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妖怪退治は楽じゃない  作者: 奈宮伊呂波
二章 大阪の猫又

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三話 デート

 大阪梅田。

 百貨店やファッションブランドショップ、空中庭園、天満天神繁盛亭など多種多様なスポットが存在する西日本最大の繁華街だ。


 人が集い、若者が集い、年がら年中町並みには人が溢れている。特に大阪駅周辺は異常なほど密集することになる。


 そんな街に金髪の青ジーンズに黒シャツ、さらにその上に革ジャンを着た男が一人。

 本人は好きでこのような格好をしているのだがどうあっても人の目を引くその男、光一は電柱にもたれかかり人を待っていた。


 暇つぶしにスマホでネットニュースを漁り、妖怪が絡んでいそうな事件を探す。光一はこういった待ち時間の間も何か起きていないかチェックを欠かさない。

 ラジオやテレビを使える美柑達が何か気になることがあれば連絡することになっているが、スマホだけでもできることはある。


「柳さん」


 名前を呼ばれ、顔を上げると知った顔の女がいた。

 先日、大学で光一が助けた日与美だ。彼女は正真正銘の大学生であり、光一と美柑が出会った事件に関わった者で唯一生き残った者だ。


 彼女は自分以外のサークルメンバーを失くすという

 悲惨な体験をしておきながら、こうして人と会って出かけることができるほど回復した強い人間だ。


「お待たせしました」


 日与美は頭を下げ、遅れたことを詫びる意思を軽く伝える。


「俺も今来たとこだ」


 待ち合わせのテンプレのようなセリフを返す。

 この日の日与美は黒のパンプスを履き、プリーツの施されたゆったりとした茶色のパンツを黒と白の斑のベルトで締め、白いシャツの上に暗めのピンクのシャツジャケットを羽織っていた。

 あの日とは違い気合の入った服装だ。


「服、似合ってるよ。やっぱ若さが違う」


 テンプレのように褒めてみると日与美は嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます。柳さんは前と似た服なんですね」


「こういう時は下手に気張るより着慣れた服の方がいいんだよ。行こうぜ」


「はい!」


 まず二人は予定通り昼ご飯を食べに行くことにした。

 店は光一が案内してもよかったのだが日与美が「今日はお礼の日ですから!」押し切ったので彼女のおすすめのお店に行くことになった。そもそも今日は助けてもらったお礼をのために呼ばれたためそちらの方が自然ともいえる。


 最近は元気か、とか休みの日は何してるとか、そういった世間話をしながら二人は歩いた。


「へえ。けっこういい店じゃねえか」


 案内された店の内装を眺め光一は感心した。

 全体的に黒や茶色の壁紙やインテリアでシックに纏め上げ、暖色系の電球で店内を穏やかな雰囲気に仕上げている。


「よく友達と来るんですよ。あ、サークルの人達とは別の友達です」


「わざわざ言わなくてもいいって」


 すかさず店員がやって来て席へ案内される。

 窓の傍の席だ。外の景色がよく見える。見えたところでよく知った大阪の景色でしかないが。


「おすすめは?」


 メニューは開かず光一は尋ねた。

 日与美はメニューを睨み、やがて顔を上げた。


「デミグラスオムライスはどうでしょう? 子供っぽいですか?」


「いや。それがうまいんだろ? ならそれで」


「わかりました。すみません」


 近くにいた店員を日与美が呼び止める。店員はポケットからパネルを取り出してうかがう姿勢に入る。


「デミグラスオムライスを二つお願いします」


「デミグラスオムライス二つですね。トッピングはいかがされますか?」


「どちらもチーズをお願いします。それと一つはパセリ抜きで」


「かしこまりました。以上でよろしいですか?」


「はい」


「では少々お待ちくださいませ」


 パネルを閉じ店員が去ると日与美は苦笑いを浮かべた。


「私、パセリ苦手なんですよね」


「嫌なら食べなければいいんじゃないか?」


 パセリは装飾として添えられていることが多い。好んで食べる人もいるが、大抵の人は皿の端に寄せ、そのまま食事を終える。最初から「なしで」と頼む必要などない。


「見るのも嫌なんです」


「へえ。昔に嫌な思い出でもあったのか?」


「日曜の朝にやってたアニメでパセリを使う悪役がいたんです。その悪役が子供の私には怖くて。それが今でも尾を引いている感じです」


「トラウマってやつか。俺は昔トマトが好きで食べすぎてさ。汚い話、戻しちゃったんだよ。それ以来トマトは食えない。トマト料理とかなら大丈夫なんだがサラダとか生のトマトは無理だ」


