九話 美柑はあまりにも簡単に人狼を殺す
旅館正面の自動扉に蜜柑がお見送りされたのと同時に、人狼三人にお出迎えされていた。
人狼は即座に臨戦態勢に入り、拳を構えたり、鉄パイプを握りしめたりし始めた。蜜柑は「なぜ人狼が武器など使うのだろう」と疑問に感じた。
人狼には牙と爪という自前の立派な武器を装備している。装備どころか、体にくっついている。それを活かそうとせずに鉄パイプを使う神経が理解できない。
「どうもー。男が三人でこんなところに何しに来たのかな? あ、もしかして夜這い? 私のことどっかで見かけたの? やっだそれ恥ずかしいー」
男三人を見渡しながら「女」という属性を最大限誇張するような仕草と声だった。
蜜柑の目からは三人とも少し動揺(男らしい)したように見えた。今から殺しあおうというのにちょろい連中だった。
怪物といえどしょせん男ということだ。もっとも、女のほうも妖怪なのだが。
「とりあえず、来たら?」
蜜柑がふっと笑う。
それは余裕の笑みだ。この三対一という数的不利な状況下で、まるでじゃれついてくる幼児に笑いかけるように、笑った。
この意味が分からない者など、この世にいるのだろうか。
人狼が三人、同時に飛び出した。
醜悪な雄たけびなど上げない。ただ対象を排除するためだけに力を行使する。そのためには声など必要がない。光一と戦った人狼たちよりも高い実力を持っているのだろう。
もしかしたら、彼らの速度に光一では対応できなかったかもしれない。
だが、
「ん。遅いね」
そう蜜柑が言った時にはすべてが片付いていた。
蜜柑のとった行動は単純だった。
腕を三回振るう。
ただそれだけだった。
人狼はほぼ同時に蜜柑に飛び込んできた。接触時間の差はすべて一秒にも満たない。三方向から同時に攻められて対応できるものはいないだろう。
だが、蜜柑は返り討ちにした。
誰が早く接触するかなど考えもしない。適当に目についた人狼に向って拳をふるった。それを三度繰り返した。
たったそれだけのことで、ボン、と風船が破裂したような汚い音が三度連続した。
「……ごめん」
その言葉が誰に向けられているのか、それを知っているのは彼女のみだ。
彼女の言葉は夜の空に消えていった。
◆ ◆ ◆
旅館のもう一つの裏口。
そこにいたのは光一ではなく、翔だった。
人狼の相手を一人任された翔はどういう行動をとるのか。びくびく怯えてやり過ごす? それとも焼け石に水程度の罠を設置しておく? それとも趙化学兵器で立ち向かう?
残念。
どれも不正解。
翔は妖怪や怪物に対して恐怖という感情は抱かない。あらゆる妖怪、怪物は話せばわかる。そういう風に思っているのだ。特に女の妖怪、怪物に悪い者はいないと信じている。
ゆえに武装する必要も本来はない。
とはいっても、度が過ぎる妖怪、怪物がいることも翔は理解している。人間がそうなのだから。
だから最低限の武装は捨てない。
そういった信条もある翔がとる行動は、
「あー、君は誰だ?」
先ほどセンサーで感知した人狼の一人が間抜け面で光一を人差し指で示している。
人狼は旅館裏口の真ん前に立っていた。
彼の行く手を阻むように、翔は裏口の前で仁王立ちしているのだ。人狼にとっては翔も攻撃対象であるだろうが、その彼が一見大した武装もせずにドアの前で待ち構えている。
意味が分からないだろう。
翔にも意味は分からない。そこに大した意味などないからだ。
時間を稼げと言われたので最も成功可能性が高そうな行動をとっただけである。
「僕は成瀬川翔と申します。成瀬、ではなくて成瀬川です。川があるのとないのとでは全く違う意味になりますからね。そこのところ、気を付けてくださいね。では僕からも尋ねます。あなたのお名前は何ですか? どうしてこんなところにいるんですか? もしこの旅館に何か用なら僕が対応させていただきます」
必殺、マシンガントーク。意味がありそうでないことをひたすら並べ連ねる翔の話術である。なお、本人には自覚がないようである。
「いや、一気に喋りすぎだろ……。つかそんなことどうでもいい」
人狼の表情が切り替わる。
「お前が成瀬川翔だということが分かれば十分だ」
しまった、と光一は思った。
自分たちが狙われているのは「人狼を探している人間がいる」からだと考えていた。彼らが持っている情報もその程度だろうと決めつけていたのだ。自分の名前は知られていないと。
