ? さすがはかの魔王直属…………


 ……俺は最後まで言葉を残せなかった。何故ならシロリロさんが台詞を言いきる前に俺の頭部を踏み潰したからだ。理不尽ここに極めり。俺は殺された。この惨状を目にした兄は再度俺の名を叫び慟哭が響き渡った。

 俺に悔いはなかった。シロリロさんの下半身は各所、皮膚甲殻にて覆われてはいるものの、トップシークレット部位はローアングルから覗ける仕様である。

 つまり、俺に悔いはなかった。




#


「なんで集合場所に来なかった?

 言え。早く言えば楽に介錯してやる」

「いや、あの……」

「もう介錯されたんですがそれは……」

「だまれッ!!」


「へぶッ」

「へばッ」


 俺達は再三に渡る理不尽に晒されていた。……否、理不尽ではないか。一応理由はあった。要は約束を破ったことにシロリロさんはお怒りなのであった。なにか忘れているなと思っていたが、納得であった。俺達は仕事の都合で召集を受けていたのだ。いわば自業自得であった。

 ……しかしである。この女、蹴りすぎではなかろうか? 魔族は物理的に致命傷を負うことはなく、いかなるダメージもその再生力によっていずれは復活する。再生力は個々により差がある中、俺達兄弟は極めつけだ。さっきのような頭部破壊であろうと三分もすれば復活するのであった。故に俺達は殺しても基本死なないのだ。

 しかしいかに暴力を受けようと生体的に平気ではあるものの、痛いものは痛いし、ムカつくものはムカつくのだ。


 俺達は非難した。

 暴力はいけないと。

 しかし無視された。シロリロさんの暴力が俺達を襲った。

 フッ。話にならねぇな。俺達はシロリロさんの圧倒的暴力を前に怖じけづいた。普通に敵わない。それだけの力の差が彼女との間に明確に存在した。女だから力が弱いなど、そんな理論この魔界においては通用しなかった。仕方がなく俺達は単純に約束を忘れていたことを告げる。

 そして俺達は無事、殺された。

 この女、過激すぎる。

 ……だが嫌いじゃない。

 彼女の上腕から生える出し入れ可能式な鋭利な鎌爪による一撃で腹わたを切断され、血飛沫を上げて床に倒れ伏す中、俺は思った。



#


「猪を」

「狩ってこい?」


「……そうだ」


 シロリロさんは大仰に頷いた。魔王直属の部下である彼女は任務を言い渡されたようだ。同僚である俺達兄弟もまた当然、魔王直属の部下である故、俺達の任務でもある。それにしても猪かぁ。何故に猪?俺達は疑問を呈した。

 するとシロリロさんは道中、事の経緯を話した。とある村にて山から下りた猪が現れ暴走し、村が半壊。討伐を試みるも村の住民戦力じゃ太刀打ちできない。故に魔王直属部隊の自分達にお鉢が回ってきたとのこと。


「魔界の秩序を守る一助を成すことが私達の役目だ。

 異論はないな?」

「ある」

「面倒くせぇ」


 シロリロさんの華麗なる裏拳が飛んだ。シロリロさんは大顎をギチギチと鳴らされる。無機質な白銀の目玉がギョロリと動く。

  

「……ないな?」


 はい、ありません。

 俺達は即答した。




#


 猪とは言わずもがな、獣である。いや、正確には魔獣と言うべきであろうか。地上のそれとは類時点は多少あるものの、異形と化しており体格も違えば、姿かたちも大きく変貌している。猪一匹で村が半壊したと聞けば、その異常性がよくわかることだろう。    

 いな、魔界においても猪一匹で村が半壊など滅多にないことである。この度の出現した猪は通常の個体とはまた大きく違うと言えた。


 ロコロロ村。この度、猪によって半壊した村の名称である。到着した俺達がみた光景はまさに惨状であった。木製建築の家々が軒並み壊れており、自然災害でもあっかのようだ。村の復興のため、村修繕に適性のある魔族達があちこちで働いている。複腕を備える魔族達が木材を担いでいたりした。


「……ひどいな」


 シロリロさんは遺憾を示すように独りごちた。

 ああ、確かにひどい有り様である。俺達は同意した。

 しかし俺はもっと気になることがあった。……

 兄も気になるらしい。俺達はそちらへと視線をやった。

 ……そこには幾人もの魔族達が墓標を立てて死んだ被害者達を弔っている様子を認めた。憮然とうつ向く者もいればすすり泣く者もいた。それはまさに痛ましい光景であった。シロリロは悔やむように拳を握りしめると言った。


「……許せん」


 シロリロさんは使命感に燃えているようだ。死亡者が出たことに義憤を覚えていることが手に取るように伝わった。また魔王直属部隊である彼女にとって、秩序を保つ助けとなることが彼女にとっての役割。故に、その秩序を乱す敵に対し怒りを覚えるのも納得できるものだと言えよう。

    

 ……しかしである。俺達魔族に物理的致命傷など存在しない。如何に死んだように見えても基本的には生き返るのである。故におかしいのである。

 なんで墓標を立てるの?

