一話 三人目の仲間
光一は居住スペースの椅子に座り、ぼんやりとテレビを眺めていた。
朝のニュース番組はいつも通り誰々議員が汚職に走ったとか、誰々と誰々が結婚したとか、誰々が誰々を殺したとか、そんな物騒で野蛮なニュースばかりが流れている。
たまに和やかな、岸辺に打ち上げられたイルカを村民が一致団結して助けたみたいなものも流れるが割合で言うと二割ぐらいだ。
なぜ世間はこうまでして殺伐としているのか。
いや、もっと平和なことも日々起きているはずだ。学校でカップルができたとか、結婚式がめちゃくちゃ盛り上がったとか、競馬で百万円当てた男がいるとか。
そんなニュースが流れないのはなぜか。
光一は僅かばかり考えて、まあ視聴率が取れなくなるからだなと淡泊な結論を出した。みんなけったいな情報を求めている。需要があるから供給がある。
「これはおいしいですね! なんというか、とてもおいしいです!」
光一の作ったサンドイッチをほおばり、どこぞの環境大臣が言いそうな中身のない感想を述べるのは成瀬川少年だった。
「で、なんでいんの?」
光一は素朴な疑問を投げかける。
悪霊を退治した後、志川をホテルまで送り困惑した秘書に差し渡してそのまま光一と美柑は家に帰った。その日は夜遅くになってしまったので成瀬川も泊っていけということになった。
それが昨日のことだ。
朝になってさっさと帰らそうと思っているとなぜか「いえいえお気になさらず!」と断られた。
それでも帰らそうと言ってみたのだが今度は「まあまあとりあえず今日は祝勝会といきましょうよ! 昨日は光一さんがあのまま寝てしましたから。まずは朝ごはんを食べましょう。いつもは誰が作ってるんですか? え? 光一さんが? 美柑さんではなく? これまた意外ですねえ。あ、意外といえば僕超能力使えるんですよ。ほら、昨日も少し見ましたよね?」と最後に聞き捨てならない発言が出て来たものの相手をするのが面倒だったので一先ず帰すことは諦めてしまったのだ。
「まあまあお気になさらず!」
「いや、困るんだが。第一お前学生だろ?」
「そうですが、それがどうかしましたか?」
「学校はどうした?」
「ああ、通ってますね」
「ならこんなとこいる場合じゃねえだろ。学校はどこなんだ?」
「東京です」
「は?」
「ですから東京です。僕は東京の理系の学部に籍をおいてます。でももういいんです。学校は辞めることにしたので」
「は?」
光一はもうわけがわからなかった。
今の話が本当ならなぜ昨日はあんな所にいたのか、なぜ学校を辞めるなど馬鹿な決断をしてしまったのか。
「あ、僕の将来の心配なら問題ないですよ。僕は天才プログラマーなので仕事には困りません。今もアプリ制作を三つほど受け持ってます」
「は?」
「年収は一千万超えてます。実を言うと学校もそれほど通う理由もなかったんですよね。なにせ先生よりも僕の方が技術高いですし。この時代ですし一応大卒は取っておけと高校の先生に言われたので通ってましたが、もう必要ありません。なぜなら妖怪退治という天職に巡り合えましたから!」
「は?」
「ね、美柑さん!」
「ねー、翔君!」
「は?」
色々ありすぎてもう言葉が「は」以外出てこない。情報量が光一のキャパをオーバーしている。
成瀬川の現状にも興味があるが、まずは。
「お前らいつの間にそんなに仲良くなってんの? 付き合ってんのか?」
ニコーっとした笑顔で同意する様からは友達以上の関係性を感じさせた。
ハイタッチまでしてたし。
「アッハッハー。そんなわけないじゃないですかー。光一さん」
「そうだよー」
付き合ってはいないらしい。
ではますますわからない。そもそも成瀬川は美柑のこの異常なまでの美貌を目の当たりにして目を奪われないのか。
「成瀬川」
「僕のことは翔とお呼びください!」
「……成瀬川」
「翔と!」
「なるせ―――」
「翔と!」
「……」
「翔と!」
「……翔」
「はい!」
「翔はこいつといて何とも思わないのか? 俺が言うのも変だがこいつはそこらの女と比べてもかなり高いレベルの女だぞ」
「これっぽっちもないですね!」
「全く?」
「ええ! 僕は女の妖怪だけが守備範囲ですので!」
「狭すぎだろ……」
一体何があればそんなに捩れた性癖になってしまうのか。
「じゃあなぜそんなに、その、打ち解けてるんだ?」
「昨日寝るまでに色々話しましたからねえ」
「ねー」
頷く翔に美柑は同意する。