まさか知られているとは。どこで知ったのか。しかし今はそんなことを考えても意味がない。仮にそれが分かったとしても、この決定的に危機的な状況は覆らない。
だが、
「僕の名前、どこで知ったんですか……?」
「それをお前に教えて俺に得があるのか?」
「特に得はありませんが、徳がある人なんだなと僕に思われます。僕は特別な人間なので悪い話じゃありませんよ」
「とくとくうるさい奴だ。そうだな、取っ組み合いでもしようか」
「それは得しませんよ。なぜなら僕は地元で負け知らずなんで」
「戦ったことがないだけだな」
「ご存じでしたか」
「お前との会話も飽きた」
そう言って人狼は腰をかがめた。来るつもりだ。
「あ、後ろ」
「誰がそんな手に―――!」
言葉とともに彼の生命も途切れてしまった。
彼の頭はまるで瓶のコルクのように吹っ飛んだのだ。そんな芸当ができる人間など一人しかいない。
「蜜柑さん。早いですね」
「翔君、私を誰だと思ってるのかな?」
「最強無敵、完璧美少女の蜜柑さんです!」
「その通り! もっと褒めていいよ」
蜜柑が得意げに鼻を鳴らしたときにちょうど光一が戻ってきた。
「今のでまだ褒めたりないのか、お前は……」
「まあね。むしろ言葉じゃ表現できないっていうか、日本語の限界だよね」
「お前の語彙力の限界だろ。つーか少女って誰の事だよ。年齢不詳だろうが」
「……コウちゃんはそこの人狼さんの仲間になりたいのかしら?」
光一は口のチャックを閉めた。蜜柑が言うと冗談になっていない。説得力が違いすぎる。やろうと思えば光一程度、一瞬で首なし死体に早変わりだ。
「さて、さっさと被害者の親戚のところに行こうか」
「え、続けるんですか?」
「当たり前だろ。人狼が今の奴らだけとは思えない。見つけ出して排除する」
「まあ、そうなるよね」
蜜柑はやれやれといった調子だった。
「あ、でも僕たちがこうして襲われてるってことはほとんど筒抜けってことですよね。僕なんて名前も知られてましたし」
「名前が?」
「ええ、ですので奴らが本気なら今頃逃げられないように―――」
「あ、車を壊されるってこと?」
蜜柑が翔の推理に追いついたようだ。
その直後、薄い金属の何かが転がった音が二度した。つまりナイフが地面に落ちた。そのナイフは光一が持っていたナイフで、人狼の血が付着していた。時間が経っていたためか赤黒く変色していた。
「……ぞ」
「え?」
あまりに小さな声だった。近くにいた蜜柑も翔も聞こえないほどだった。
「行くぞ。あいつが心配だ」
光一は走り出した。
蜜柑と翔は互いに顔を見合わせ、一人ずつナイフを一本回収した。
◆ ◆ ◆
同時刻。
酒処鰐瓦の店主である酒巻は部下に厨房を任せ一人事務室で思案に耽っていた。
(あいつら、全員やられたようだな)
酒巻はこの街の人狼達のボスであったが、彼はただのボスではなかった。
彼は始祖種と呼ばれる存在だ。妖怪、怪物には大きく二種類に分類できる。人間が特異変質を起こした者か、その者から感染したものか。怪物狩り達は前者を始祖種と呼んでいるのだ。始祖種はその怪物の原点というわけではなく、あくまでその群れの始まりの存在のための呼称である。そこを履き違えて「あれ? 前にこいつらの始祖種殺したけどなあ」と疑問を抱える怪物狩りも多いそうだ。
彼らは特に怪物に多く、彼らの力は並みの怪物とは桁違いに高いといわれている。それ以外にも仲間との自由な意思疎通、仲間の生死がすぐにわかるなど特殊な能力を持っていることが多い。
(六人でもダメか。奴らはたった三人。十分だと思ったが、さてどういうことだ)
酒巻の場合はその両方のようだ。
「聞いてるかみんな。捕獲に行った六人が死んだ。殺されたんだ。まそこはとやかく言うつもりはねえ。向かった六人のやり方が悪かったんだろう」
ゴマすりしながら行けば多少警戒心は薄れただろうが、どうせ敵意むき出しのまま旅館に行ったのだろうと酒巻が予想する。
「だが次は違う。全員だ。全員で奴らを捕まえろ。前にも言ったが決して殺すなよ。俺たちは今回、お願い事を聞いてもらう立場だ。必ず捕まえろ」
酒巻は事務所で一人ぶつぶつと呟いていた。
変人だからではない。この街に住んでいる仲間たち全員に指令を飛ばすためだ。
こんにちは、奈宮です。美柑はやっぱり強いです。面白いと感じていただければ、評価、感想などよろしくお願いします!