 なんで埋めるの?

 時間経てば生き返るじゃん? 

 まあ再生機能には個々により差があるものの、それは再生速度に限った話。俺達なら五分か十分くらいで再生できる損傷でも、一般の魔族ならば一ヶ月かかる場合もある。

 ……でも最終的には生き返るのである。

 無駄じゃん、これ。

 俺達は言った。しかしシロリロさんはまるで信じられないものでも見るかのようにこちらを一瞥した。その目には侮蔑の色すらあった。

 ……え? 俺達がおかしいの?

 しかしおかしいらしい。


 シロリロさんはこう述べる。


「……お前達はこれを見てなんとも思わないのか?」


「こんなに大勢の人が亡くなったのだぞ」


「……悲しくないのか? 悔しくないのか? 種を同じくとする同胞達をこんなにも殺されて……」


「同胞の命を、こんなにも安く浪費されて」

    


 ……いや、シロリロさん。あなた先程俺を躊躇いなく殺しましたよね? 散々蹴り飛ばしましたよね?

 しかしシロリロさんは俺達ごときの言葉など聞いちゃいなかった。憂鬱げにため息を吐くと首をゆっくりと振って見せ、こう述べた。

    

「……いや、これ以上言っても無駄か」


「……いや、いいんだ。お前達に普通の感性を求めたのが間違いだった。悪かったな」


「だが、これだけは忘れないでくれ。私達、魔王直属部隊は魔王様と同じく、治安を守ることを至上とする」


「くれぐれも、今みたいな発言はしないでくれ。……わかったな?」


 上記述べられると、シロリロさんは踵を返した。

 ……まるで一方的である。俺達は呆然とした。俺達には反論する時間さえ与えられなかった。

 しかしこんなこと、別に珍しいことではなかった。

 魔族とは暴力的である。それはつまり感情的とも言えた。魔族によっては何かしらの琴線に触れるとこういう暴論がままあるのである。

 俺達はとりあえず彼女を呼び掛ける。

 ……お、おい、ちょっと?

 し、シロリロさん?

 しかしシロリロさんは今はもう話すことはないとばかりの空気を出して足を止めることはなかった。


「急ぐぞ。いつまたヤツが村に現れるかわかったものではない」


「……もうこれ以上……」


「犠牲者を増やしてはならないんだ……」



 …………。

 …………。


 シロリロさんはそう決意を新たにしたように述べられるとそのまま件の猪がいるであろう山へと足を進めていった。

 俺はもはや何も言えなかった。兄も何も言えなかった。

 だってそうだろう? こうまで儚げかつ悠然した姿勢でそう言われたら何も言えなくなってしまうわ。

 俺達は頷き合った。

 ……まぁね? 仕方ないね。

 ああ、これはもう、うん。

   

 ……そう、仕方ないのである。俺達は悲しげに大顎をチチチチと鳴らすと、シロリロさんの後へと続いた。


   

 ロコロロ山岳地帯。

 件の猪が凄む山岳地帯である。俺達はその山へと向かった。

 ……ろくな準備もせずに。



 ……そう。魔族は感情的な故に。




#


    

 件の魔獣。その猪は俗にボアノと呼ばれた。魔獣ボアノはロコロロ山岳地帯に生息するが、生息区域が広く、件の個体の捜索はひどく難航した。本来それなりの準備をしていれば、捜索自体はもっと楽にできたであろう。しかし、故あって何の準備もなく山に入ったため時間を酷く浪費することとなった。

 労働、疲労を考えれば村で待ってた方がマシなまであった。俺達兄弟の触覚はまはやショゲショゲであった。そしてそれを見かねたシロリロさんが俺達を叱責する。

 俺達は文句を垂れる。

 暴力を振るわれる。

 さらに疲労する。

 さらにショゲる→叱責→文句→暴力→疲労などなど、もはや悪循環であった。

 道中、イライラが爆発して何度か殺されたが、だがだからといって死んで疲労がリセットされる訳ではなかった。疲労は蓄積される。

    

