一話 金髪革ジャンのいかつい主人公
おいおいまじかよ。
俺は頬に感じる床の冷たさを感じながら、暢気にそんなことを思った。
意識ももうはっきりとしない。
ダメージはあるのになぜか痛みを感じない。感覚が鈍っているのだろう。
視界にはたまたま知り合った大学生の女の子がぐったりしながら俺の方を見ている。
俺と、目の前にいる「妖怪」を。
危機的状況であることは分かってるのに、体は動かない。
頭と鳩尾に一発いいのをもらったせいだ。潰された右足なんてもはや感覚がない。
ようやく、復讐の糸口を掴んだと思ったのにこのザマだ。
そしていよいよその妖怪が俺に近づく。
ああ、俺の人生、ここで終わりなのか。何も成し遂げぬまま何もかも中途半端なまま、終わってしまうのか。
そこまで考えたところで、俺の視界は閉ざされてしまった。
◆ ◆ ◆
最終チェックを済まし、エンターキーを押して記事が投稿されたのを確認する。
一仕事終えた満足感を胸に、愛車のインパラのドアを丁寧に開ける。
出て来たのは青いジーパンに黒いシャツ、その上に茶色のレザージャンバーを着た二十代前半の男。
柳光一。それが男の名前だった。
妙だな。と光一は訝しむ。
確かに愛車のインパラは現代日本ではあまり見かけない。だがそこまで目を引くものでもないはずだ。そもそも一般的な日本人はインパラ自体を知らないはずなので注目する理由もない。
車はきちんと駐車場に止めてあるし、おかしなことは何もないはずだ。
彼は金に輝く髪を太陽に照らし、校舎の窓を照らす。
彼自身におかしなところは何もない。ただウエスタン風の洋服の金髪の男という存在がい少々場違いというだけのことである。
光一は現在、山麓にある大学に来ていた。
キャンパスはフェンスなどで校外とは区切られておらず、一般の人でもある程度自由に往来ができる。
道路には目的のキャンパスを目指している多数の学生が歩いている。
彼ら彼女らにとっては「金髪で革ジャンを着た男がなぜか学校の駐車場に車を停めている」という非日常に近い光景を見せられているということになる。怪しいホストかチンピラにしか見えやしない。
だが光一とて悪気があってこのような格好をしているわけではないことを理解していてだきたい。
光一にとってこの格好こそが私服なのだ。さすがに家の中ではシャツ一枚など楽な服を着ているが、そうでない場合、つまり外出の際は必ずこのような服を着用している。
買い物の時も、デートの時も、今回のような「仕事」の時でも。
不審感をばらまいているなど当の本人は露知らず、些細な疑問を振り切りよし、と意気込んだ。
「やあ。こんにちは」
努めて明るく声をかけてみたが、相手が悪い。
若者らしい格好をした大学生らしき女子二人は短い悲鳴をあげて、足早に光一から離れた。
光一は「最近の若者は防犯意識が高いな」と感心し他の若者に声をかけることにした。
次に声をかけたのは少し背の曲がった男子生徒で、そいつはあろうことか光一の姿を見ただけで血の気が引いたように真っ青になり、情けなく悲鳴まであげながら走っていった。
さすがにこれには光一も少し傷ついた。
必要以上に驚きすぎだろ。知らない人から声をかけられたら逃げなさいを忠実に守るのは中学生までにしておけよ。
二度目の無視を経験し光一は勘づいた。
俺の顔ってそんなに怖いのか?
