第9話 立て看板からヒントがやってくる
「いててて……」
気がつくとそこは洞窟だった。なんかじめじめしてて長居したくない。不思議なことに松明も何もないのに、周りを見ることができるくらいには明るかった。
近くにはイオリも倒れている。
「おーい、……死んだか」
「勝手に殺さないで」
声をかけてもすぐには反応がなかったのでおやまあと思っていると、イオリがガバっと顔を上げた。元気がいいな。
「ここどこだ?」
「今起きたのにわかるわけないでしょ。というか、こういうのを調べるのはあなたの方が、得意なんじゃないの?よくわからない魔法で飛ばされたみたいだし……」
それもそうであった。バリバリ武闘派なイオリと違って、俺は心優しきインテリ派なのである。
「どういう仕組みの魔法なんだろうなー」
我々、現人類が使っている魔法は、仮想領域に存在する幻素という物質を操作することで起こる現象だ。
この幻素には『火』『水』『風』『土』の四種類があり、その状態には『陰』『陽』が存在している。
魔法が発動するまでの具体的な手順を見ていこう。まず、必要な情報が付与されるように発動式を組み立てる。次に、この世界から仮想領域に発動式を送る。最後に、仮想領域内の目的の幻素に到着したら、発動式を紐解いて幻素に働きかける。そうして操作された幻素の影響がこの世界でも具現化するのである。
仮想領域で直接発動式組み立てて起動させれば、送る手間がないから楽じゃん!というのは、言いたいことはわかるが現時点でできた人間はいないので、今のところ不可能だ。
そして発動式を組み立てて起動するときは通常、詠唱を行う。だが、無詠唱でタイムラグなしに魔法を使う恐ろしい奴もいる。目の前にいる奴は、『これこれこういう大きさで、このくらいの重さ、硬さの槍を作りますので、土の幻素さんはわりと陽な感じでよろしくお願いします』という情報を頭の中のみで正確に組み立てているのだ。
そもそも詠唱の意義とは、この世界に少しズレて存在している仮想領域に接続するための処理を声に出して、わかりやすく行うことにある。記憶するとき音読した方が覚えやすいよね、みたいな話だな。いや違うか。
魔法を使う、つまり仮想領域に近づけば近づくほど、夢と現実の境界が曖昧になるような感覚に陥るため、声に出すことで自己をしっかり保つ、という意義もある。
このへん理論じゃなく感覚で行う人がいるけど、マジで危険なのでやめてほしい。実際問題として、魔法を使いすぎたり、身の丈に合わないレベルの魔法を使うと頭がパーになる。その後、体が消滅してしまうのだ。この現象を「世界に溶ける」と言ったりする。毎年出る行方不明者のうち何人が世界に溶けているのだろうか。
それはさておき、魔法が使われたということは、幻素の動きや発動式の痕跡が残る。逆に痕跡から、どんな魔法が使われたかを探ることもできるのだ。
……できるのだが、大変面倒な作業である。
「えー?うーん……、『移動、曲げる……』なんじゃこりゃ?見たことないぞこんな式」
地面に手をついて魔法の痕跡を探すとあっけなく見つかったので、簡単に解析しようとしたら訳の分からない式が出てきた。感覚としては、文字自体は見慣れた物だが、今まで見たことのない単語で書かれた文章が突然出てきた……、といったところだろうか。
「対象をどこかに移動させる魔法だった、ってことね」
「もう身をもって体験してるんだよなあ……」
「今までの流れから考えるに、王家の婚約指輪の保管場所が関係している可能性が高いわ。危なくはないでしょうし、先に進みましょう」
俺達の倒れている場所は洞窟内の少し開けた空間となっており、一本だけ道が伸びていた。
イオリはさっさと立ち上がっている。
「ああ……、あ、ちょっと待て」
「何やってるの?」
「この洞窟への嫌がらせ」
「うわあ」
「ちょっとだけだって」
だって、突然こんなところに人を飛ばしてきたのだ。少しくらいいいだろ。
しばらく発動式の仕込みをして、俺も立ち上がった。