これまでの話をまとめると、成瀬川翔は東京の大学に通っているが辞めることにして妖怪退治に専念し、その傍らでプログラミング業をこなし年収一千万を叩き出す。しかもそいつはわざわざ東京から大阪にやって来てしまう妖怪の女にしか欲情しない変態野郎ときた。
こいつはとんでもない奴が来た。
美柑ともすでに打ち解けている様子だし、しがないブロガーでしかない光一よりも金を稼いでいる。一般サラリーマンよりは稼いでいたつもりだったが、その自身をバキバキに折られてしまった。
色々な意味でやり手な翔だ。
「家賃なら入れます! だからお願いします光一さん! 僕をここに置いてください!」
何より、かなり有能なはずなのに傲慢になることなくキチンと頭を下げ、筋を通す誠実さもある。どこかの無賃の半人半鬼とは大違いだ。
これで出て行けと言うのならそこのニコニコしている奴も追い出さなければならない。結界で弱っているとはいえ、あっさりと鬼を殺してしまえるようなやつを相手にしたくはない。
「わかったよ。好きにしろ」
光一は諦めた。
美柑と出会ってから諦めるのは何度目になるのか。数えるのも面倒だ。
「いぇーい」「いえーい!」
渋々了承すると二人はまたハイタッチ。
光一の全く意図しない出会いによりこうして三人で暮らすことになってしまった。誰かと暮らすのはもう二度と、あれっきりでありえないと思っていた。だがこうして二人の人間が笑顔でいるところを見ていると少しは「これでいいか」と光一は思った。
それでも、一緒に暮らす人が増えるのはこれで最後にしてほしいものだ。
最後、その言葉で思い出した。
「そいや、昨日の悪霊。最後に何て言ったんだ?」
完全に忘れていたため単なる興味意外にすぎない質問だった。
光一としては別に答えなくともいいほどどうでもよかったが、回答者にとってはそうではないらしい。
美柑は待ってましたと言わんばかりに目を光らせた。
「知りたい?」
ニヤリと口角を上げた。美柑には光一がどうしても知りたいようにでも見えたのだろうか。
光一は当然イラっとした。
「じゃあいい」
「まあまあ待ちなよ。別に拗ねなくってもいいじゃんか。素直に言ったって誰も笑わないし、馬鹿にしないよ。だからほら、言ってごらん。美柑ちゃん教えて~って」
光一は猛烈に苛立った。さっきの比ではない。もはやそれは怒りの域にまで達していた。
「……」
サンドイッチを口に含んだ。このまま無視してしまおう。それがいい。
「ねえねえ。ほらほら早く。言わないと、酷いよ? 酷いことしちゃうよ?」
そうは問屋が卸さない。
美柑はすでに椅子から立ち上がりじりじりと光一との距離を詰め始めていた。
光一はため息を吐いた。
「ミカンチャンオシエテー」
「……微妙に片言なのが気になるけどいいや。教えてあげる。あの時、彼女はこう言ったんだよ」
私を名前で呼んでほしかった。
「ってね」
それが、彼女がいた理由。霊になってまで遂げたかったこの世への未練。なんて小さな理由だ。その程度のことを叶えるために何人も犠牲者を出したのか。
胸に熱がこもってきた。それは彼女にだけ向けられたものではなかった。光一自身にもだ。
その程度の理由なら、叶えられた。
ちゃんと志川の話を聞いて、何があったか強引にでも問い詰め、何が原因で霊になったのか調べておけば、訳はなかった。
無理やり消滅させる方法など取らずとも成仏させることもできた。
なぜ、自分は早まった真似をしてしまったのか。なぜ初めから成仏という選択肢を除外してしまったのか。
急いでいた、焦っていたのか? どうして。
「なにが言いたいかわかる? 光一?」
思考は中断される。
思い出したのは昨日の朝の会話。
そういえば名前がどうとか話していた。
「そういうことかよ。美柑」
「そういうこと」
要は、未練を残さないように仲良くしようねということだ。
だから翔も名前で呼ぶことにこだわっていたのだ。どうやら昨夜盛り上がったのはろくでもない話(美柑の光一への愚痴)らしい。
光一は再びため息を吐いた。表情はもうさっきまでとは違っていた。
「あ、そういえば光一に伝えないといけないことが」
「なんだ? 事件か?」
「ううん。これ」
美柑が光一にスマホの画面をみせる。
メールだった。
光一は文面を読み上げ、首を傾げた。
「まじでデートじゃねえか」
「私はお払い箱ってね。日与美ちゃんによろしく」
次回、光一と日与美のデート回!
こんにちは、奈宮です。翔がレギュラーになりました。そのうち活躍するので乞うご期待!