 魔獣ボアノと遭遇したのは、山に入って2日が経過した頃であった。生い茂る山の木々の間より、その魔獣は姿を現したのだ。


  

 Moooooooooooooooooooooo


    

 ボアノの咆哮。

 俺達兄弟の鼓膜は大きく震えた。魔族の平均体長は1.7mに対し、ボアノの平均体長は2m。しかしこのボアノに限っては明らかに体長3mを越えていた。明らかな異常個体。この魔獣の圧倒的威圧感を肌で感じつつ、俺達兄弟はこの魔獣との遭遇に相反する感情を抱いていた。

 ……そう。それは歓喜。圧倒的歓喜である。ようやく会えた。ようやくである。俺達はその歓喜を示すかごとく大顎をキチキチと鳴らした。

 ……会いたかった。……いや、マジで会いたかった。

 ようやく会えた。

 これまでヤツに会うために何度殺されたことか。それを思えば俺達兄弟はもはや敵意どころか愛おしさすら感じた。そんな自分達にゾッとする。


「ふん、ようやくお出ましか。探したぞッ」


 シロリロさんもヤツとのようやくの遭遇にモチベーションを大きく回復したようだ。その白銀の瞳孔は大きく見開き大顎をキチチチチと鳴らしている。絶好調であった。

 すると、シロリロさんはフンッと気合いを入れるかのような挙動を示すと、体内に保有する「魔力」を爆発させるように体外へと発露させた。

 こ、これはまさか!?

 シロリロさん!?


「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa」

  

 今度はシロリロさんの咆哮だ。

 魔力解放である。

 魔族とはその見た目や特殊な肉体故に「魔」と表現されるが、何よりもその由来となったのは「魔力」と呼ばれる不可思議な力をその身に保有する故である。

 魔力解放。それは魔力による肉体強化。元々身体の各部位に備えられた皮膚甲殻はより装着範囲を広げて禍々しく強固なものへと変貌する。頭部に一部のみに張り付いてた甲殻もさらに広がり、完全にその見た目は「蟲」へと化した。


 これはいける。 

 シロリロさんは本気だ。

 俺達は確信した。

 ただでさえ俺達よりもはるか格上のシロリロさんが魔力解放までして本気だしたら大抵の魔族は一殺である。彼女はそれほどに強かった。


「シロリロさんッ、いっけえええええ!!!」

「やれええええええ!!!!」


 俺達兄弟はただの応援団と化した。何故なら他にやるべきことがないからだ。今下手に介入すれば間違いなく足を引っ張る自信があった。シロリロさんが地を蹴る。蹴った地面には大きな亀裂が生じた。それほどの脚力から生み出されるスピードは一体いかほどのものなのか。俺達は目を離せなかった。

 シロリロさんが吠える。ボアノの迎え撃つように再度咆哮した。勝負は一瞬であった。その巨体から生まれるとは思えぬ超スピードにてボアノがシロリロさんを一瞬で吹き飛ばし、その凶悪なまでの衝撃にてシロリロさんの肉体は紙切れ同然とばかりに虚空に飛び散り周囲へと散布した。


 魔族は魔族。魔獣は魔獣だ。いくら魔族の中で強靭なフィジカルを誇ろうと、魔獣の身体能力の前には誤差の範囲でしかなかった。人が力比べで猪に勝てないように、魔族もまた力比べでボアノに勝つことなどできやしなかった。

 ボアノ討伐において何よりも重要視されるのは武器の装備である。俺達はそんな簡単なこともわかっていなかったのだ。

 俺達魔族は暴力的である。そして感情的であった。つまりはそういうことである。

    

 えっ!? ……あ。

 あ!? うん。……ふーん? そういう? そういう展開的なやつね?

 ……あるある。

 俺達はあまりのあっけなさになんともコメントに困った。


「まあね、所詮魔族だものね。そりゃ無理だわ」

「だな」


 俺達は笑って逃げ帰った。


 

#



 後日、装備を整えた俺達兄弟はボアノ討伐を成した。そしてさらに数日、肉体を散布するという非業の死を遂げたシロリロさんが復活し、なぜ笑って帰ったのかと彼女には聞くことはできない筈の事実内容を問い詰められ俺達は首チョンパされて死んだ。

 罪状はシロリロさんを笑った罪。不敬罪であった。


 魔族は暴力的である。

 しかしそんなシロリロさんが俺達は嫌いじゃなかった。






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