「好きだったのに勿体ないですね……」


「まあな。がんばってみたんだけど無理なもんは無理」


「ですねー。あ、もしかして料理できるんですか?」


「ああ、できるよ」


「がんばったって言うので自分で作ったのかと思いました。もしかして結構得意です?」


「今度家に来たらご馳走してやるよ。二人ほど同居人がいるけどな」


 もし日与美を呼ぶのなら地下一階と地下三階には近づけないようにしておく必要がある。一般人が目にすれば気が触れていると思われても仕方がない。


 多少事情は知っているとはいえ、あのような血なまぐさいものは日与美のような普通の人間には紹介すべきではない。


「お待たせいたしました」


 店員がトレイに料理を乗せて運んできた。

 緑の装飾がないオムライスを日与美の方へ、あるオムライスを光一の方へそれぞれ配膳する。

 店員は「ごゆっくりどうぞ」と言葉を残し、テーブルを離れる。


「さっそくいただきましょう」


「写真は撮らないのか?」


「んー。私の場合パセリがないですからね。ちょっと映えないので今回は大丈夫です」


「そういうもんか。なら俺のを撮るのは?」


「私は自分が食べるもの以外は撮りません」


 いただきます。


 二人は呟いて食事を始める。


 光一は右手にスプーンを持ち、左手で軽く皿を支える。卵の端の部分にゆっくりとスプーンを入れるとほとんど抵抗なく皿の底までたどりついた。

 それをすくい上げると削られた部分を補うようにとろとろの卵が垂れる。

 スプーンの上にはデミグラスのかかったオムライスの欠片が乗っている。断面にチキンライスのほかに白い具材が入っている。これがチーズだろう。


 なるほど。これはうまそうだ。


 光一はスプーンを口に運び、オムライスを口に残しスプーンを離す。


 咀嚼するとデミグラスソースが口内に広がり、それが溶けると卵とチキンライスの甘みが前面に現れる。さらに噛んでみるとデミグラスと卵とチキンライスが混ざり合い、至福の味へと昇華する。


 これだけでも絶品たりえるのだが、このオムライスはそれだけでは終わらない。チーズだ。こいつは量は少ないものの確かに存在感を主張し、なおかつメインのオムライスの味を損なわせない。こいつのおかげでオムライスをさらに濃厚な味わいへと変化させることができている。


 まさに絶品。


 この一言に尽きる。

 光一は一度水を含み、味をリセットする。もういちどオムライスを口に運び味を堪能する。


「いかがですか?」


「最高だな。これは」


「そうですよね! 柳さんの口に合ってよかったです」


「ぜひまた来たいとこだが、さすがに男一人じゃ厳しいよな」


 周りの客は女同士かカップルらしき男女ばかりだ。男一人の客はほとんど、いや全くいなかった。店の雰囲気からも客層が男ではなく女が多いこともわかる。


「私が一緒に行きますよ」


 日与美が微笑む。


 光一と日与美はほとんど同じタイミングで食事を終えた。


 腹がすくお昼にオムライス一つでは心もとないと光一は思っていたが、予想に反して腹はかなり膨れた。むしろ女子がこの量のオムライスを食べ切ったことに驚く。

 そのことについて尋ねてみると「私、結構食べるんです」と控えめに日与美は答えた。


「今日は来ていただいてありがとうございます」


 食後のお冷を喉に流していると不意に日与美は言った。


「どうして?」


 光一としては別に断る理由もない。日与美は学校で鬼と戦った時と病院で少し話したくらいだが、悪い印象はない。こうして息抜きに付き合ってくれてむしろこちらが感謝したいくらいだ。


