第2話 窓からアイツはやってくる
急に外道の兄から婚約話を突然持ってこられた俺はこれからどうするべきか、自室で考えていた。
期限は一年。
この短い時間でどうにかしなければならない。
いくらベッドの上で療養生活を送っていたと言えど、今の今まで全く俺の耳にこの話が入ってこなかったということは、兄は本気で根回しやらなにやらをしたようだ。
もはや悪魔だ。
おそらく、幼馴染にも気がつかれないようにしていたに違いない。
アイツがこの事を知ったら真っ先に暴れて反対するだろう。
などと考えていると、部屋の窓が勝手に開き、窓枠のところに人が座っていた。
「遅い登場だな……、イオリ」
「とんでもないことを聞かされて動揺してたのよ」
そこには俺の天敵幼馴染、イオリ・モノル侯爵令嬢が座っていた。なにも知らなければ、窓際に突然美少女が!という感じで舞い上がっていたかもしれないが……。残念、性格が残念な幼馴染である。
「知ってるか?ここには扉ってものがあるんだ。窓は出入り口じゃない」
「あなたに常識を語られるなんて、空と地がひっくり返りそう」
セキュリティガバガバな上、ここは結構な高さなのにどうやって登っているんだと思うが、この幼馴染は空から降ってきて三点着地で登場するような人間だからそういうことあるんだろう。
さて、このイオリ・モノルとはどういう人間なのか。
今や数少ない、古くから存続する名門世襲貴族の家に、俺と同い年で生まれた彼女は、この国の王子である俺のお友達候補として親に連れられてやってきた。
小さい頃はそれなりに落ち着きとかわいげと常識があったのは覚えている。
しかし、いつの日からだろうか。気が付いたら「戦わなくては生き残れない」を地で行く性格になっていた。
どこで生き方を間違えてしまったのか。責任者に問いただしたい。可愛かったあの子を返してほしい。
「クルト殿下っ!」と呼んでくる、ただの儚げ美少女だったあの頃に時間を戻してほしい。
そんなことを思い返しながら彼女を眺めていると、イオリは
「私は今回の婚約、反対よ」
と呟いた。
対する俺も言い返す。
「もちろん俺だって反対だ。俺の胃がいくつあっても足りない」
「それはこっちのセリフよ。……私の卒業までのあと一年。それまでに何とかして婚約破棄しなきゃ」
俺も彼女も、この国の名門中等教育教育機関に通っており、この度俺はそこを無事卒業することができた。本当ならさらに高等教育機関に進学したかったものの、昨今の情勢から断念した。
イオリは俺と同じ年に卒業予定だったが、諸般の事情で来年になっている。
……あ、いいこと思い付いた。
「なあ、イオリ」
「何よ」
「お前、もう一年留年してくれないか?そしたら結婚も延びて執行猶予ができるし。一年二年の留年くらい同じだろ」
「どんな風に殺されたい?」
殺意がびしびし伝わって、俺の繊細な心はボロボロだ。もっと文化系人間に対する接し方というものを考えていただきたい。
「大丈夫、三年目からは『留年する』という強い意志が必要だが、一・二年はうっかりしてしまうこともある。気にするな」
「なんであなたの中で私はうっかりが原因で留年したことになってるの?」
「うっかり階段を突き落としてしまったからなぁ。それが原因で留年だからなぁ」
「うぐっ……」
この幼馴染には頻繁に喧嘩していた同級生がいるらしい。その争いの過程で、取り壊し予定の旧校舎に果たし状をどちらかが送りつけいつも通り喧嘩になったあげく、さんざん暴れまわった二人は旧校舎を全壊させた。
それによってどちらも停学処分を喰らい、卒業試験を受けることができずに留年するという事件があったのである。
一人きりの留年なら、疎外感を感じるかもしれないが、イオリには仲間がいる。そのため、この前仲間がいてよかったねと言ったらアイアンクローを喰らわせてきた。
なんて狂暴なやつなんだ。
ちなみに、世間的には美少女の印象が強く、この狂暴性はあまり知られていない。
「まあ、お前のうっかりはともかくとして、どうにかして婚約破棄をしないとな」
「何かもう手段は思い付いた?逃げるなんてしたら、王太子殿下は確実に精神攻撃で殺しにかかってくるわ」
「えげつない兄……。一体誰に似たんだ」
「あなた由来ね、たぶん」
失礼な。俺は俺ほど正直で繊細かつ優しい人間を知らない。
ただこのやり取りはもう死ぬほどしてるので、ツッコミをいれるのも面倒くさい。
話を戻そう。
「俺には良い考えがあるんだ」
「……なに?」
イオリは興味深そうに俺を見る。
うーん、見た目だけなら儚げ美少女なのにな。どうして、こんなに好戦的な性格になってしまったんだろう。
「ちょっと耳貸せ」
そう言って、こそこそと作戦を話す。誰が聞いているかわからない。やるからには希望を信じて最善を尽くしたいのだ。
作戦を聞いたイオリは、
「……なるほど。とりあえず、やるだけやってみましょう。私たちにはあとがないんだから」
と、強く頷いた。
こうして、長いようで短いような、俺たちの絶対結婚阻止戦線が始まったである。