発動式は時間差や条件で起動することもできるのだ。
一本道の中も不思議と明るい。よく見ると壁面や地面を構成する岩石全てがぼんやりと光っている。
「この岩持ち帰っていいのかな。イオリ、少し削ってくれ」
「嫌」
前を歩くイオリに即答された。
手に持っているその槍を使ってくれればいいだけなのに。残念だ。
「そういえばさ」
「削らないわよ」
「お前のスカートの後ろ、めくりあがったままだぞ」
「それは早く教えてほしかったわ……」
いや、裾のところが折れてただけだから。中は見えていない。少しスカートが短くなっていただけなので、緊急性はないと判断したまでである。
しかしイオリは慌ててスカートの後ろに手をやり、折れていたところを直していた。
別にこいつの下着は見てもなぁーと思っていると睨まれた。怖い。
さらに進むと道が二つに分かれていた。分岐点には、やけに新しい立て看板を持った人形がいる。
「え、何この人形……、怖いんだが」
「人形があるなら、人が出入りしているってことでしょ?逆に安全じゃない。それに立て看板に何か書いてあるわ」
『 カタツムリの足にやってくる
真珠をつけた豚がくる
近い雲に隠そうか
近い雲から延びた道
犬がぶつかり倒れた棒
たどっていけば子供部屋
二本足のかわいそうな椅子に
豚をこっそり座らせよう 』
「「何これ…………」」
思わず俺とイオリは声を合わせてしまった。
いかにも何か秘密があるけど自分で謎解きしてねという雰囲気を醸し出した詩だ。たぶん謎解きしていったら目的地にたどり着く的なやつだ。今回の場合は婚約指輪だろう。早く処分したい。
「『豚』がおそらく目的の物よね」
「そうすると『豚』は、まず『近い雲から伸びた道』、次に『イヌにぶつかり倒れた棒』、そしてそれをたどると『子供部屋』……。そこの『二本足のかわいそうな椅子』にある?曖昧だな」
始まりは『近い雲』か……。
「少し確認したいことがあるから、今来た道戻っていいか」
「別にいいけど」
最初にいた空間に戻って、俺は上を見上げた。
「イオリ、あそこ見てみ?」
「何よ……、あ。あそこだけ光ってないわね」
俺が指差した、洞窟の天井の一部分はぼんやりとした光はなかった。壁や地面は全て光っているのにもかかわらずだ。
「雲ってさー、ほら、太陽の光を隠すじゃん?」
「なるほど、天井の光っていないところが『雲』ってわけね」
「……」
……うむ。察しが良くて助かる。
つまり、光っていない天井部分から『伸びている道』が正しい方向というわけだ。全部推測だけど。
今度は俺は上を、イオリは前方を見ながら歩く。
「あら……?立て看板がないわ」
「なんだと?」
「歩いた距離は同じだし、さっきの分岐点のはずなんだけど」
歩いた距離を体感で測れるのかお前は。
イオリにドン引きしつつも前を向くと、不思議なことに人形も立て看板も、さっきの分岐点から消えていた。
俺たち以外に人がいる気配はなかったんだが。
この洞窟に来る前に追いかけた藁人形も勝手に動いていたし、立て看板を持っていた人形も目を離した隙に、自分で動いてどこかに行ってしまったのだろうか。
「ここにおいた物を動かす、みたいな魔法の痕跡はないぞ」
「人形自体にかけられているかしらね」
「だろうな」
「それで、右左どちらの道にいけば良いの?」
人形消失事件につき、話題が少しそれていたが、本来は正しい道へ……。
「なんか、言われた通りに進むの嫌だな……」
「どうしてあなたはそんなに性格がネジ曲がってるの?」
「よし、ここにも細工をしておこう」
「次この洞窟に来る人が最終的にとんでもない目に遭いそうだわ」
どうせこの国の王族かその関係者、つまりは俺の身内だろ。普段俺は身内のせいでひどい目に遭っているので、俺はいくら身内をひどい目に遭わせてもよい理論だ。
というようなことを考えていると、イオリから冷たい視線を飛ばされる。
「はぁ……。あなたのことを知らない方がよっぽど幸せ者ね」
「お前は?」
「不幸せ者」