急いでインパラに戻り、窓で自分の顔を凝視する。
なるほど。確かに強面ではある。でも堀が深くてかっこいい顔だと思うんだけどなあ。
若干ナルシストっぽい思考はいつものことだ。
光一は聞き込みを再開した。
「嘘だろ……」
小一時間ほど経過し、光一は愕然とした。
手に入った情報があまりに少なかったのだ。少なかった、というかゼロだった。
学生どころか少し年のいった教授らしき人物にも煙たがられ取り合ってもらえなかったのだ。
思わず出たため息に答えるように腹が鳴った。時計を見ると正午を過ぎたあたりだった。
ここは一度、飯にしよう。
インパラに戻ろうとしたところで不意に声が聞こえた。
「お疲れですか?」
光一は驚き、振り向いた。
若い女だった。
肩まで伸ばしたセミロングの髪を揺らし、何が面白いのか笑みまで浮かべている。
服装は動きやすそうなジーンズに、シンプルな白いシャツ。靴はスニーカーを履いている。ファッションよりも動きやすさを重視した格好だ。単純な服装だったが彼女にはよく似合っていた。似合うというよりも地が良すぎるので何を着ても似合ってしまうのだろう。
美人というのは得だなと光一は思った。
大きな目が特徴的で、どこか幼さを感じる仕草に光一は大学生だろうと判断する。
「ようやく、まともに話ができそうだ」
「まあ、ここ最近は物騒ですからね。とりあえず、場所移しませんか?」
「ああ、そうしよう」
大学から離れ、二人は街にある喫茶店に入った。
早速話を伺おうと光一は思ったのだが「まあまあ、腹が減っては戦ができぬ。話もできませんよ」と押し切られたため先に昼食をとることになった。
「おい。お前頼みすぎじゃないか?」
目の前には所狭しと料理が並んでいる。テーブルの半分は自分の領域だと思っていたのだが、彼女にとってはそうではないらしく光一の領域まで侵入している。
話を聞くのはこちらである以上、それに伴う費用つまり食事代は出すと言ったのだがこの女は無遠慮すぎる。
ものすごい勢いで皿が空になるので残す心配はなさそうだが、光一の財布も残さず平らげてしまいそうで心配になってきた。
「いいじゃないですか。ほんの取材料だと思ってください」
「それは払う側が言うセリフなんだよ」
半時間もすれば彼女は満足したのか、背中をソファに預けた。皿の料理はすべてなくなっていた。
「で、あんた名前は?」
「高島美柑でーす。よろしくねっ」
「柳光一だ」
アイドルっぽく目の横にピースという若干うざい自己紹介を無視し、こちらの名前を明かす。
「ご職業は?」
「探偵だ」
さらりと嘘をつく。偽造した警察手帳でも見せて、警察官だと名乗った方が確実ではあるが以前その方法を使ったらなぜか一目で嘘だと思われことがある。それ以来光一は探偵で通している。
「へえ。探偵って実在するんだ! ひょっとして誰かの依頼?」
「まあな。亡くなった女学生の両親からだ」
もちろんこれも嘘。依頼などあるわけがない。
だが嘘には真実を織り交ぜると信憑性が増す。女学生が亡くなった、という真実を。
光一がここに来た理由もそこにある。
九月十五日。
最初の事件が発生した。
京都府福知山市宇堀の山道で大学生の女の変死体が発見された。遺体はむごいもので、胴体がそのままなくなっていたのだ。強引に引き裂かれたような遺体を発見した林業の男は思わずその場で胃の中のものを戻してしまったらしい。
九月十八日。
同じく宇堀の山の中で、動画撮影をしていた大学生四人組が倒れた女を発見したところ、近づいてみれば首から下がなくなっている遺体だった。
九月二十二日。
これも同じくして宇堀の山の中で、今度は男子学生が三人。だがこちらには大きな外傷は見られるものの胴体は存在してた。
警察は身元確認を取り、被害者はみな同じ大学で仲が良かった五人だと判明した。そのことから一連の事件を人間による悪意的な犯行とみている。
だが、光一は違う。
若い女を喰らい、男を殺すのみにとどめる。
すぐに理解した。
これは「鬼」の仕業だ。
「ふーん。やっぱりそうなんだ」
「知ってたのか?」
「まっさかー。ただこんな辺鄙な学校に来てまでナンパする変な奴はいないと思ってただけです」
高島はあははと笑う。
確かに、ナンパするにしてはあまりにも目立つ。するならばもう少し都会の方へ行くだろう。
「そんな野郎に俺は見えるのか?」
「いやまあ、見えないですけど」
高島は光一を一瞥する。
「西部劇でピストル撃ってるように見える」