「いえ、柳さんって忙しいのに、その、あれを退治するのに……」


 あれ、つまり鬼のことだろう。

 光一が相手しているものは鬼だけではないのだが、そんなことは知らなくてもいい。関わらないでいるならそっちの方が安全だ。


「俺も毎日妖怪のこと考えてるわけじゃないよ。考えてる時間は起きてるうちの半分もない」


 大嶽丸は殺すと決めている。他の鬼も同様だ。一匹の殺らず殺したい。そう心に強く刻み付けている。それと同時に「全部殺すのは無理だろ」という冷静な自分も存在する。

 光一は復讐を誓っているが囚われてはいない。

 休憩が大事だということはよく知っている。


「そうなんですか? あの時の柳さんは目がとても真剣というか……」


「血走っていた?」


「はい」


「やるときはやる。やらない時はやらない。俺はそれを徹底してるだけ。別に遊びくらいいつでも行くさ」


「そういうもんですか」


「そういうもん。気にすんな」


「なら今日はいっぱい遊びましょう! 私、エアホッケー超得意なんです」


「勝負だな」


 行き先が一つ決まったところで呼び鈴を鳴らし店員にお会見を頼んだ。

 レジで光一が財布を出そうとしたら「いいですから!」と日与美が強く抑えて来た。しかし光一も男だ。女にすべて金を払わせるなどという不名誉は許容できない。


 そう伝えると今度は「助けてくれたお礼なんです。ここは払わせてください」と日与美は言う。

 光一は釈然としなかったが折れておくことにした。


 先に店を出て光一は入り口近くの壁にもたれた。

 スマホでブログの画面を開く。普段は妖怪関連のことしか登校しないブログだが、たまには無関係なことでも投稿してみるのもいいかもしれない。


(でもうちの読者には受けないよなあ。俺のブログはオカルト系ではトップの読者数だし、頭打ちだからここいらで新規を獲得したい気持ちもある。いやでも、やはりメイン読者はオカルトを求めているだろうし余計なものはない方がいい。あーでも)


 ブログは長年続けてきて収益も安定している。

 この間の幽霊の話もかなりコメントを貰えて好評だったし、決して衰退はしていない。

 それならばなぜ新規を取るか否かで悩むのか。


 答えはあの家にある。

 地下を開発したため、あの家には莫大な費用が掛か

 っている。さらに日頃退治に使う道具の費用も安くない。銀の弾丸や拳銃など一般流通がないものはかなり値が張る。


 お金はいくらあっても足りない。


 どうしてもブログの方針の決定も慎重になってしまうのだ。

 そんな現代人の悩みに苦しんだ末、光一は重くため息を吐いた時だった。


「……あいつ」


 ふと、怪しい人物が目についた。


 男だ。身長が低く、その割に体は太い。横顔だけしか見えていなかったが存外シュッとした顔つきをしていた。

 服装はシンプルな黒いスラックスに白いシャツ。

 目立つ要素はどこにもない、いたって一般的な見た目の男だ。だがわかる者にはわかる。光一のような同業者には。


 妖怪狩り(ハンター)はみな同じような目をしている。過去に出会った人物達がそうだった。何かを強く憎んだ目だ。誰が好き好んで妖怪の相手などしているのだ、彼らのどこか生気の抜けた目がそう語っていた。もちろん普段は明るい者もいる。やけに他人に絡み、からかい、おどける。そんな人間でさえ根底には憎しみが詰まっている。妖怪狩りとはそのような人間の吹き溜まりなのだ。

 光一の場合、それが大嶽丸である。

 あの太い男の目もそんな目をしていた。

 何かを狙っている目だ。現在進行形で。今。


「柳さん?」


 振り返る。

 日与美がいた。お会計を終えたのだろう。彼女の顔を見ることで光一は遊びに来ていたことを忘れかけていたということに気づく。


「どうかしました?」


 あの男を凝視していたところを見られたのだろう。日与美は先程の光一の視線を追っていた。どうやら何を見ていたかまではわからなかったみたいだ。


「いや」


 光一はもう一度だけ振り返る。


「何でもない」


 さっきの男はすでにいなくなっていた。

こんにちは、奈宮です。今回は最初のエピソードで光一に助けられた日与美とのデート回です。よろしくお願いします!

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