第7話 怠惰から悪癖が忍び寄ってくる
結論から言おう。
先の婚約披露パーティーから早1ヶ月、俺達が成し得た物はなにもなかった。
そしてここからは言い訳フェイズである。
人間という生き物は、成功体験があるとそれにあぐらをかき、次も大丈夫だろうと根拠のない自信を持ち始めてしまう。
また、やらなければならないけれど面倒くさいことに関しては、明日やろうなどと先延ばしにしてしまい、結果締め切りギリギリになって追いつめられてしまうのだ。
すなわち、婚約披露パーティーの破壊という成功を収めた俺は調子に乗ってダラダラと1年のうちの1ヶ月を過ごしてしまった。
まさにこれは虚無の時間の消費としかいいようがなく、今振り返ると、いやこの期間にちゃんと動いておけよ!何やってんだよ!というかこのとき何してたんだ思い出せない!と、後悔の念を抱くことになる。
学生時代も、ああレポートをもっと早くやっておけばこんな徹夜しなくてよかったのに、と締め切り当日深夜1時に作業を開始してから気がついたりしていたのに、そこから何も成長していない。
人間とは、学習しない生き物なのかもしれない。
というわけで、俺とイオリは向かい合って座っていた。
「大変だ……」
「大変よ……」
今回ばかりはイオリも窓のところではなく、椅子に座っている。こいつ、ちゃんと椅子に座るという文明的な行為ができたのか……。
でも今回も窓から入ってきていた。訂正、やっぱりこいつは非文明人だ。
「イオリ、お前この一ヶ月何してた……?」
「一応、友人を男装させて街に出てみたりしたわ。……全く効果なかったけど。おかしいわね、私名門侯爵家なのに」
「畜生お前裏切りやがって。その行為はテスト帰ってくる直前ヤバイヤバイ言ってて実のところ滅茶苦茶成績良いやつと同じだぞいい加減にしろ。というか、ホーンボーン男爵令嬢以外の友人が本当にいたのか。イマジナリーフレンド?」
「それは若干例えがずれている気がするのだけれど。第一、裏切りって失敗しているんだから、あなたね……。あと、そもそもあの女は友人じゃないし男装した子は実在しているわぶっ飛ばすわよいい加減私に友達がいない仮説を提唱し続けるのはやめなさい」
それは置いておいて、とイオリは続ける。
「今度の婚約式阻止は失敗できない……!」
実は婚約はまだ書類だけだったので、次はちゃんと儀式をするよ、と父上、すなわち国王直々に言われてしまったのである。この国では特別な婚約式は貴族、とりわけ王族にゆかりのある者たちが行う。
刺客は兄だけではなかったのだ。おそらく、父母兄にモノル侯爵らは全員敵だ。どっかの国の文化にあるとかいわれてる四天王か何かか。
兄は刺客最弱ということしかわからない。それでいいのか王位継承第一位。一生机に足ぶつけてろ第一位。
ちなみに婚約披露パーティーは身内向けのこじんまりしたもので、婚約式と違って公式ではない。
「婚約式って何するんだっけ……」
「考えたくもないわよ。…何だっけ」
おかしいなぁ。子供の頃から婚約式に強制出席させられていたはずなのに、なぜどちらも記憶にないんだろう。
頑張って記憶の中を探し回ること数十秒。
「あー。確か、どこかに婚約指輪を取りに行って、大衆の前で交換するはずだ」
大勢の人の前はどう考えても羞恥プレイである。
「そういえばそうだったわ……!って、婚約指輪を取りに行くってどういうことなの?」
「あまり知られていないことだが、王家の所有する森の中に婚約指輪と結婚指輪が納められているから、それを二人で持ってくるんだよ」
護衛もつけずに入るらしい。正気か。外敵が入ってこないようにはなっているとのことだが、そういうのはだいたい信用ならない。信用できていたら、俺は馬車転落事故に巻き込まれていない。
話を聞いたイオリは、
「じゃあ森で二人っきりってことは……不慮の事故でクルトが行方不明になれば、それで終わりね」
と儚げに微笑んだ。こいつが一番敵だった。
「真っ先にお前が犯人として疑われるように、ダイニングメッセージ残すからな」
さらっと告げられた暗殺予告は、世が世なら国家転覆罪じゃないかと思うので、これからイオリのことをテロリストと呼ぼう。
「そもそも指輪を持ってこなければ、婚約式はできないんじゃない?」
確かにそうだ。しかし、
「ところがどっこい、森は特殊なダンジョンと化しているらしく、指輪を取るまで出られないそうなんだ」
何たるクソ仕様の森なのか。
出られなくて餓死した者や行方不明になった者はいないらしい。
もっとも、記録に残していないだけかもしれないが。
「作戦としては、まず森にいかないように抵抗するのが一つ目。第二に、森に来てしまったら、大人しく指輪を手に入れ、森を脱出したタイミングで壊すか捨てるのが二つ目」
「そして三つ目は、大衆の前で婚約に致命的な行為をやらかすことね」
「ああ、婚約式の裏にいるのは父上だ。作戦は多いに越したことがない」
正直、父が婚約に荷担しているのには何か理由がありそうだ。単純に損得で動く人ではない。
それを探る意味でも、婚約破棄を目指すに当たって今回は重要な催しになりそうだ。
夏休み最終週なのに宿題に全く手をつけておらずフレーバーで乗りきろうとしたあの頃の自分にいいたい。
宿題は9/30までに出せばいい。