「なんだよそりゃ」
「いかついってこと」
なるほどな、と光一は息を吐く。
光一の見た目は年齢の割に少し大人びて見える。それは服のせいでもあるし、顔のせいでもあるし、金髪のせいでもある。今の容姿にに加えてサングラスかウエスタンハットでもあれば西部劇の役者にでもなれそうだ。
光一は好きな海外ドラマのキャラクターに影響されて、このような格好を好んでしている。その海外ドラマのジャンルは西部劇ではないのが微妙に喜ぶべきか判断に困るところだ。
「まあいい」
話を戻す。
「で、だ。何か知ってることはあるのか?」
「うーん。そうだねえ。実を言うと私は彼らとそんなに交流はないからあんまりかな」
「なら用はない」
時間を無駄にした、と光一が立とうとしたところを慌てて高島が引き留めた。
「待って待って。知ってることはあるから」
「もったいぶるな。めんどくせえ」
「せっかちだなあ。じゃあ教えるよ」
「そうしてくれ」
「彼らは同じサークルのメンバーだった」
予想よりも有益そうな情報に光一は聞きの態勢に入った。
◆ ◆ ◆
大学には無数にサークルが存在している。
事件が起きているこの大学も例外ではなく、正規非正規含めかなりの数のサークルがあるようだった。
その中でも乱立しているのがテニスのサークルだった。
被害者である彼らはテニスサークルに入っていた。
人数にすれば十人に満たない小さなサークルだが、仲はいいらしく、普段の学校生活でも時間を共にしていた。
その実態が飲みサーだとかやりサーだとかはともかく、サークル自体はどこにでもある普通のサークルだった。
ある一点を除けば。
聞けば、彼らのサークルにはある噂があった。いや、噂というほど確かなものではない。
誰が言い始めたのか彼らのサークルは「やばい」らしい。
「やばいって、なにが?」
「さあ。見た目は普通。話しても普通。むしろ明るい雰囲気でいい人っぽい。茶髪の派手目の人もいるし地味っぽい人もいる。見た目で判別しない良識ある人達っぽいけどね。なぜか『やばい』とだけ言われてる」
「不気味な話だな」
「ま、ただの噂だけどね。あんまりあの人たちがいい人だから誰かが妬んでそんなこと言いだしたのかもしれないし」
「それもそうだ」
噂など、所詮ただの噂。
誰かが適当に言ったことが信じられたりする。つまり大体嘘だ。あまりあてにしないでいいだろうと光一は判断した。
「なら、サークルには敵がいるとか、仲が悪かったとかそういうのはないんだな?」
「さあ?」
「さあって……もう少し真面目に考えてくれよ」
「そう言われても。言ったじゃん。そこまで仲良くないって。事情なんか知らない」
「そうかよ」
「あ、でも知ってそうな人なら知ってるよ」
「どいつだ?」
「サークルにいた人。ほら、今朝あなたが話しかけて逃げられた」
「ああ、あの女二人組か」
「そっちじゃなくて、猫背の男の子の方」
「あれが?」
光一は逃げられた青年の姿を思い出す。
猫背でやせっぽちで如何にも不健康そうだった。テニスをやっているようには見えなかったが、先程の高島の見た目で判別しない、という言葉が脳裏によぎる。
「どこにいるか知ってるか?」
「さあ、まだ学校じゃない?」
「そうか。代金はここに置いておく」
万札をテーブルに置いて光一は席を立つ。
次はその男子学生に話を聞きに行くとしよう。
被害者の状態から鬼が関わっていることは確信していたが、どうやらただ人食い鬼が人を喰ったというだけではないようだ。
サークルの中あるいは周囲で何かが起こっていた。
つまり、今回の事件には人が関わっている。何者かが鬼をけしかけ、襲わせた。これ以上被害者が出ないとも限らない。解決するためには早急な犯人の特定が求められる。
「待って!」
「今度はなんだ?」
光一は眉を歪め振り返る。
高島はテーブルに俯き気味になっていた。まだ何か大切なことがあるのだろうか。
いや、そうではない。今回の事件は大学生がターゲットだ。サークルには入っていないとはいえ、彼女も無関係ではない。同じ学校の仲間を殺されたとあれば多かれ少なかれ心にくるものがあるのだろう。
こうした事件に関わっていれば、彼女のような人も現れる。話を聞き、最後には犯人確保に強い気持ちを表す人のいい連中が。
柄ではないが安心することを言ってやろうと、光一は次の言葉を待った。
「お金、足りない」
光一は自棄気味にもう一枚万札を叩きつけた。




